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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第四十四話

 朱の一族への総攻撃が決まり、カナワには続々と各部族の戦士が集まってきた。

「よお、リュオク! 久しぶりだな。リィラとはうまくやってるかー?」

やってないなら俺に霊峰行きを譲れよ、などと冗談を飛ばしながらアスラントがやってきた。

「なんだお前もいるのか」

「当たり前だろー。これが終わるとしばらく暴れる機会はなさそうだからな、暴れとかんと!」

戦闘馬鹿の発言にうんざりしていると、スミヤが来た。

「ねえ、リィラを見なかった?」

辺りを見回すが、姿は見えない。

「怪我人の面倒みているんじゃないのか?」

「そこにいなかったから探してるのよ。どこ行っちゃったんだろう」

首を傾げながらまた探しに行った。


 ファリィラは戦闘の跡が残る村の畑に来ていた。せっかく芽吹いていた豆も野菜も、踏み荒らされて駄目になってしまっていた。

「何ということを……」

高原は豊かな土地ではないので、作物が駄目になってしまえば飢餓に直結することだってある。ヴァーユールの祝福も、踏み荒らされた作物を元には戻せない。この畑は一からやり直さなければならないが、播く種があるのだろうか。

 所々に血の跡が残る畑を見渡しながら歩いていると、悲しみが込み上げてくる。命を奪い、糧を奪い、争い続けてまで守らねばならないほど、呪師や道士の血統は尊いのか。

 鬱々と考えながら、畑の端まで歩いてきてしまった。そこはざっくりと抉られ、畝が消し飛んだ豆畑だった。こんな風に土地まで破壊するような攻撃はおいそれと出来ない。

「誰がこんな愚かなことを」

憤慨しているとスミヤが走ってきた。

「ああ、やっと見つけた。こんな所で何やってるのよ?」

「畑の状態を確認していました」

スミヤは肩を落とした。

「ここら辺は絶望的よね。厳しいわー」

「残っている雑穀や野菜などの種はあるのですか?」

「あるにはあるけど、ここまで荒れちゃうと播き直しても育つかなぁ」

まいったなあと頭をかく姐御に恩返ししようと、ファリィラは呪源を引き寄せた。

 いきなり歌いだしたファリィラにびっくりして振り返ったスミヤは、それが歌ではないことに気付いた。どこの言葉か知らないが、独特の抑揚があり、分からないながらもそれが祈りであることは感じられた。

 空気を震わせて響き渡る呪導のこもった祈りに、周辺の気配が変わっていく。殺伐とした戦闘の残り香のようなものが消え、澄んだ柔らかな風に変わる。地面からは清水が湧きだしたのかと錯覚するほど清冽な香気がする。濃密な生命の息吹がそこかしこで上がった。

 やがてそれらが混然一体となって広がっていく。踏み荒らされた戦場跡とは思えないほど、すがすがしい土地がそこにあった。

「すごい……」

茫然とつぶやくスミヤに、笑いかける。

「これで多少は育ちが良くなるはずです。……大地の恵みがあなたを生かしますように」

おごそかに締めの文句を唱えて終了した。


 畑の中の小道を二人で歩いて帰る。

「それにしても畑をあんな風に抉るなんて、誰の仕業でしょう。何をすればあんなになるのですか?」

憤懣やるかたない様子のファリィラにスミヤが笑った。

「あれはリュオクがやったのよ」

「何ですって? 本当なのですか?」

立ち止りスミヤの肩をつかんで揺すった、つもりだったがスミヤは全然揺れなかった。

「飛撃ってやつよ。気道は普通、外に向けては使えない、気道士は気道で高めた己の肉体で戦う。これが原則だけど、外に向けて放てる気道もあるのよ。その一つが飛撃で、気源を刃とか礫の形にして飛ばすの。朱の連中には使い手が多いのよ」

あいつ多分ありったけの気源を込めてぶっ放したんでしょう、直撃食らった敵さん、衝撃で砕け散ったらしいわよ。

 面白そうに話してくれるが、内容はとても笑えなかった。

 そんな見境のない攻撃をしたのは、絶対呪器のせいだ。ファリィラは確信した。

「あの呪器、やはり破壊するべきでした」

「えっ? どうしたの急に」


 屋敷の庭でアスラントとジバシリの世話をしているリュオクを見つけたファリィラは、呪源を引き寄せながら彼に近寄った。

「暴走しましたね」

その一言で察したのか、リュオクは飛び退いてファリィラから離れた。

「してないしてない、リィラ落ち着け。俺は最初から最後まで正気だった。呪器に引きずられたりなんかしていない、本当だ」

努めて平静に言い返す。ファリィラはすうっと目を細めて

「その割には地面の様子が尋常ではなかったですが? 正気のまま過剰な攻撃をしたのですか。それは本当に正気と言えますか?」

畳みかけるファリイラの口調に、反論の無駄を悟ったリュオクは腹立ち紛れに叫んだ。

「クッソ、誰だチクリやがったのは!」

「あ、私。何だかよくわからないけどゴメンネ」

「謝らなくていいからリィラを止めてくれ!」

 呪導が放たれ、リュオクを拘束する。抵抗するが、地味に上達していてなかなか破ろうにも破れない。ファリィラが左手の呪器に触れようとしたその時、彼女の身に衝撃が走った。激痛に呼吸が止まり、集中が切れて術が解けてしまった。すぐにかけ直そうとするが妨害された。

「気絶しないなんて以外と打たれ強いわね。手加減しすぎたかしら」

絞めあげられてジタバタ暴れているファリィラにスミヤは

「落ち着いて話し合いましょうね。暴力は良くないわ」

いい笑顔で告げた。

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