第四十二話
それを聞いた瞬間、ファリィラは弾かれたように立ち上がり外に向かった。アマレが引きとめたが、耳に入らなかった。
ジバシリを納屋から引き出したところで、リュオクに止められた。
「どこに行く気だ」
掴まれた手首を必死に引き抜こうとするが、びくともしない。
「放してください! カナワ村が襲撃を受けたのです。スミヤさん達を助けにいかないと!」
「落ち着け。助けに行くのはいいが、まさか身一つで突っ込んでいく気か? 死ぬぞ」
ファリィラの動きが止まった。
「水、食糧、情報。他にも要るものは沢山ある。持たずに出て行っても途中で行き倒れかねんぞ。ここからカイウまではジバシリを飛ばしても二日かかる。襲撃は既に一段落しているか、まだ続いているかは分からないが、焦っても仕様がない」
冷静なリュオクの指摘に、唇を噛んだ。
「でも……」
諦めきれずにジバシリの手綱を握り締める。
「今から急いで準備してやる。お前は少しでも休んでおけ」
手綱を奪い取られて、部屋に返された。
リュオクに呼ばれて、まとめてあった荷物を持って外に出た。外ではベルゲたちも待っていた。
「気を付けてお行き、無理するんじゃないよ。絶対に戻っておいで」
ベルゲに強く手を握られた。ファリィラも握り返す。
「お世話になりました。行って参ります」
マルガも手を重ねた。
「必ず帰ってきて来てね。まだ、話したいことが沢山あるのよ」
「ええ、必ず」
老婆はリュオクの方を向くと
「あんたも気張っていきな。この子をよろしく頼むよ」
バシバシ背中を叩いた。
二人はジバシリに乗ると、駆け出した。小さくなる姿をしばらく見送っていたが
「さあ、あたしらも準備しようかね」
「はい、おばあさま」
決意を秘めて、家へと戻った。
可能な限りジバシリを飛ばして、カナワ村近くまでやってきた二人は近くの林に身を潜めた。
「リィラ、探知出来るか?」
村までまだかなり距離があるが、襲撃者を警戒してこれ以上は近づかない。
「出来ますが、敵味方の区別までは無理です」
「それでいい、どの辺りにどれくらいの人数が居るかで充分だ」
ファリィラは目を閉じで感覚を研ぎ澄ませる。大勢の気道士の気配が入り乱れていて、分かりにくいことこの上ない。
苦労して、おおよその人数と位置を把握してリュオクに伝える、戦闘の気配がある場所も。
「反対側は戦闘中か。道理で人が少ない訳だ」
ここに来るまでほとんど人を見かけない理由が分かった。襲撃側も戦力を分けて挟み打ちする余裕はないようだ。
「とりあえずタウロス達と合流するか」
物語の英雄であれば、華々しく敵を後背から蹴散らして登場するのが定石だが、ファリィラにそんな戦闘力はない。リュオクは容姿の問題から襲撃者に間違われかねないので、前触れもなく戦闘に加わると混乱を招く、地味に行くしかなかった。
「残念そうですね、戦闘したいのですか?」
ちょっとだけ格好良い登場をしてみたかったリュオクの心を読んだのか、ファリィラが聞いてくる。目はしっかりと左手の呪器に据えられていた。
「別に残念じゃねえよ。勘違いするな」
林から出て、村に向かった。
村の入口は道が塞がれていて、守り役の村人が複数立っていた。二人の姿を認めると、矢を向けられて誰何された。
「止まれ! 何者だ」
「呪師のファリィラと申します。隣りは護衛のリュオク。タウロス様にお取次ぎ願えますでしょうか?」
守り役の兵士の一人が隊長に耳打ちする。良く見ると怪我を治療してあげた男性だった。話を聞いて隊長は二人を通した。
「ご苦労様です。怪我は大丈夫ですか?」
ジバシリから下りて話しかける。
「おれは平気です。ただ……」
男の顔が悔しげに歪んだ。
「急ぎましょう。案内して下さい」
村の大通りを突っ切って反対側に向かうと、徐々に戦闘の音が大きくなった。
そこには村の入口で何とか襲撃を食い止めているタウロスとスミヤの姿があった。連日の戦闘で疲労の色も濃い。リュオクは呪器を解放して走りだした。
「よう、助太刀は要るか?」
タウロスに笑いかけながら、襲いかかってきた一人を切りつけ蹴飛ばす。
「有難い。しかし良いのか?」
リュオクが朱の一族出身であることを知っているタウロスは気遣ったが、リュオクは無表情に答えた。
「こんな連中、俺は知らないな」
襲ってくる連中を片端から切り伏せながら、リュオクは次第に薄笑いを浮かべた。
「さあ、相棒。お前の大っ好きな乱闘だぜ、暴れてやろうじゃないか」
核石が快感に震えるように光を放った。
ファリィラはスミヤの姿を探した。戦闘経験がないため後方にいるしかなく、乱戦でなかなか様子が分からない状況に焦りが募った。
そこに仲間に肩を支えられながら戻ってくる女戦士がいた。
「スミヤさん!」
「あー、リィラ。来ちゃったのか」
顔を上げて困った表情になる。
「きてはいけませんでしたか?」
「だってリィラ、あんた戦えないでしょ。こんなところに来ちゃダメよ。今は余裕がないから守ってあげられないのよ」
スミヤは傷だらけだった。太ももにまかれた包帯替わりの布はぐっしょりと血に濡れていて、重傷であることは疑いようがなかった。
「話は後で。まずは治療しましょう」
スミヤと共に救護所へ向かった。
救護所は混雑していた。女性たちや子供が水や布を抱えてせわしなく動いていた。スミヤを端の方に寝かせると傷を診ていく。幸い太もも以外は浅い切り傷ばかりであった。
治癒をかけていくが、治りが悪い。いつもより時間をかけて、傷を塞いでいく。
「呪器でやられた傷ですか?」
「良く分かるね、って傷が治り辛いから一目瞭然よね」
スミヤは笑った。しかし、笑いごとではない。
「呪器の傷はなぜこんなに治り辛いんでしょう?」
前から思っていた疑問を口にした。
「相手の気源が傷に残り続けるからだよ。呪器に切られるというのは単に刃物で切られるのと違って、気源に体を浸食されたようなものだから」
抵抗できないと悲惨だよ、それにめっちゃ痛いんだからと茶化す。ファリィラは改めて呪器の特異さを知った。
治癒が終わるとスミヤは立ち上がった。出ていこうとする彼女の服を掴んで止めた。
「どこに行くんですか! まだ休んでないと駄目です」
腰にぶら下がっているファリィラの頭をぽんぽんと優しく叩くと、一息に剥がした。
「悪いけど行くから、リィラはここで怪我人の面倒を見てて。戦線に復帰できる奴を優先で、お願いね。あと、ここまで襲撃が来たら真っ先に逃げなさい。怪我人も放っておいていいから、絶対よ。生き延びなさい」
手をひらひら振って、出て行ってしまった。




