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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第四十話

 翌日はアマレが呪器の修復をするというので、見せてもらった。物を確認すると、確かに核石に罅割れが入っているのが見て取れた。

「なんでこんな風に割れてしまうのでしょうか?」

罅をじっと見つめながら疑問を口にする。

「たいていは過負荷よ。力が入りすぎて限度を超える気源を流してしまうの。呪器の容量を超える気源を流すと壊れるのよ」

注意しろといっても、熱くなるとやりすぎるのは致し方ないらしい。

 アマレは呪源を引き寄せ、核石に流し込む。充分に満たすと、核石に刻まれた呪導の途切れた部分を繋いで修復は終了した。

「簡単に直るのですね」

もっと時間がかかるかと思いきや、半刻もしないうちに終わってしまった。

「これはそれほど強い呪器ではないからね。罅も小さいのが一つだけだし」

強力な呪器ほど直すのは大変らしい。一月近くかけてコツコツ直さなければいけない物もあったという。

 ファリィラは思いついて、荷物から例の腕輪を持ってきた。

「これは直せますか?」

アマレは腕輪を受け取って、仔細を観察すると

「ちょっと難しいわね、時間がかかるわよ」

「出来るのであればお願いします。修復の料金もお支払いしますので、後で請求してください。前金が必要なら今お支払いします」

真面目なファリィラの様子に、アマレは笑った。

「いいわよ、完璧に直せるかも微妙だから前金は必要ないわ」

お願いしますと頭を下げて、ファリィラはリュオクの呪器のことも思いだした。この際なので見てもらおうとリュオクを呼びに走った。


 リュオクは村の男性達と一緒になって村の家の壁を修理していた。今すぐ来てほしいというファリィラの呼びかけに、周りから冷やかしが飛んだが、リュオクは黙殺した。

「何だよいきなり。まあいいや、おやっさん、ちょっと行ってくる」

ファリィラに急かされて、アマレの作業部屋に向かった。

 部屋に入るなり意気込んで、リュオクの左手を突き出す。

「これです。見ていただけませんか」

「おい」

リュオクは左手を引っ込めた。

「いい加減にしろ。これはこれでいいんだよ」

「良くありません。穢れている呪器を使い続ければ必ず悪影響が出ます」

「うるさい。俺は平気だ」

言い合っている二人をアマレは困ったように眺めていたが

「ねえ、痴話喧嘩なら外でやってくれる?」

見事に両者の口を閉ざすことに成功した。ファリィラは恥じ入って、リュオクは憮然としてアマレに向き直った。

「問題の呪器はそれ? 見てあげるから外して頂戴」

 リュオクが呪器を渡すと、調べ始めた。何度もひっくり返しては確かめていたが、何もせずに返した。

「別に特に問題はないわ」

リュオクは横眼でファリィラを睨んだ。

「そんなはずはありません。確かに歪んだ意思と言うか、邪悪な思念のようなものを感じます」

「そんなことが分かるの? 装備者でもないのに呪器の意思を感じ取れるなんて」

アマレが驚いていたが、ファリィラはもっと驚いた。

「呪器って意思があるんですか!」

「古い呪器にはあるわよ。歴代の装備者の思念のようなものが残って混ざり合い、意思のように感じられるのよ、技が残る場合もあるわ。強力な呪器は代々受け継いで育てるもの、呪器には思いが受け継がれるとされ、呪器を扱うときは怒りや恨みなど負の感情を持ってはならないと教えられるの。それでも武器だから、歪んでしまうのが一定数出るのは仕方ないのよ」

リュオクの左手に戻った呪器を見て

「その呪器に負の意思があるとしたら、それは装備者の責任よ。もし、危ういものであるのなら破壊しなさい、今、ここで」

アマレの声は厳しかった。リュオクは拳を握りしめた。

「アマレさん、それはさすがに厳しすぎるのでは。壊す以外に何か方法はないのですか?」

アマレはあごに手を当てて考え込んだが、やがてポンと手を打った。

「上書きすればいいのよ。今の呪器に籠っている負の意思を超える強い意志を新たに込め直せばいけるかもしれない。ただし、なまなかな意思では書き換えられないわ、呪器の意思の方が勝ってしまう。大変よ、私は破壊することをお勧めするわ」

何かあってからでは遅いから、というアマレの意見にも頷けた。それくらいファリィラはこの呪器に暗い意思を感じた。リュオクが平気で身につけているのが不思議なくらいだ。

「では、本当に危ないと判断したら私がその呪器を破壊します。それまでは彼が呪器を変えられる可能性に賭けましょう」

「おい勝手に決めるなよ」

黙っていたリュオクが口を開いた。

「私に大事な呪器を壊されたくなかったら、頑張って早く清めて下さい。あなたなら出来ると信じています」

笑顔のファリィラにリュオクは反論の無駄を悟った。

「分かったよ。何とかすればいいんだろ」

破壊はとりあえず保留となった。


 その夜、リュオクは部屋で一人呪器を眺めていた。

「破壊しろ、か」

戦場で死体から剥ぎ取った物なので、穢れているとか歪んでいるとか言われても仕方がないが、まさか壊さねばいけないほどだとは思ってもみなかった。

「お前も災難だよな。別にお前が歪んだ根性を持ってる訳じゃなくて、装備者の誰かが馬鹿やっただけなのにな」

誰かがこの呪器に破滅と殺戮への渇望と、狂気を込めた。それは消えることのない汚濁になって、今も呪器の中に凝っている。ひとたび呪器を解放すれば、リュオクも血と暴力に酔ってしまう傾向があった。短時間であれば抑えられるが、戦闘が長引けば抑えきれずに必要以上に暴れることもあった。

 今はまだ歯止めが聞くが、呪器の意思に完全に染まってしまえば倒れるまで殺し続けるかもしれない。初めてこの呪器あいぼうを恐ろしく感じた。

「お前は変わりたいか? 生まれ変わってまっとうな呪器になりたいか?」

呪器からは何も感じない。リュオクも目を閉じて考えるのを止めた。

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