第三十九話
それからはベルゲと共に過ごした。リュオクは力仕事に駆り出されていて、文句を言いつつも役に立って感謝されていた。
「遥か昔、この大陸には今よりずっと多くの優れた呪師と道士がおった。彼らは沢山の呪道具に支えられ、辺境の村でさえ、王族や大富豪のような贅沢な暮らしをしていた、聞いたことがあるかい?」
糸をつむぎながら、ベルゲが語り出した。ファリィラも糸車を回しながら聞き手にまわり、相槌を打った。
「しかし繁栄も長く続かなかった。何故滅んでしまったか、詳細は伝わっていない。当時の呪師が引き起こした悲劇であるとだけいわれておる。
滅びを食い止めようとした多くの呪師道士達が命を落とした。生き残った者と、当時は「力無し」として差別されていた普通の人々が大陸の比較的被害の少なかった地域で細々と命を繋いだ。今まで当然のように使っていた便利な呪道具を失い、食べる者や衣服、快適な家が無くなり、薬もない状況で生きるのはとても厳しく、生きるのもやっとだった。
数を減らしてしまった呪師や道士は力無き者と交わる他なく、血が混ざることによって力を失っていった。今ではこの大陸には強い呪才や気才を持って生まれてくるものは稀にしかいない。
私ら高原の民は、血が混ざることを拒んでこの地に移り住んできた呪師や道士の末裔さ。いつか再びかつての繁栄が戻ってくると信じてこの高原の中で血統を守って生きていた。でもね……」
糸車の動きが止まった。ベルゲはじっとどこかを見ていて、言葉を口にしない。
やがてまた糸車を回し始め、溜め息交じりに語りを続けた。
「それも限界さ。時間の流れは常に新しい方に向いている。同じように見えても必ず違う。あたしらも新しい時代を見出さねばならん。過去を求め続ければ、あるのは滅亡だよ。それが分からない訳じゃないんだけどろうけど、この土地は未だに変われない」
そこで老婆はファリィラを見た。優しさと厳しさが混じる呪師の目に、母を思い出す。
「あんたが来てくれて、本当に嬉しかったよ。北の姉妹が新しい風を送ってくれたと、そう思った。遠い昔に別れてしまっても、絆は残っていたと。あたしらのことをちゃんと覚えていてくれた、こうして娘を遣わしてくれた、だからあたしらも答えなきゃならない」
北の姉妹のためにも、ベルゲの言葉は静かな決意に満ちていた。
ベルゲが呪導を見せろというので、村の外の空き地までやてきた。ベルゲの娘のアマレ、孫娘のマルガもついてきて、興味津々といった様子だ。
「何をお見せすればよいですか?」
「何でもいいよ。けど、あんまり危ないやつは止しておくれよ」
「人を害するような術は、あまり使えませんので、危ないものはないですよ」
ふむ、とベルゲはあごに手を当てて何か考えていた。
「あのいけすかない野郎も傷一つ付いて無かったね。もしかして、北の姉妹は今でもあの教えを守っているのかい?」
「いかなる理由があっても害意を持って人に呪導を向けてはならない、呪導で人を傷つけてはならない、ですか」
ベルゲは笑みを浮かべた。
「そうそれだよ。やっぱり守っているんだねえ。じゃあ、呪導を披露しとくれよ」
目を細めてファリィラを見る。
ファリィラは、土地への祝福を行った。春まだ浅い高原の大地に力が降り注ぐと、後には見違えるように生き生きとした若草が風にたなびいていた。
「いやはや、見事だねえ。初めて見るよ、土地の活性化なんて」
ベルゲ達は親子三代で祝福後の土地を検分している。会話を交えながら、時々、辺りの呪源を探ったりして、かなり真剣だ。
「よろしければ、お教えしましょうか?」
別にヴァーユールしか使っていけない訳ではないし、適性がなければ使えないのが呪導であるので、教えたからといって出来るとは限らない。祝福が出来ないとヴァーユールを名乗れないため、子供の頃から必死で習得するのがユーカナンの魔女の血筋に生まれた者の常であった。
女三代は歓声を上げて喜び、早速ファリィラを囲んで練習した。孫のマルガが一番適性が高く、すぐに形になった。次いでベルゲがなんとか形にし、アマレは最後まで苦戦した。適性が全くない訳ではないので、鍛錬を続ければ出来るようになるからと、粘り続けるアマレを説得して練習は切り上げられた。
夜も更けて村が寝静まった頃、なんとなく寝付けなかったファリィラは昼間祝福を行った空き地に来た。吐く息が白くなるほど気温が下がり、冷たい大気に冴えた夜空は星が降ってきそうだった。
長い間、瞬く星空を眺めていると声が掛った。
「風邪ひくぞ」
リュオクの声に振り返った。
「こんな時間にこんな所で何をしているんですか?」
「それは俺のセリフだ。夜更けにフラフラしている気配があるから夜盗退治してやろうと思えばリィラだし」
危うく夜盗として退治されるところだったらしい。
「それは、寝ているところを邪魔して申し訳ありませんでした。もう少ししたら帰りますので大丈夫です、お休みなさい」
再び夜空を見上げる。
「なあ、寂しいのか?」
ファリィラは答えなかった。
「寂しいなら寂しい、辛いなら辛いって言えよ。黙ってられたら俺は分からん」
星空を見上げたままのファリィラはぽつりと言った。
「私にも分かりません。……もう戻りましょう」
とぼとぼと歩く姿はやはり寂しそうで、何か言葉をと思うものの言葉が見つからず、リュオクは結局ただ横を歩くだけになった。




