第三話
よく晴れた、冬の終わりを告げる朝。ファリィラは荷物を抱えて教殿の通用門に来た。門衛に挨拶すると横にいる男を紹介された。巡礼の護衛らしい。男は自由都市国家の気道士ギルドから派遣されてきたとのこと。護衛が男性なのと、教国関係者でないことに彼女は二重に驚いた。思わずまじまじと見つめてしまう。褐色を帯びた赤毛と同色の目、小麦色の肌、身長は自分より頭一つ分高く、引き締まった体躯は日々鍛えていることを証明している。目つきがやや険しく荒んだ気配がするが、美丈夫と言っていいだろう。相手が不快そうに見返してきて、ファリィラは慌てて挨拶をした。
「ファリィラと申します。道中よろしくお願いします」
「リュオクだ。この道中の貴女の安全に最善を尽くすと約束する」
こうして二人の旅が始まった。
簡単な順路と日程を確認し、早速出発となった。この時刻なら順調にいけば夕方に都市国家レギエに入国することが出来る。その先の交易都市パルマにある大教殿が最初の目的地だ。並んでしばらく歩いた最初の曲がり角でリュオクは右に、ファリィラは左に折れた。数歩進んで振り返る二人。
「え?」
「あら?」
しばらくお互いに見つめ合ってしまった後、ファリィラが口を開いた。
「街道へ出るにはこちらの道ですよね?」
当然のように言うので、リュオクは聞き返した。
「まさか……、歩いていくつもりか?」
「ええ、お金持っていませんから」
リュオクは絶句した。
この世のどこに、金を持たずに旅に出るバカがいるかと聞かれたら、ここにいる! と答えればいいんだな、と現実逃避しかけたところで我に返った。
「嘘つくな、路銀が支給されているだろう」
「確かに頂いておりますが、充分ではありません」
どうやら節約したいらしい。しかし事前に確認した巡礼の日程はどう考えても徒歩でいくものではない。しかも目の前にいるのはどう考えても体力が有り余っているような人物ではない。長距離を毎日歩き続けるのがどんなに辛いか分かって言ってるのか疑いながら、彼は冷たく言った。
「歩きは絶対無理だ。足りない分の金ぐらい、説法垂れたり、適当に呪導を施したりして、お布施とやらを巻き上げればいいだろうが!」
それを聞いて、ファリィラが目を見開いて固まった。さすがに堂々と言っていいことではなかったと思って内心冷や汗を流したところで
「それは思い付きませんでした! あなたは私よりも聖職者に向いていますね!」
笑顔で褒められた。
「ですが、公道でお布施を巻き上げるなどと言ってはいけません。気を付けて下さいね」
釘も刺された。ともかく、これで歩く羽目にならずに済んだ。
二人は路線便の停留所にやってきた。ここには、各地を巡る荷車や客車がやってきて、目的の場所へ荷物や人を運んでくれる。案内所に行くと、受付のおばちゃんが愛想よく迎えてくれた。
「いらっしゃい! あらま! 呪導師様がいらっしゃるなんて珍しい。どこに行くんだい?」
「パルマかレギエまで。二人分」
おばちゃんは予定表を確認すると残念そうに首を振った。
「パルマ行きは今日はないねぇ。レギエまでなら二人で銀貨二枚で、もうすぐ出るやつがあるけど、それに乗るかい?」
乗る、と答えると、身分証の提示を求められた。おばちゃんは二人の身分証をチラッと見て、乗車券となる番号を書いた板をくれた。
「呪導師様と気道士さんが乗ってくれれば、道行は安泰だね。良い旅を!」
銀貨と交換で板を受け取り、乗り場に向かった。
乗り場にはすでに客車が停まっており、中は客でそこそこ埋まっていた。ジバシリというトカゲと鳥を足して二で割ったような獣が二頭つながれており、係の男が世話をしていた。
「おはようございます。レギエ行きはこの車であっていますか?」
ファリィラが声をかけると、男が振り返り彼女の服装を見て慌てて礼をとった。
「は、はい、呪導師様。あと少しで出発します。中でお待ちくだせえ」
ファリィラは礼の代わりに男と客車に守護の言葉を掛け、馬車に乗り込んだ。




