第三十八話
翌日、朝早くに目覚めたものの、起き上る気になれずごろごろしていたファリイラを、スミヤが血相変えて起こしに来た。
何が何だか分からないまま、集会所に連行された。そこには見慣れない老婆がいた。
「この子かい。一昨日の騒ぎの原因は」
スミヤが恐縮した。
「申し訳ございません。わたしの監督が行き届かず」
頭を下げるスミヤをチラッと見て、老婆は前を向く。
「あんたのせいじゃないさ。呪導にまつわる不始末は、全て呪師の責任だよ」
ファリィラを見る目には険しかった。
「つまり、あんたの責任さ。分かってるかい、小娘」
老婆はファリィラと二人で話がしたいといって、人払いした。誰もいなくなった集会所で、老婆と向かい合う。
「さあて、煩い連中がいなくなったね。あたしゃベルゲつって一応、白耀の一族の族長をやっているよ。まあ、最近は小面倒臭いことが多くて、若いのに任せてるけどね。あいつらも補佐とか言ってないで自分で上に立ってほしいもんさ。全く最近の若いもんときたら……」
途中から関係無い愚痴になった。しばらく神妙に聞いていると
「はっ、こんなことを言いに来たんじゃなかった。あんたも大人しく聞いてるんじゃないよ。えーと、本題は……何だっけね?」
このおばあちゃん大丈夫か、思わずずっこけそうになったファリィラは仕方なく先を促した。
「一昨日の騒ぎの件で、私に何か仰りたいことがあったのではありませんか?」
老婆はぽんと手を打った。
「うん、まあそれもあるけどね。あんた随分呪才があるようだけど、どこの出だい? 久しぶりにあんな激しい呪導を見たもんだから気になっちまってね」
「ユーカナンです。ヴァーユールのセーレイ家といえば分かりますか?」
高原の民がヴァーユールを知っていると思わなかったが、ベルゲは分かったようだ。
「ああ、やっぱり北の姉妹の子かね。いやあ、良く来たねえ、こんなところまで来るのは大変だったろう。まったく、こんな有り様で申し訳ないよ。長年狭い世界で寄り集まっていたんで、色々歪んできちまったのさ」
老いた手がファリィラの手を取って包み込んだ。
「嬉しいよ。遥か昔に分かれた姉妹がこうして来てくれた。あたしらと同じ古き血と技を受け継ぐ者は、このルフルスト大陸にはもう居なくなってしまった。北の姉妹達はみな元気かね?」
ヴァーユールは魔女狩りで数を減らしてしまったが、滅びるほどではない。呪協の援助もあって、復興も順調だとレインに聞いたし、心配させることは言わないことにした。
「はい、皆元気でやっております。帰りましたら南の姉妹の末裔にお会いしたこと必ず伝えます」
「本当に、こんな日が来るなんて、あたしゃ果報者さ。伝えたいことがいっぱい有るんだよ、聞きたいことも。ここは良くも悪くも変化がないからね」
ベルゲは喜んでファリィラの手をぎゅっと握りしめた。
外で心配しているであろうスミヤ達を待たせっぱなしにするのは申し訳ないので、ベルゲとの話はここで切り上げた。暴れて迷惑をかけたことを詫びると
「まあ、仕方ないね、あんたまだ若いし、そんなこともあるさ。私も若い頃は、事あるごとに呪器を振り回して威張り散らすいけすかない男共を、片端からシバキ倒したもんさ。
あっ、でもさっき勢いでこのようなことがもう一度あれば小娘は追い出すって言っちまったから、あんまり派手にやるのはやめておくれよ。じゃあ、今からちょっと大人しくしておいで」
よっこいせ、と立ち上がって人を呼び戻す。全員が定位置に着いたのを見て
「この小娘にも悪気はないようだし、今回は大目に見るよ。ただし」
威儀を正して宣言した。
「この未熟者は、あたしが預かって性根を叩き直してやる。あんたらでは御しきれないようだし、文句はないね?」
全員が肯定の返事をした。スミヤも何か言いかけたが、発言はせず頭を下げた。
この場はお開きとなった。
部屋に帰ると、スミヤに物凄い勢いで謝られた。
「ごめんねリィラ、あのババア人の言うこと全く聞かなくって、本人に直接問いただすの一点張りで。酷い怪我をして起き上れないって拒否しても、とにかく連れて来いって。何か酷いこと言われなかった?」
それ、私を連れてこさせるための口実ですとは口が裂けても言えない。
「挙げ句にババアの預かりになっちゃったし! でも、一昨日の件を収めてもらったから文句も言えないのよ。悪いけど我慢してね、本当にごめんね」
預かりの件は、スミヤの面子を潰さずに私を手元に置くための方便です、落ち込まないで。ファリィラは心の中でスミヤを励ました。
「スミヤさん、あなたの責任ではありません。私が後先考えずに行動したからこうなったのです。預かりになったといってもそんなに悪い立場ではないようですし、自由もありますので、また機会があればお手伝いもさせて下さい」
今度は変な問題を起こさないようにしますから、と付け加えた。
「うう、リィラ、あんたも頑張んなさいよ」
今回の最大の被害者はきっとスミヤに違いない。
ベルゲが白耀(白耀)の村に帰るというので、ファリィラも一緒に準備をした。小さな荷車には、あの親子が乗っていた。
「あ、お姉ちゃん。お姉ちゃんも一緒なの? 嬉しい!」
元気いっぱいの少女と、だいぶ回復した母親が挨拶してきた。
「ここに置いといても遺恨を残すからね、うちで引き取ることにした。下働きをしてくれてた娘が嫁に行っちまったんでね、丁度いいさ」
よっこいしょ、とベルゲも荷車の御者席にに収まった。
「リィラ、元気でね。辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい」
見送りに来たスミヤは、まだ心配していた。台詞が娘を嫁に出す母親のようである。
リュオクがジバシリを連れてきて、一頭をファリィラに渡した。ベルゲが孫娘についた悪い虫を見るような目で、その様子をを観察する。その視線に気付いたリュオクが睨み返す。二人の間に火花が散った。
不穏な空気を察してファリィラが間に入り、視線を遮った。舌打ちが聞こえたような気がしたが、気にせず愛想を振りまいた。
「ベルゲ様、さあ出立しましょう。隣村といっても距離があるのでしょう、あまり遅くならない方がいいのでは?」
「じゃあ、さっさと行くとしようかね」
荷車がゆっくり動きだした。
まだ春浅い高原の道を、荷車がのんびり進んでいく。なし崩しについてくることになってしまったリュオクは終始無言でジバシリを歩かせた。ファリィラはベルゲと雑談をしながらジバシリに揺られていた。




