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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第三十七話

 一日寝込んで回復したファリィラは、早速自分に治癒をかけた。出血がなかなか止まらなかったので貧血気味でフラフラするが、起き上って着替える。あの少女の様子と母親の容体が気になった。自分が動けない間に非道な報復を受けていないようにと祈りながら外に出る。

 心なしかすれ違う村人たちの視線が冷たく、挨拶もなかった。中には露骨に目を逸らすものもいて、ファリィラの心は沈んだ。私は間違ったことはしていない、信念に従って行動するのだ、そう決めたのだと自分に何度も言い聞かせながら道を歩いていると、いきなり腕を掴まれた。びっくりして振り返ると、リュオクだった。

「そんな体調でどこに行く気だ」

「どこでもいいでしょう。あなたには関係ないことです」

「あの小屋に行くのはやめておけ。これ以上反感を買うと霊峰に行けなくなるぞ、タウロスにも言われただろう」

傍から見れば理不尽でも、部族の決まりごとに口を挟まない。確かに言われたことだ。反感を買って霊峰に行けなくなったらここまで来た意味がない。あの親子には義理も恩もない、放っておいたからといって非難されることもない。むしろ、関わるべきではない、それは頭では分かる。

 きのうの少女の様子が脳裏に浮かんだ。抵抗しながら母を呼んで泣き叫び、男たちに引きずられていった。母親の傷はまるで拷問を受けたようだった。そこまでの罪があの親子にあったとは思えない。

 見捨てるのか、かつて自分達がそうされたように。一体何人、母親を見殺しにされる子供をつくれば、人は過ちに気付くのか。

「霊峰なんて、あそこに見えてるんだから自分で行きます! なんの力も持たない人を、気道で打ち据えて悪びれもしない、母親を救おうと必死になっている少女に暴力を振るう連中に媚を売ってまで、案内してもらおうなんて思いません。何が誇り高い高原の民よ、たまたま高い所に住んでいるだけの屑じゃない!」

ファリィラの剣幕にリュオクが腕を放したので、再び道を歩く。小さな村なのですぐに小屋に辿りついた。

 

 扉を開けて中に入ると、親子がひっそりと寄り添って寝ていた。母親は衰弱しているものの呼吸は安定していて、ファリィラは安堵した。先日治し切れなかった傷の手当てをしていると、少女が目を覚ました。

「呪師のお姉ちゃん、なんでここにいるの?」

不思議そうに聞かれた。

「傷の手当てですよ。あなたは大丈夫? 怪我してない?」

少女はこくんと頷いて

「お姉ちゃんは? 剣で切られてた」

子供にあれを見られていたのかと思うと、悶絶しそうになった。内心頭を抱えたが、笑顔でごまかす。

「もう治ったので平気ですよ」

お母さんの傷もすぐ治りますからね。安心させるように言うと、少女は俯いて消え入りそうな声で謝罪した。

「ごめんなさい」

その後も涙声でごめんなさいと謝り続ける少女を抱きしめた。

「謝る必要はありません。あなたは何も間違っていないし、悪くもない」

泣きじゃくる少女の髪を撫でてやり、背中をさすって泣きやむのを待った。

 少女は泣き疲れてそのまま寝てしまったので、母親の横に寝かせて小屋を出た。扉の横にはリュオクがいた。

「何してるんですか?」

「お前が暴走しないように見張りを」

失礼な、と思ったが暴走したばかりなので強く言えない。体調もすぐれないし、戻ることにした。


 部屋の扉を開けるとスミヤが仁王立ちで待ち構えていた。そっと扉を閉めて踵を返す。すぐに扉が開け放たれ、首根っこを掴まれて部屋に引きずり込まれた。

「まったく、どこほっつき歩いてたのよ! 昨日の今日でまた問題を起こしてないでしょうね!」

ファリィラはそっと横を向いた、目が泳いでいる。スミヤに頭を鷲掴みされた。無理矢理前を向かされる。

「私の目を見て答えなさい。今までどこにいたの?」

「……例の小屋」

答えた瞬間に頭を絞め上げられた。

「痛い痛い痛い! お願いこめかみはやめて傷が開く」

「どうしてそういうことをするの! 立場が悪くなって困るのはあなたなのよ。霊峰に行きたいんじゃなかったの?」

ファリィラは憮然とした。

「案内してもらえないなら自分で行くので構いません」

スミヤが可哀相な子を見る目で見下ろしてきた。

「源流五部族のうち少なくとも三部族以上の承認がないと、山を開けてもらえないわよ」

「えっ、酷い。そんな後出しで条件増やすなんて」

「増えてない増えてない、元から決まってるから。何でそんなことも知らずに挑もうと思ったわけ?」

呆れられて、ファリィラは落ち込んだ。

「まあ、悪いようにはしないから、大人しくしててね? 大丈夫、余計なことしなければちゃんと行けるから」

ぽんぽんと肩を叩かれて、今日はもう大人しく寝ていなさいと諭された。

 寝台に横になってスミヤの言葉を反芻した。

「……余計なこと、か」

自分のしたことは余計なことだったのか。

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