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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第三十五話

 走り去った男が複数の男性を従えて戻ってきた。小屋の扉の前に立っていたファリィラを突き飛ばして中に入ると、すぐ出てきた。

「あんたがやったのか?」

ファリィラは、首を横に激しく振った。暴行犯にされてはたまらない。

「いいえ! 私は殴ったりなどしていませんよ、治療しただけです」

男は鼻にしわを寄せた。

「何でそんな事をした! 治療しては罰にならないだろうが!」

男の剣幕に気おされて、つい口が滑った。

「あの、女の子に頼まれて」

あのガキ、男は低く呟くと、小屋に入り泣き叫ぶ少女を引きずり出した。男三人がかりで暴れる少女を村の中央へ引きずっていく。

「何をするの止めなさい!」

ファリィラは男たちから少女を取り返そうと突っかかっていったが、あえなく払い飛ばされた。

「余所者はすっ込んでろ! ったく、余計なことをしやがって」

地面に尻もちをついたファリィラは目の前で乱暴に引きずられる少女に過去の自分を見た。自分もかつてああやって引きずられたのだ。母は無抵抗に暴力を受け、重傷を負って火にかけられた。

 ――許せない。ファリィラの中で何かがはじけた。拘束の術を使って男たちの動きを止めると、少女をひったっくった。抱きかかえて小屋に戻る。その時、男の一人が術を破って、ファリィラの髪を掴んで引いた。

「いい加減にしろ!」

「こんな幼い子供に暴力をふるう下衆のいうことなど聞けません!」

「なんだと!」

殴られると思って身がまえていたが、いつまでたっても殴られなかった。見上げると、男は下卑た笑いを浮かべながら言った。

「いいさ、そこまで言うならお前がこのガキの代わりに罰を受けろ。杖打じょううち十回、楽なもんだろう?」

ファリィラは了承した。


 男のうちの一人が杖を取ってくる間に尋ねた。

「あの子の母親を杖打ちにしたのはあなたですか?」

男は肯定した。

「あの女は旧守派の男と情を通じた。お陰でうちは融和派の他の村から白い目で見られ、旧守派から標的にされた。夫が死んで寂しかったなどと抜かしやがって、そのせいで何人死んだと思ってるんだ」

憎々しげに地面を蹴りつける。

「本当なら殺してやりたいところだが、杖打ちで済ませてやった。感謝する所をあのガキは」

「あのままだったら、明日にでも亡くなっていたでしょう。いっそ死罪の方が慈悲深いのでは?」

男はニヤッと笑った。

「それじゃあ俺の気が済まないな」

ファリィラは、思い出せる限りの汚い罵倒語を心の中で唱えたが、全然足りない。後でリュオクに教わって語彙を増やそううと固く決意した。

 杖が持ってこられて男が機嫌良くぶんぶん振っていると、思い出したように命令してきた。

「服を脱げ、全部。それで跪け」

躊躇するファリィラを見て

「罪人の分際で服を着る気か? 早く脱げ。それとも剥かれたいか」

そう言われてしまっては脱ぐほかない。覚悟を決めて靴を脱ぎ、服を脱いで跪いた。

男は満足げに頷いて、杖を打ち下ろした。

「一つ」

右肩から背中にかけて、衝撃と激痛が走った。

「二つ」

左の脇腹を打たれて、呼吸が止まった。片手で打っているとは思えない力だった。見上げると男は気道によって膂力を強化している。信じられなかった、あの母親の異常な傷の理由が分かった。この男は一般人を打ちのめすのに気道を使ったのだ。ファリィラは顔を上げて男を睨みつけた。

「三つ」

タイミング悪く顔を上げてしまったため、杖がこめかみに当たった。血が飛んで、地面に倒れ込むファリィラを見て男が焦った。だが、すぐ起き上ったので焦りをごまかすように振りかぶる。

「四つ」

しかし四打目はファリィラが呪導で防いだため、杖は体の直前で止まった。

「なんだ、もう音を上げたのか?」

男が嘲笑う。

「いいえ。気道をお使いになられるようなので、私も呪導を使ってみただけです。悔しかったら私の術を破って打撃を入れてごらんなさいな」

血まみれの顔で笑う。男は逆上した。

「クソアマァ、後悔するなよ!」

男が力一杯杖を振り下ろすが、ファリィラに当たる寸前で砕け散った。

「ちっ」

男は手元から折れた杖を捨てると、刃の厚い片手剣を抜いた。後ろの男たちが動揺する。

「若、さすがに剣は不味いですよ! 殺してしまう」

しかし、逆上していて、聞こえていない。

「これならどうだ!」

左肩に無造作に剣を振り下ろす。肩にざっくりと剣が食い込んだ。本来であればファリィラの細い肩など切り落とせるのだが、呪導に阻まれてそれ以上刃が進まない。それどころかファリィラの呪導が刃を浸食してくる。

 慌てて肩から剣が抜かれた。血が溢れて胸から腹を伝って足まで流れる。ファリィラは立ち上がって若と呼ばれた男を真正面から見据えた。

「さあ、あと何回でしたか? 早く打ちなさい」

感情を伺わせない冷めた目と、優しい微笑みで手招きする。甘い声とは裏腹に、ファリィラの体には凶暴な呪源が渦巻いている。

「さあ、早く」

練り上げ過ぎて飽和した呪源がバチッと音を立てて閃いた。怒り狂って我を忘れているファリィラは男に迫る。

「早く打ちなさいこの腰抜け。お前ごときの剣で私は倒れない、安心して打ちなさい、さあ、早く!」

剣の刃を持って揺らす。左手が血まみれになったが、構わず飽和した呪源を流し込む。男は悲鳴を上げて、後ずさった。

「リィラ、大丈夫か!」

異常を感じて駆けつけてきたリュオクが見たものは、素っ裸で血塗れになって、呪器を持った男を脅しつけているファリィラだった。辺りには肌がチクチクするほどに呪源が充満し、暴発させれば村が吹き飛びそうだ。

「何でこんなことになってるんだよ!」

頭を抱えてしゃがみこんだ。

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