第三十四話
三日かけて目的のケマン村に到着した。既に日はだいぶ傾いていたが、治療だけでもやってしまおうと、村長の挨拶もそこそこに、負傷者が集められている建物に向かった。重症者から診て行くが、今回は内臓に達する深い切り傷や骨折はもちろん、腕や足を失っている者もいて、戦闘の惨状を物語っていた。ファリィラは歯を食いしばって気力を奮い立たせた、動揺していては呪の発動に支障をきたす。
「失ってしまった手足は元には戻せません。炎症も多少は引かせられますが、完全にはいきません。失血もそのままです。体力がなかったり、傷が病毒に侵されていた場合、傷が治っても命を落とす場合があります。それでも良ければ治癒を行います。よろしいですか?」
「構わないよ。このままじゃどうせ、半数は死ぬ」
スミヤは慣れているのか冷静だった。手伝ってもらいながら、改めてここが戦乱の地であることを思い知った。
全ての治療が終わったのは、夜中過ぎだった。夕食も取らずに働いていたファリィラを気遣って、アスラントとリュオクはこの時間まで起きて夜食を用意してくれていた。
「お疲れさん。温めといたから食べな」
芋と豆と羊肉を塩で煮ただけの質素なものだったが、空腹の体にはご馳走だった。無心で食べているファリィラに白湯を渡すと
「俺たちはもう寝るが、後は大丈夫か?」
アスラントが聞いてきた。
「大丈夫よ。お休みなさい」
スミヤが羊肉を飲み込んで言った。ファリィラもお休みなさい、と手を振って食事を続けた。
男たちが居なくなり、がらんとした食堂で白湯を飲んでいると、急激に眠気が襲ってきて机に突っ伏した。
「ああっ! 駄目よリィラ、こんなとこで寝ないで、部屋に行くわよ」
揺すって声をかけるが、疲労の限界に達していたファリイラは何かごにょごにょ呟くだけで起きない。仕方なくスミヤは食堂を片付けると、ファリィラを担ぎあげて寝所に向かった。
翌日ファリィラは昼過ぎに目を覚ました。身支度を整えて外に出るとリュオクと鉢合わせした。
「起きたか。丁度いい、飯にするぞ」
食堂ではおばちゃんが豆入りの粥をよそってくれた。
「こんなものしかなくて御免ね」
申し訳なさそうに椀を置いていく。粗食に慣れているファリィラはなんとも思わなかったが、リュオクは不満そうだった。
「ナイオビの市場飯が懐かしい」
肩を落として嘆息するので笑ってしまった。
「お酒もでしょう?」
からかうと、キッと睨まれた。
「余計なこと言うな! 飲みたくなるじゃないか、ああ畜生! 酒、旨い酒ー」
頭を掻き毟る様は、まるで中毒者の禁断症状である。仕方がないので酒を分けてやることにした。一度寝室に戻り、荷物の中から気付け用に持っていた小瓶を一本取り出す。
食堂で粥を食べているリュオクの前に瓶を置く。
「味は分かりませんがナイオビで購入した火酒です。気付け用ですが、使い道がなさそうなのでどうぞ」
赤い目が酒瓶に釘付けになった。そっと手を伸ばして、栓を抜き匂いを確かめる。
「リィラ、でかした! 有難く頂こう。しかし、こんないい酒を気付け用にするとか金持ちだな」
酒屋の店主に、気付けになる強い酒を頼んだだけで、ファリィラは言われるままに商品を受け取り代金を払っただけだ。いい酒なのかは知らないし、飲んで確かめるなど論外である。
リュオクは上機嫌で、酒を懐にしまって出て行った。ファリィラは残りの粥を食べながら、その単純さを羨ましく思った。
食事を終えて、昨日治療した人たちの様子を見に行った。傷がひどかった何名かは高熱を出していて、薬を飲まされているものの、危ない状態だったが、それ以外は皆快方に向かっていて、口々に感謝された。
小屋から出ると、入口に痩せた少女が立っていた。着ているものもみすぼらしく、裸足だった。少女はこちらに気付くと駆け寄ってきた。
「お姉さんは、呪師なの?」
見上げて尋ねられたので、そうですよ、と答えると
「お母さんを助けて! 痛いの、死んじゃう!」
泣きながらファリィラに縋ってきた。治療が必要な者は全員診たはずだが、何かあったのだろうかといぶかしんだが、泣いている少女の様子が尋常でなかったので、母親の所に案内させた。
村の端に影のようにひっそり立つ小屋に入っていき、異様な光景に息をのんだ。そこには少女の母親が寝ていた、というより地面に転がされていたと言った方がいいかもしれない。手足は傷だらけで左足は膝から下がひしゃげてありえない方向に曲がっていた。呼吸は浅く早く、いまにも絶えてしまいそうだった。良く見ると全身に棒か何かで打ち据えられた跡が付いている。おそらく内臓にも損傷があるはずだ。
「これは一体……」
少女は泣きながら助けてと繰り返すだけで答えは得られない。とりあえず、治癒をかけることにした。
怪我したまま長時間放っておかれたのだろう、傷のうちいくつかは酷く化膿していた。泣いている少女をなだめすかして、布と水を持ってこさせる。膿を絞り、こびり付いた血を落とし、治癒の技をかけていく。全ての傷に治癒をかけるには患者の消耗が激しかったので内臓や骨折を中心に必要最低限に留めた。ひと段落する頃にはかなりの時間が経ってしまったが、容体は落ち着いたので、少女と一緒に片づけをして薄暗い小屋から外に出た。午後の日差しが眩しい、目を細めて明るさに慣れるのを待ていると、村人に声をかけられた。
「こんな所で何をしている?」
ファリィラは後ろの小屋を振り返って
「ここにいた方が怪我をしていらっしゃったので、治療を……」
「なんだって?!」
男は血相を変えて、走り去った。
不味い事態になったことがひしひしと感じられた。
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