第三十二話
本日二回目の投稿です。
「おいおい、こいつが霊峰挑戦とは。ありえない、赤犬呼ばわりされても言い返せない腰ぬけが、どうやって試練を超えるんだよ。無理に決まってるだろう。朱の一族なんて群れて吠えるだけの狂犬共が、強い訳ないしな」
「赤犬? 朱の一族? 何ですか、それ?」
ファリィラは首を傾げた。アスラントは拍子抜けしてしまった。
「知らないのかよ。って平地の連中が知るわけないか。説明するのも面倒だな」
もういい、つぶやくと
「お前が霊峰に挑むに値する男か、オレが見極めてやる。勝負しろ! おまえが勝ったらさっきの発言も取り消すし、霊峰行きも支援してやろう!」
ドヤ顔で指を突き付けてきた。
「断る。だいたい俺は朱の一族じゃねえ。勝手に勘違いして因縁つけといて何だそれは、馬鹿にしてんのか?」
「おうよ。謝って欲しければ勝負で俺に勝つんだな」
ま、お前にゃ百年かかっても無理だろうがな。この脳筋の発言に、リュオクの不機嫌が臨界に達した。
「上等だ、このクソ野郎。お前の腐った××××を×××××して××××××やる」
下品すぎてファリィラには何を言ったのか理解できない罵倒をして、いきなり呪器を解放した。
いきなり現れた禍々しい気を纏った大剣に、ファリィラは固まった。リュオクがアスラントに向かって剣を一振りすると、不可視の刃が飛んで壁を抉った。紙一重でかわしたアスラントは大喜びだった。
「いいもん持ってるなあ、久々に楽しめそうだ。こっちもいくぜ!」
「やめてぇ! 誰か! 誰か来てぇ!」
ファリィラの絶叫がこだました。絶叫しつつも、二人に向けて拘束を放つ。動揺していたことと、高原の呪源が荒く攻撃的なのが重なって、絞め殺す勢いでかけてしまった。
二人の動きが止まる、どうにか相手より先に拘束を破って攻撃しようともがくが、ファリィラの拘束は意外に強く絞め上げている。そこへスミヤが駆けつけた。
「リィラ! どうしたの! ……あ、言わなくていいわ。何ならそのまま一晩くらい絞めといて」
事態を察して肩を落とした。その時リュオクが拘束を破って、相手に切りかかった。
「やめんかーい!」
スミヤの体がふっと消えたかと思うと、リュオクが床に叩きつけられていた。制止の声は叩きつけられた後にかかっている。ファリィラが破呪された衝撃を感じた直後に、スミヤの飛び蹴りが決まっていた。気道で身体強化をしてから攻撃に移るまでの動きが高速で流れるようだった。あらぬ方向からの強烈な攻撃をもろに食らって、リュオクはまだ立ち上がれない。
アスラントは拘束されたまま、スミヤを怯えた目で見ていた。
「アスラ、あんたまたやったね? あ・れ・ほ・ど! 無暗に喧嘩を売って回るなって言ったのに。しかもうちの客人に!」
「あ、姐御すいません。もう二度とっ……!」
みなまで言わせず、スミヤの右手が手首まで腹にめり込んだ。くぐもった呻きと共にアスラントが床に倒れ込んだ。
危険を感じてギリギリで拘束を解いたファリィラに、会心の笑みと共に引き抜いた拳の親指を立ててみせる。解かなかったらあの拳で拘束もぶち破られたに違いない、そう確信した。この人は絶対に敵に回さないようにしよう、ファリィラは固く心に誓った。
二人を廊下に並べて座らせて、スミヤの説教が行われた。一貫して自分は悪くない、売られたケンカを買っただけだと主張するリュオクは
「だからって廊下で呪器を抜く馬鹿がどこにいるか! 物には限度があるわ!」
鉄拳制裁を食らっていた。
アスラントは平身低頭で謝っていた。リュオクが混血児で、奴隷として酷い扱いを受けていたことをスミヤから告げられると
「申し訳ないっ!」
ひたすら謝ってきた。根はいい奴なのよ、戦闘馬鹿さえなければもっと評価が高いのに。スミヤのため息交じりの説明に、ファリィラは苦笑いした。
夕餉の支度が整ったと使用人が呼びに来たので、皆で食堂に向かった。壁に走った傷を見て怯えていた彼女の為に、ファリィラは壁の復元をしておいた。
タウロスとスミヤ夫妻は優れたホストで、会食の席は終始和やかであった。その席上で最近戦闘があって荒れてしまった村にファリィラとアスラントを派遣することが決まり、危ないからとスミヤが付き添いで行くことになった。




