第三十一話
本日は正午にも投稿します。よろしくお願いします。
翌日は、融和派の主だった面々が近況報告も兼ねて集まる日であった。昼過ぎには皆が集まり、集会が開かれた。ファリイラは最初のほうでタウロスの客分として、ちょこっと挨拶をして終わった。特に何も言われず、部外者は用済みとばかりに退出させられた。あれこれ聞かれて呪導を使うことを要求されるよりはいいが、明らかなよそ者扱いに、この先軋轢が生じないか不安になった。暇なので村外れまでやってきて、呪導の鍛錬をすることにした。
呪源を引き寄せて、丁寧に練り上げる。ガイラル高原の呪源は荒々しくて、注意していないと練り上げが雑になる。特に術を使うわけではないので練り上げた後ほどいて再び流れに返す。何度か繰り返して飽きてきたので、少し迷ったが土地への祝福を行うことにした。ユーカナンでは冬至祭でよく行われる物だ。時期が遅いがまだ春浅い高原なら十分間に合うだろう。
奥高原は紛争による地気の乱れがあり、土地に陰りがある。このままでは作物の育ちも今一だろう、苦労しているスミヤ達に豊作を。そう思ったものの、ヴァーユールの祝福はもう何年もやっていない。出来るか不安になったが、体はきちんと覚えていた。
練り上げた呪源を、命を育む清らかな地気に変えて放つと、乾いた大地に降り注ぐ慈雨のように吸い込まれていく。目を閉じて、歌うように呪言を唱えながら祝福を行い、終われば見違えるように瑞々しくなった畑や灌木の茂みがあった。腰に手を当てて満足げに畑を眺めていたら、声をかけられた。
「また随分と風変わりなことする呪師さんだ」
振り返ると深い翠色の瞳と目があった。癖のあるくすんだ金髪はやや長めで整えられておらず、奔放に広がっていて鬣に見える、鍛えられた立派な体躯と相まって獅子のようだ。
「あんた、霊峰を目指すんだって?」
「はい、それまでは皆さんのお手伝いになりますが」
そうかい、そう言って男は横に並ぶと畑を眺めた。
「すげーな、こんな術初めてみた。ひょっとしてあんた強いのか?」
口ぶりからして呪力が高いかとかいう話ではなく、戦闘能力の話のようだ。
「いいえ、弱いですよ。そもそも呪導を用いて命を殺傷してはならないと教えられてますから」
思いっきりがっかりされた。
「何だつまらん」
もし強かったら、試合でも申し込まれていたかもしれない。ファリィラは面倒事が避けられて安堵した。
「俺はアスラントという、アスラでいい。何かあったら気軽に声をかけてくれ」
男は肩まで上げた右手を左右に振って、去っていった。
リュオクは村の外をぶらぶらしていた。村の中にいて、万が一喧嘩っ早い連中に目を着けられると面倒だ。余計な騒ぎは起こさない方がよい、そう判断して茂みの影に隠れて昼寝としゃれこんでいたら、何だかよく分からない呪導が降ってきた。焦ったが別に悪影響はなかったのでそのまま寝転がっていると、見る見る地面が輝き始めた。そして、見違えるほど生命力にあふれた地に変わったのを感じて、こんなことをする輩の顔を思い浮かべた。疲弊した土地の再生など気易くやっていいことではない。
「あのアホ娘、また要らんことを。こんなことして、目をつけられて困るのは自分だろうに」
説教してやろうと体を起こすと、遠目に誰かと話をしているのが見えた。
もう目をつけられている、と驚いたが、話し相手の男はさっさと帰っていった。この状況を見て、あっさり帰るとは、あの男懐が広いのか馬鹿なのか。何だか面倒臭くなって、また横になった。良く考えてみれば、あんな奴放っておくと決めたんだった。好きにすればいい、格段に寝心地の良くなった茂みに身を沈めて、昼寝の続きをした。
夕方になってリュオクが屋敷に帰ると、使用人たちが妙に慌ただしい。そう言えば朝、もてなしの夕餉がどうとかいっていたな、などと考えながら廊下を歩いていると、客人であろう体格のいい男とすれ違った。目を合わせないようにさりげなく通り過ぎようとしたが、相手がそれを許さなかった。
「ああ? 何でお前みたいなのがこんな所を歩いている。いる場所が違うだろうが!」
リュオクは無言で立ち去ろうとした。だが、相手は回り込んで因縁をつけてくる。
「答えろよ。ここは貧相な赤犬が来る所じゃない。謝れば見逃してやるから、さっさと寝ぐらに帰んな!」
赤犬と呼ぶのは朱の一族に対する最大の侮辱で、言われて黙っているのは許されない。しかし、リュオクは見た目こそ部族の特徴を現しているが、一度もそのように扱われたことはなく、赤犬と呼ばれようとなんとも思わないし報復の義務も生じない。この面倒事をどうやって追い払えるか思案していると、厄介なのがもう一人増えた。
「私の連れが、何か失礼をしましたでしょうか、アスラント殿?」
ファリィラがパタパタと廊下を早歩きでやってくる。走らないところに育ちの良さが出ているなと妙な所を感心しながら、お前の連れじゃねえと言いそうになるのをこらえた。
「は、連れ? 冗談だろう」
ファリィラは背筋を伸ばして、リュオクをチラッと見てから笑顔で答えた。
「彼は私の霊峰挑戦の相方です。強いのですが、少々ぞんざいな物言いなので、失礼があったのなら私からも謝罪させていただきます」
強い、の部分にアスラントが反応したのをリュオクは見逃さなかった。
「俺は何も言っていないし、していない。因縁つけてきたのは相手の方だ、俺は被害者なんだ」
ここでしっかり主張しておかないと、話が変な方向に行きそうだったので、必死に訴えた。しかし彼は甘かった。話は既に決定的に変な方向に向かって走り出していた。




