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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第二十九話

 そのまま救護所で食休みをして帰ってきた。屋敷の庭ではタウロスとリュオクが酒をかけて薪割り競争をしていた。気道まで使って大人気ないことこの上ない。スミヤは笑っていた。

「タウロス久々に楽しそうにしてるね。良かったわー」

一本という僅差でタウロスが勝ち、リュオクはナイオビで手に入れた蒸留酒を取られていた。かなり落ち込んで地面に膝をついて嘆いていて、周りの使用人たちから失笑を買っていた。

 リュオクが立ち上がり、ファリィラの姿を認めると、途端に渋面を作って横を向いた。ファリィラは特に反応を示さず、静かに立ち去った。タウロスにさっきの凄い治癒術を教えてやろうとしていたスミヤは出鼻をくじかれて困っていた。

「えっと、お二人さん喧嘩でもした?」

去っていくファリィラとリュオクを交互に見て首を傾げた。


 夕方にタウロスに呼ばれて、ファリィラは彼の執務室にいた。部屋にはリュオクも居て仏頂面を晒していた。勧めに応じて長椅子に座る。

「まずはお礼を。救護所の難民を治療して下さったそうですね、大変助かりました。妻が凄い術であったと褒めておりました」

ファリィラは首を横に振った。

「手当てが良くされており、体力のある方ばかりだったので、簡単だったのです。傷が化膿していたり、弱っていたりすると、あのようには参りません。皆様の看護の賜です。それと私に敬語は不要です、普通に話してください」

タウロスは椅子の背に体を預け、何から話そうか思案した。しばらくして身を起して話し始めた。

「お手伝いいただける紛争の件。明日、主だった面々に紹介するので集まりに参加して頂きたい。その上で役割を振ることになるが、高原の民でもない貴女を矢面に立たせては申し訳ないので、戦闘で傷ついた者、略奪や焼き打ちなどで傷ついた住民の避難と保護をお願いしたい。戦闘をしないとはいえ、かなり危険な地域まで足を運んでもらうことになると思うが、よろしいか?」

ファリィラは頷いた。もとより危険を冒すつもりだった。

「勿論です。どのような場所でも構いません、危険は承知の上です」

「もう一つ、こちらはお願いになるが、貴女にとってどれほど不快で不条理に思えても、各部族の決まり事には口を挟まないでいてもらう。今ではだいぶ緩くなってはいるが、厳しい物も残っている。それによって傷つく者がいても、黙っていて欲しい」

ファリィラは眉根を寄せた。決まり事だと言うだけで、目の前で咎無き者が傷つけられても黙っていることが、果たして自分に出来るだろうか。

「心には留めておきます」

明確な約束は避けておいた。

「次は霊峰についてだが、霊峰は呪師と道士の二人で挑まなければならない。リュオクと挑むとばかり思っていたが、違うのかい?」

信じられない内容だった。

「今何と?」

「だから霊峰へはリュオクと行くのかと聞いている」

リュオクを見るとあらぬ方向に顔を向けている。思わず詰め寄った。

「何故そんな重要なことを、黙っていたの?」

黙ったままのリュオクの襟首をつかんだ。

「騙したの? 一人では行けないことを知っていて自分は帰ると!」

リュオクは無言でファリィラの手を払いのけた。

「彼は知らなかった。別に隠しも騙しもしていない。誰も何も言わなかったのは二人が呪師と道士だったからだ。わたしも知らないとは思っていなかった」

タウロスの言葉に、ファリィラは両手で顔を覆ってくずおれた。声も出なかった。

「どうする? リュオクと行くか、嫌なら別の者を探すか」

「……少し、考えさせて下さい」

そのまま退室して、よろよろと廊下を歩いて部屋に戻った。


 寝台に腰掛けて、頭を抱えた。嘘だと叫びたかった。天鏡の前にこんな難題が立ちはだかっているとは想像だにしなかった。誰も辿りつかなかったはずだ。清星教は呪導師と気道士が距離を置くことを推奨していて、協力して物ごとに当たらせない。揃って力を振るわれたら脅威になりやすいからだ。呪協もギルドも荒事は道士、それ以外を呪師の領分として分けている節があって、呪師と道士で仲良く二人一組になどという発想がなかった。

 どうしようと悶えていると、スミヤがやってきた。入れてーと扉の前で呼んでいる。仕方ないので部屋に入れた。彼女は寝台にドスンと腰を下ろし、右手でバンバン隣を叩く。早く座れということらしい。

 腰を下ろすと、ずいっと近づいてきて

「彼と喧嘩したの? 原因は何? 上手く謝れないなら手伝ってあげるわよ」

親切の押し売りを開始した。

 最初は断ったものの、遠慮することないわよ、さっさと吐きなさい、という全開の姐御パワーに押されて昨日からのいきさつをポツポツ話した。

「なにそれ、全然ダメ! そんなんじゃいつまでたっても男が出来ないわよ! そこは押す所でしょ、引いてどうすんのよ!」

「はぁ?」

どうして霊峰へ行く話が男の話になるのか理解できなかった。全く分かっていない様子のファリィラにこれ見よがしな溜息をついて、両手でむにっと頬をつまんで言った。

「そ、こ、は! あなたと行きたい、あなた以外と行くのは考えられない、お願い一緒に行ってってやるところでしょう! 渋られたら泣き落し! 何で考えるとかいうのよ、信じられない!」

つまんだ頬をぐにぐに捏ねながら駄目出しされた。

「せっかく可愛らしく産んでくれた親に申し訳ないと思わないの? この顔で必死に頼まれたら、たいていの男は断れないでしょうに」

何気に発言が過激だった。

 その後、スミヤの仲直り大作戦が説明され、こういうのは先手必勝なのよ! とリュオクの部屋の前に連行された。

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