第二話
「おい、リュオク! お前またやったのか!」
狭いホール内に怒声が響いた。自由都市国家レギエの中心部、気道士ギルドの一階。強面でいかついオヤジにカウンター越しとはいえ殺気付きで怒鳴り付けられれば、大概の人間は縮こまるものだが、当の青年はどこ吹く風である。ただ、一応は悪いと思っているらしく
「ちょっとやりすぎたとは思ってる、次からは気を付けるよ」
と言った。完全に棒読みで。その態度にいかついオヤジ(このギルドの主任だ)は激高した。
「戦闘に夢中になり過ぎて作戦行動を忘れ、挙句に殺し過ぎで味方から苦情が出るとか、お前は傭兵の仕事を何だと思ってるんだ! 大体次から気を付けるってその言葉、これで何度目だっ!」
リュオクのやや褐色の入った赤毛を掴んで、ゆっさゆっさ振り回しながら怒鳴る。近くにいた人間は顔をしかめて少し離れた。
「まあいい、お前には別の仕事を振るっ。覚悟しとけ!」
やっと解放されて、手ぐしで髪を直していたリュオクは髪と同色の瞳を輝かせた。
「別の仕事って、傭兵よりも楽しいヤツか?」
「知るかっ!」
オヤジは足音も荒く去って行った。
この世には特殊な才を持つ者がいる。呪導を扱える者、気道を扱える者である。
呪導は身の周りの環境中に存在する「呪源」を操り、様々な現象を引き起こすことが出来る。どのような現象を起こせるかは本人の素質に依る。血統により能力の系統がある程度受け継がれることが知られている。多くの才を持って生まれた者は「呪源」さえあれば何でもできてしまうほどに多様な現象を引き起こせる。呪導師または呪師と呼ばれる。
気道は己の精神と肉体に宿る「気源」を操り、様々な現象を引き起こすことが出来る。反射速度上昇や筋力上昇など自身の肉体の強化を行うのは訓練次第でかなりの者が使える。一方で周囲への干渉や力を放出するのは難しく天性の才に依存する。能力の性質が戦闘に向くため、軍事関係の職に就く者が多い。気道士または道士と呼ばれる。
リュオクには気道の才があった、それもかなり高い。そこをギルドに見出され、訓練を受けて気道士となったが、性格が災いして目下のところお荷物扱いである。さすがにちょっとまずいかな、と思い始めてきたところだ。今度の仕事は真面目に過不足なくこなそうと決意していると、オヤジが仕事票を持ってきた。
内容を聞いて耳を疑った。巡礼の呪師様の護衛業務である。決意は速攻で雲散霧消した。
「オヤジィ、そんなの俺に出来ると思ってるのか?」
「出来る出来ないは関係ない、やれ。ついでにこの呪師様に呪師協会の者が接触してきたら報告しろ」
リュオクの表情が変わった。探るような目つきになる。
「なんだよ。この呪師様は訳ありか?」
「ああ。五年前のユーカナンの魔女狩りは知っているか? その時に殺害されたヴァーユールのおさ、マハラ・セーレイの娘、ファリィラ・セーレイだ。呪師協会は、彼女をユーカナンに帰してヴァーユールの伝統を継がせるべきだと主張し、清星教国を誘拐組織と非難している。清星教国は彼女は法に則って正当に保護しただけで、彼女は自分の意思で清星教に帰依しているので、呪師協会の方こそ横暴だと反論している」
そのような中で、なぜ清星教国は国外に巡礼に出すのか、教国の真意が何処にあるのかも注意が必要である。しかし、そのような面倒臭い事情はリュオクには関係ない、関心はただ一点。
「オヤジ! 襲ってきた呪師とかは、返り討ちにして良いんだよな?」
嬉しそうに問いかける声を聞いて、ギルド主任は肩を落とした。
「周りに迷惑かけるなよ。あと、情報は聞き出してから絞めるんだぞ」
よっしゃー! と気合を入れるリュオクを見て、オヤジは深いため息をついた。




