第二十八話
リュオクは悄然と割り当てられた部屋に帰ってきた。荷物の上に渡された紙を放り投げて、寝台に寝転がった。
「畜生……」
苦く呟く。言動にちょっと突飛な所はあったが、真面目で一生懸命なファリィラは嫌いではなかった。ちょっと手のかかる妹分くらいには好感を持っていたのだが、相手はそうでもなかったらしい。こんなにあっさり手切れを言い渡されるとは思ってもいなかった。
「こんな所、来るんじゃなかった……胸糞悪い」
不貞寝しようと寝がえりを打ったら、扉を叩く音がした。扉を開けると、タウロスが立っていた。
「突然で悪いが少しいいだろうか」
酒瓶を掲げて見せたので、中に入れてやった。タウロスは酒を注いでリュオクに渡す。
「初対面で不躾な質問で申し訳ないが、怒らないでくれるか。君は朱の一族の者かい?」
奥高原を歩いていれば、いずれ言われるとは思っていたが、速攻で言われてしまった。触れられたくない話題にリュオクは顔をしかめた。
「母親はな。父親は知らん」
「そうか。では混血ということにしておこう。それならば波風も立つまい」
「いいさ。どうせ出て行く」
タウロスは首を横に振った。
「そこまで気を使わなくても大丈夫だ。確かにこの混乱は朱の一族が原因だが、現族長が前の族長を殺して地位を奪ったことが原因なのは皆知っている。混血であれば逆に同情されるくらいだろう」
朱の一族は旧守派最大の部族で、多くの伝承と強力な気道を受け継ぐ。その分、他部族をやや下に見るところがあった。血が穢れると言って一族以外の者との婚姻は禁じられていて、禁を犯せば追放されるか、奴隷に落とされた。
旧守派の部族はだいたい似たり寄ったりで、混血を拒んだ結果血が濃くなりすぎて出生率が下がったり、奇病が流行したりして、部族として成り立たなくなり始めているところもある。
「別に気を使っている訳じゃない。あんたには申し訳ないが、俺はこんなしみったれた土地がどうなろうと知ったことじゃない。東平原に帰らせてもらう」
「霊峰に挑むのではなかったのかい?」
タウロスが怪訝そうな顔をしている。
「リィラはな。俺はそんなものどうでもいいし、紛争なんか御免だ」
「霊峰は呪師と道士の二人が揃わないと開かないだろう、誰か他の道士が付くのかい?」
リュオクは、えっと言葉を詰まらせた。
「まさか知らなかったのか。朱の一族の者が?」
「俺は正式には一族じゃねえ! 伝承も気道も全部盗み聞き、盗み見で覚えた。半端なんだよ」
気まずい空気が流れた。
「……それは失礼した。しかし、本当に彼女を置いていくのか。それでいいのかい?」
リュオクは無言で酒をあおった。
翌日ファリィラはスミヤと共に救護所へ向かっていた。紛争の激化で村を追われたり、戦闘に巻き込まれた人を融和派の各村で分担して受け入れているらしい。大変ではないかというと、ほとんどの人は殺されるか、旧守派の奴隷にされ、逃げてこれるのはほんの僅かで問題ない数らしい。
ここカナワ村は融和派の中でも一番大きい救護所があり二十人ほどが身を寄せ合っていた。着の身着のままで逃げてきた者や、けが人や病人もいた。体力のある者や回復した者は既にカナワの住人として、家や畑を割り振らたり、職を得たりして生活しているようだ。
「治癒が得意な呪師が来るなんて運がいい。助かるわー」
スミヤはの表情は明るい。そんなに負担ではないといっても、薬代や食事など何かと入り用で、それは村の持ち出しだ。最終的に住人になって働いてもうにしても、とりあえずの費用はかかる。特に医術や薬は高価なので痛い出費だ。
「こちらも部屋と食事を頂いているのでこれくらい大丈夫ですよ」
布と薬を抱えたスミヤはうんうんと頷いて
「平和になったらちゃあんと霊峰の麓まで送ってあげるからね! それまでよろしく!」
元気に建物に入った。
建物の中は簡単な仕切りがある他は奥に水がめと釜があるだけの場所だった。もとは集会所だったらしい。そこの床に寝かされている数名と、その付き添いをしている家族の者がいた。動ける者は日中簡単な労働を割り振られているので、ここにはいない。
「みんな、喜べー。治癒の出来る呪師を捕まえたよー。今から診てもらうからね」
奥の重傷者から順番に治療することになった。
寝かせられているものは骨折や深い切り傷などがあったが、丁寧に手当てされていて化膿したりしていなかったので治癒は簡単なもので済んだ。傷口が淡い光に包まれたかと思うと次の瞬間には塞がった傷跡のみになっていて痛みも嘘のように消えている。その速さにスミヤが驚いた。
「はっや! ていうか、え? 完治するの?! ちょっと回復が早まるとかそういうのじゃなくて?」
傷のあった腕を掴んで眺めまわしているので、注意した。
「傷がくっついただけで、完全に回復はしていません。三日くらいは激しく動かすとまた開いてしまう恐れがあります、そんなに乱暴に振り回さないで下さい。体力や失った血などもそのままですから、しばらくは無理をしないで体を大事にするように」
スミヤは慌てて掴んでいた腕をそっと下ろしてなでなでした。その様子にファリィラは笑ってしまった。
全員を治療して、片づけをしたら昼になっていた。スミヤと付き添いの家族がお昼を用意してくれていた。麦と豆の粥と、鶏肉と野菜のごった煮を目一杯よそって渡された。
「こんなに食べれません。減らしてください」
リュオク標準の盛り付けである。
「え? 治癒とかって消耗が激しいんでしょ、沢山食べなよ。遠慮してると大きくならないよ?」
「子供ではありませんし、今更食べても大きくなりませんよ」
スミヤはファリィラの手足や胸元をジッと見て高らかに宣言した。
「いやまだ大きくなる、もっと食べてふくよかになりなさい」
ずい、と大盛りのごった煮を突き付けてきた。そっちか、とファリィラは己の控えめな胸元を呪った。
結局食べきれないのはもったいないというファリィラの主張が通って、量は少し減らされた。満腹になるまで食べてしまって胃のあたりが苦しい。




