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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
揺籃の地
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第二十六話

 出立の日の朝、一の鐘で起床して支度と朝食を済ませて、北門に向かった。門に着いたころに丁度二の鐘が鳴り、サウルも荷駄を引いてやってきた。

「おはよう。ジバシリを持っているのか、ならば道中問題ないな」

その言葉がファリィラは引っかかった。

「徒歩では無理な所なのですか?」

サウルはファリィラを見下ろす。

「山を歩き慣れていない者にはつらい道のりになる。ジバシリに乗るのなら多少は楽できる」

そう言って門に目を向けた。街門が開けられて、人々が動き始めた。


 ラカンスからサウルの住む村までは五日の道のりだ。山道をひたすら歩く。途中の村に立ち寄ったのは一回だけで、それ以外は雨風がしのげる岩陰などで夜を過ごした。険しい山道に薄くなっていく空気、乗り慣れないジバシリの揺れに、ファリィラの体力は早々に底をついた。

 三日目の昼ごろ、蒼白になって荒い息をしているファリィラを見てサウルは薬湯を煎じてくれた。

「山酔いだな。もう少し上に行くと村があるからそこで休ませるか」

近くの村で休むことになった。

 村の隅の空き家を借りて、ファリィラを寝かせると

「申し訳ありません」

ぐったりしながら詫びる。

「別に構わんよ。平地から来る者はだいたいかかる。体が高原の空気に慣れれば、自然に治る」

「山を下りればすぐ治るぜ。帰るか?」

リュオクが意地悪く尋ねてくる。ファリィラはむっとした。

「帰りません。明日の朝までには体調も回復させます」

意地になって答えた。

 

 翌朝、まだ体がだるかったものの、一晩寝て体調の回復したファリィラは村の端にいた。この村は、山の斜面の少し平らに開けた場所にへばりつくように集落があり、日当たりのよい斜面は段々畑になっていた。朝靄が少しずつ流れて、景色が見渡せるようになった。左手にはガイラル高原へ続く道がある急峻な山々が壁のようにそびえ立ち、右手は所々若草が萌える岩肌が、雲海に沈み込んでいた。雲海は朝日を反射して黄金に輝いていた。

 ファリィラはその絵画のような情景にしばらく見入っていたが、姿勢を正し深呼吸をして辺りに満ちる呪源に触れた。東平原より、呪源がずっと濃密で荒々しい。この世界をゆっくり満遍なく巡っている呪源であるが、地域によって微妙に感触が違う。故郷のユーカナンは、もっと優しく包み込まれるような感覚であった。この場所の呪源は飲み込まれそうな凶暴さが僅かにあった。構わず引き寄せ、自らに治癒をかける。体がほんのり暖かくなり、だるさと頭痛が消え、吐き気が治まった。動き出せばまた悪化するかもしれないが、とりあえずこれで体調は戻った。

「覗きとは悪趣味ですね」

流れる雲海を眺めながら言うと、気配を消していたリュオクが物陰からひょっこり現れた。

「別に覗いてた訳じゃねえよ。散歩してたら何かやってるから、邪魔しないように静かにしていただけだ」

「そういうことにしておいて差上げましょう」

嘘じゃねえよ、という抗議の声が上がったが無視した。


 その後はファリィラも体調をひどく崩したりはせず、無事サウルの村に到着した。ジバシリを労ってやり、彼の案内で村長に挨拶に行った。

「平地から遥々よく来なすった。大変じゃったろう」

村長は好々爺で、夫人が高地のつる植物の葉を乾燥させて煮出したお茶を出してくれた。ほんのり甘く暖かい茶は美味しかった。

「サウルから話は聞いた。奥高原に行くとか。悪いことは言わん、止めた方がええ。今あそこは部族紛争が激しくて、始終どこかで争っておる。巻き込まれたら、命は無いでな」

村長は二人の身を案じてくれた。

「それは承知しております。その上でお願い申しあげます。どうか、奥高原のお知り合いを紹介して頂けないでしょうか」

ファリィラは頭を下げた。

「どうしてそこまでして、奥へ行きなさるか」

「霊峰に行きたいのです」

それで村長は納得した。

「霊峰、ということはお嬢さんは呪師か。霊峰の試練に臨まれるのかね」

試練を望む呪師がこの村に来るのは久方ぶりじゃ、わしが知っている限りではお嬢さんが初めてかのう。一人呟いて村長はファリィラを見据えた。

「そういうことなら行かせないわけにはいかんの。わしの妹が嫁いだ奥高原の村がある。そこは融和派だから滅多なことはあるまい。そこの首長のタウロスという男に、妹の孫が嫁いでおるで、口をきいてやろう」

「ありがとうございます。ところで、融和派とはなんですか?」

村長はふむ、といって

「奥高原の中には沢山の部族がおる。それぞれ独自の文化を持って暮らしておるのだが、近年部族間の対立が深刻化しておって、その対立を無くし、部族の融和を図ろうというのが融和派じゃ。対立するのが旧守派で昔ながらの部族の伝統を守り、混血や外部から入ってくる文化を否定しておる。乱暴な連中じゃて、気を付けなされ。もっと詳しいことは、奥で聞くがよろしかろう」

そうして紹介状をしたためてくれた。融和派の村まではサウルが一緒に行ってくれることになった。件の孫娘から頼まれていた薬を届けに行くらしい。

 村長の家で一晩休ませてもらい、奥高原へ足を踏み入れた。

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