第二十五話
ラカンスは、ルフルスト大陸の中央を南北に走る臥竜大山脈の裾にあり、ガイラル高原南部の入口にもなっている小さな交易都市である。山脈の各所から採れる希少な薬草や鉱石、高地にすむ動物の毛皮や毛織物などが集められ、各地へと運ばれていく他、平地で産出した穀物や乾物などが高原へ運ばれていく。そこに、ジバシリに乗った男女がやってきた。
「相変わらず栄えてんな」
リュオクが大通りを眺めると、鉱石を満載した荷車が通り過ぎていく。他にも大小様々な荷物を持った人達が行き交っていた。
グレコが教えてくれた商人は、大通りから一本奥に入ったところにある中規模の商会にいた。グレコからの紹介であることを告げると、奥の商談室に通してくれた。
「改めまして、リヨンと申します。御用向きは何でございましょう」
腰の低い、優しい声の人物だ。
「ガイラル高原に行きたい、出来れば奥高原に。案内を頼める者を紹介して貰えないだろうか」
「奥高原はもう何年も部族紛争が続いていて大変危険な土地です。現地の民でさえ命の保証が無いのに、外から行けるかどうか……」
言葉を濁すリヨンにファリィラが続けた。
「無理ならば、とりあえずガイラル高原に行けるだけでも構いません。奥地への案内は、高原で探しますので、どうかご紹介いただけないでしょうか」
リヨンはファリィラを見ると眉をひそめた。
「奥高原は貴女のような若いお嬢さんが行く所ではありません。何を求めているのか存じませんが、決して良い場所ではないですよ」
それでも行くと言うと、リヨンは取引のある高原の民の中から、案内役を探してくれると約束した。おまけに二人が泊るのにちょうどいい宿まで紹介してもらい、礼を言って商会を後にした。
宿は小さいながらも手入れが行き届き、客層も悪くなかった。ジバシリを預けて、部屋に入る。二人部屋が一室空いているだけだったので、同じ部屋だ。それぞれ荷物をおろして、ベッドに腰掛ける。
「とりあえず、案内を待っている間は、金稼ぎだな」
宿代に案内料にと出費もかさむので、致し方ない。遊んでいられるほどの余裕はなかった。
「治癒でもしましょうか」
ファリィラが出来る労働の中では、最も稼ぎが良いのがこれである。
「それが妥当だな、俺は日雇いでもやるか、にわか狩人でもするか」
それから数日間は二人とも地味に労働した。ファリィラは治療を施せる場所をリヨンに頼んで貸してもらい、臨時治療院を開設した。料金をやや低めに設定した結果それなりに繁盛して、軽傷者から重病人まで片端から治癒しまくった。おかげで街の人たちには感謝され、路銀も貯まった。リヨンに借りた場所代を払っても、充分に余った。
リュオクは初日は日雇いの荷運びを行ったが、割に合わないと言って、翌日から狩りに出て行った。近くの森は良い狩場らしく、毎日獲物を獲ってきては売り捌いていた。
そうしているうちにリヨンから案内人が見つかったと連絡が来て、立会いの下商会で会うことになった。
「この方はサウルさん。うちに薬草を卸してくれている方で薬師でもあります。奥高原の少し手前の村に住んでいて、村の中には奥高原の民と面識がある方もいるそうです」
サウルと呼ばれた男性は、がっしりした体つきの寡黙な男性で、薬師というより狩人の方がしっくりくる。
「明日は、市場で必要な買い物をして、明後日の二の鐘で立つ。一緒に来るなら北門に来るといい、村まで連れて行こう」
「ありがとうございます。こんなに早く案内の方が見つかるなんて、私達は運がいいですね」
案内の謝礼を渡し、明後日、北門で合流することになった。
翌日はファリィラ達も高原に行くための荷物を揃えることになった。平地は既に春爛漫だが、高原はまだ冬の気配が強く残っているとのことで、外套や防寒着などを買い求めた。また、巡礼から外れたファリィラは法衣を着続けるわけにもいかないので、ごく普通の上着と巻きスカートという格好になった。着替えに厚手の毛織の外套も加えると、結構な金額になったため、法衣を下取りに出して、値引きしてもらった。
「良いのかよ、それ売って」
リュオクが呆れたが
「もう着ないでしょうし、荷物になりますから」
いらない物は、売ってしまえばいいとしれっと言った。
他にも食糧や飲料、ジバシリの飼料などを購入し、準備は整った。




