第二十四話
「ガイラル高原へはどう行けばいいですか? ここからどの位で着きますか?」
ファリィラが矢継ぎ早に質問するのを遮って、
「まず座れ、そして飯を食え。話はそれからだ」
リュオクはビシッと席を指さした。
ファリィラはしぶしぶ座り、匙を取った。
「ガイラル高原に行くって、巡礼はどうする? まだ三分の一しか来ていないぞ。まさか、バックレる気か?」
「そのまさかです、私は元々途中で抜け出すつもりでしたから」
さらっと言ってのけるファリィラに、リュオクは呆れた。
「おいおいおい、勘弁してくれよ。俺の護衛業務はどうなるよ」
「もう結構です。ギルドに戻ってください。依頼終了の旨を伝える書類を作成しておきます」
「それで済むわけねーだろうがっ! ……護衛対象に逃げられたとか、シャレにならん」
頭を抱えるリュオクを見て、さすがに気の毒なった。
「それならば、一緒に行きましょう。路銀は可能な限り、私が工面します。ギルドへの言い訳は、事が済んだ時に適当に考えましょう」
「嫌だね」
リュオクは即答した。
「なあリィラ、二人揃ってバックレたら世間がなんて言うか分かってるのか?」
首を傾げてファリィラが出した答えが
「裏切り者?」
だった。
「バーカ! 駆け落ちしたって言われるんだよ! 盛大にロマンスを盛られて! 死んでも御免だ!」
リュオクの言葉はファリィラの理解を超えていた。
「は? 駆け、落ち? なんで?」
リュオクは額に手を当てて、これ以上ないくらいのため息をついた。
その後もガイラル高原に行くか否かで押し問答を続け、店主に痴話喧嘩は外でやれと追い出されて、宿に戻ってきた。とりあえずリュオクの部屋に行き、話を続ける。
「ガイラル高原は忘れられた土地、この大陸の中央にあって、陸の孤島だ。先史文明の大崩壊を逃れた人々が住み着いたのが始まりで、いくつもの部族に分かれて伝統を守りながら暮らしている。外界との接触をひどく嫌い、隣に住む部族でさえも交流を持たなかったりするくらいだ。当然、外から来た人間など真っ先に排斥されるし、まともに話も出来ない、その土地に入ったと言うだけで殺されることもある、そういう土地だ」
リュオクは持ってきたエードを飲み干すと
「だから、諦めろ。あんな処に行ったって、何も出来やしない。犬死するのがオチだ」
カップを置いて、横を向いた。
「それでも、私は行きます」
「何でそんなに行きたいんだ? 力を手に入れたって、使い所なんかないだろう。世界征服でもするつもりか?」
ファリィラは頷いた。
「そうです。私は力を手に入れて、世界を変えるのです。呪導を持つ者が、制限も迫害も受けず自由に生きられる世界に」
冗談で言ったのに、真面目に肯定されて、リュオクはがっくり肩を落とした。
「お前、アホだろう。史上最大級のアホ」
ファリィラは自嘲気味に笑った。
「私もそう思います。でも、誰が何と言おうと、志半ばで死ぬことになろうと、私は天鏡を目指します。そうしなければ、私はヴァーユール達の死を受け入れられない……母を見殺しにした世界を許せない」
俯いて、法衣を握りしめるファリィラを見て、リュオクは霊峰についてうっかり口走ったことを後悔した。
「……考え直せ」
それだけ言って、彼女を部屋に返した。
まだ太陽も顔を見せない、一の鐘が鳴る前の厩舎にごそごそ動く人影があった。
「こんな時間に出ても、街門は開いてないぞ」
ジバシリを引き出そうと悪戦苦闘していた人物は、びくっとして振り向いた。
「べ、別に脱走しようというわけではありません。ちょっと、ジバシリに乗る練習をしようかと思っただけです」
見え透いた嘘である。リュオクはこいつを教殿に突き出して、二度と教国から出さないようにしてもらおうかと半ば本気で考えた。
「……行かせてください。ご迷惑をお掛けしたことは、本当に申し訳なく思っています。我儘をお許しください、私は行かねばならないのです」
厩舎の入口で睨みを利かせるリュオクに、ファリィラは目を伏せた。リュオクは溜息をつくと、頭をかきむしり、入口の桟を蹴りつけた。
「仕様がねえな、行ってやるよ。行けばいいんだろ、あのクソッタレで忌々しい場所へ!」
やけくそになって叫んだ。
ガイラル高原へは、山脈の裾の街、ラカンスから険しい山道を登っていく。高原の外周には比較的外部と友好的な部族もあり、その者たちは山から下りて麓の町に自分たちの生産した工芸品や高山で取れる貴重な薬草を売って、代わりの物資を購入していく。まずは彼らと接触をはかり、高原へ行ってからは彼らの人脈を使って霊峰を目指すことになった。
朝食を取った後、グレコにラカンスで高原の物を取り扱っている商人を紹介してもらい、市場を巡って必要な旅支度を整え、ラカンスへと向かった。
読んでくださりありがとうございます。
次章からは舞台を高原に移して、現地の人々を助けたり、助けられたりしながら
主人公達が成長していく予定です。
感想やご意見、誤字脱字報告など頂ければ嬉しいです。
引き続き、よろしくお願いいたします。




