第二十三話
工房は職人街の片隅にあった。ここフルディンは、大山脈の麓にあり、付近の山から採掘された金銀や宝石を加工したりする工房が立ち並ぶ工芸都市だ。職人街も分野ごとに複数が隣り合ってひしめきあっていた。有名な職人の工房の割にはこじんまりしており、看板も控えめで知らなければ見逃してしまいそうだった。
レインが扉を開けた。工房の中は小ざっぱりしていて物も少なく、もっと雑然としている物作りの現場を想像していたファリィラは拍子抜けした。
「カンズの爺ぃ、いるかぁー」
奥に向かってレインが声をかけると、灰色の髪と髭を伸ばした男性があらわれた。
「誰が爺だ。わしはまだ若いわ!」
ファリィラ達を見て、
「何の用だ」
ぶっきらぼうに聞いてきた。
「いやいや、おれの用事を先に聞いてくれよぅ。呪協から手紙を預かっているんだよ」
そんなもんそこに置いてさっさと帰れと、にべもない。
ファリィラはリュオクの左腕を両手で持ち上げて、バンっとカウンターに置いた。
「これ見て下さい」
カンズは片眉を上げて呪器を一瞥すると
「外して寄越しな」
くいっくいっと手まねきした。
リュオクから呪器を受け取り、観察するカンズの目は真剣だった。
「相当古い作だな。だが、先史文明まではいかない、崩壊後の混乱期ごろの物だろう。良く手に入れたな」
カンズは何度も呪器をひっくり返したりしていたが、首を横に振って言った。
「銘が無いな、これだけの技物なのに不自然だ。それにあまり、いい感じがしない」
ファリィラがカウンターに身を乗り出して尋ねた。
「穢れを受けているように感じるのですが、清めることは出来ませんか?」
カンズは感心してファリィラを見た。
「ほう、そんなことが分かるのかい。残念だがわしはそういうのは出来ん、嬢ちゃんなら出来るんじゃないかい?」
ファリィラはぼそっと
「壊れても良ければ強力な浄化をかけますが」
それでは意味がない。カンズは額をぴしゃりと打った。
「ひでえな。さすがにそんな壊し方をしたら修復も無理だ、呪器の呪いを解くなら別の方法を探しな」
呪器はリュオクに返された。
「ではこれも見てもらいたいのですが」
ごそごそと荷物の底から腕輪を出した。森で浄化した時の物だ、割れた緑の宝石もそのままになっていた。
「おお凄いな。核石が割れちまっているのが残念だが、先史時代の物だな。壊れてなければ三代は遊んで暮らせる値がついたのに、惜しいな」
そんな高価なものだとは思っていなかったファリィラは、腕輪を凝視した。
「これの宝石部分を直したかったのですが、無理でしょうか」
カンズはあごに手を当てて考え込んだ。
「厳しいな」
カンズは腕輪をもう一度よく見て、ファリィラに説明した。
「この宝石、核石と言うんだが、ここに呪導を組み込んで力を込めて、腕輪全体でその力を回している。腕輪の模様は飾りじゃなく、呪導の流れを定め、増幅している回路だ。それで効果が発現するようになっている。核石はただのきれいな宝石と違う、呪源を内包した特別な石だ。代わりもなかなか無い。罅くらいなら修復できるが、ここまで砕けているとちょっと難しい」
装飾品として使うだけなら、石を入れ替えればいい。しかし、そんな使い方をする気はなかった。礼を言って腕輪を戻し、カンズの工房を後にした。
宿を取り、リュオク達が盗賊退治の賞金を酒に変えていくのを眺めながら夕食を取った。レインに、何かあったら言ってこいと連絡先を押しつけられ、沢山食べて大きくなれと大量の料理を並べられた。酒盛りは他愛もない話で盛り上がり、夜は更けていった。
翌朝、遅めの朝食を取り、レインは呪協の本部に帰るために宿を立った。ファリィラは宝珠に触れるために教殿に行き、リュオクはギルドに報告に行くことになった。昼の鐘に教殿の正門で待ち合わせることが決まり、二人は別れた。
教殿に来たファリィラは、係の者に案内されて宝珠の部屋に来た。パルマの神殿にある物と変わらない宝珠が同じように祭壇に鎮座していた。ゆっくりと呪源を引きよせ、宝珠に注ぐ。
宝珠が光った。白い光は徐々に強まり、そして唐突に消えた。ファリィラは茫然と宝珠を見つめた。ここも外れか、そんなことを頭の片隅で思いながら。
随分と長い間、馬鹿みたいに宝珠を眺めていたが我に帰り、礼を言って部屋を後にした。この先ずっとこんなことが続いたのでは、手掛かりすら掴めないまま巡礼の期限を迎えそうだった。暗い気持ちで正門に来て、リュオクを待った。
リュオクはすぐ現れ、昼食を取りながらこの先の予定を確認することになった。ギルド職員のお勧めの食堂を聞いてきたリュオクは、迷うことなく裏路地の小さな店の扉をくぐった。
壁際の静かな席を確保して、定食を頼んで食べ始める。あまり食の進まないファリィラに
「体調が悪いのか?」
リュオクが聞いてきた。
「いいえ、そうではなくて……」
「なんだ、教殿で何かあったのか」
「何かあったとかではなく、何もなかったから困っているというか」
ファリィラは苦笑した。何と説明しよう。
「この大陸には、世界の全てが記されている強大な力の神器がある、という話を聞いたことがありますか?」
リュオクはきょとんとした。
「なんだ、急にそんなこと言いだして」
ファリィラは構わず続けた。
「先史文明最大の謎である大崩壊も記録されている、或いはその神器こそが大崩壊の引き金であったという説もあります。とにかく、その神器に触れることが出来れば、この世の知識の全てと強力な呪導を得ることが出来ると言われているものがあるのです。……私はそれがどこにあるのか知りたい」
リュオクはいためものをかき込みながら言った。
「それって、霊峰の神域のことか?」
「は?」
リュオクはスープを一気飲みして
「ガイラル高原中央にあるすげー高い山。そこの山頂付近は決して晴れない吹雪で覆われている。なんか女神の力が眠っているとかで、山守の部族がいたりしたはずだ。伝説なんで詳しいことは知らんし、リィラの言うものと同じかは分からんが」
ファリィラは勢いよく立ちあがった。
「行きましょう! そのガイラル高原の霊峰へ!」




