第二十二話
本日二回目の投稿です。
リュオクは目の前の盗賊を忌々しげに睨んだ。大した相手ではない、特に強い訳ではないが、戦い方が姑息でやり辛い。さすが盗賊だ、などと感心していると、レインに片を付けるように言われてしまった。この呪器は穢れている、ファリィラにそう言われたのを気にしている訳ではないが、呪導を扱うものが危険だと言ったことを無視するほど愚かではない。
しかし、このままでは埒が明かないのも事実なので、力押しでいくことにした。呪器に気源を通すと、そこを逆流して剣から力が流れ込んできた。気分が一気に高揚し、辺りの景色が色を増す。感覚が鋭敏になり、四肢の末端まで気源が漲る。
「あー、久しぶりだなこの感覚。サクサク行くぜ、相棒!」
言い終わらないうちに、一気に盗賊に詰め寄る。剣で横薙ぎに払うが、盗賊はのけぞって避けると距離を取った。
「背後をとったからって良い気になるなよ、クソアマッ!」
振り向きざまに、斬撃を飛ばす。剣の軌道がそのまま刃に代わって女を襲う。女盗賊は予想外の攻撃に、回避が遅れた。そこへリュオクの剣が振り下ろされ左肩に食い込んだが、女盗賊は気源を集中させて、それ以上切られることを防いだ。
女盗賊を蹴りつけて食い込んだ剣を抜くと、今度は無言で肉迫していた盗賊を殴りつける。気源がぶつかり合う激しい衝撃が互いを遠ざけた。即座に剣を構え直して盗賊を袈裟がけに切りつける。盗賊はギリギリでかわした。
――コロセ、殺セ、スベテ殺セ、血ヲ流セ、全テノ命ガ消エルマデ――
頭の中にしわがれ声が響く、不快で耳障りな怨嗟に満ちた囁きが、リュオクの理性を侵していく。
「死ね。腐った盗賊ごときが、いつまでも粘るな!」
女盗賊が剣を腰だめに構えて突っ込んでくると同時に、盗賊が反対側から切りかかってくる。リュオクは女盗賊の方を直前まで無視して、盗賊の剣を受ける振りをして寸前で身をかわし、女盗賊の服を掴んで盗賊に投げつけた。盗賊は慌てて避けるが体勢を崩し、死角から切り込んできたリュオクに首を飛ばされた。
「お頭! おのれ……!」
女盗賊は気源を纏って突っ込んできた。リュオクは大剣で正面から受け止める。激突の衝撃で放射状に草がなびいた。リュオクの剣が女の剣を折り飛ばし、返す一撃で、女の胴体を斜めに切り裂いた。倒れた女にリュオクの剣が吸い込まれ、女が呻いた。薄笑いを浮かべながら、急所をわざと外して滅多切りにしようとした、その時
「邪魔をするな、お前も刻むぞ!」
ファリィラが渾身の拘束の術を放った。そのまま駆け寄って背中に抱き付く。
「これ以上は駄目です! 相手はもう、戦えません。そんな相手に剣をふるうのはやめて下さい」
お願いです、と背中からきつく抱きしめられた。伝わってくる体温に、次第に気分が落ち着いてくる。
「……分かったから離せ」
呪器を戻して、ファリィラを剥がした。
女盗賊の武装を取り上げて傷を治して縛り、他の盗賊の死体も回収した。他にも二人潜んでいた賊がいたようで、レインの指示でボルスが片付けていた。グレコは大喜びしていた。
「皆さん何とお強いんでしょうか! 商人仲間に是非とも自慢させて下さい。いやあ、素晴らしい!」
傭兵二人とリュオクは商売柄、強さを宣伝してもらえれば役に立つだろう。手放しの褒め言葉に、ボルスとラナータはまんざらでもなさそうだ。
「今回は敵索が優秀だったから、余裕があったんだ。普通に襲われてたらもっと苦戦した」
リュオクが言えば
「弓で半数は仕留めたしねぇ。分かりやすい敵で助かったよ」
レインも同調した。待ち構えて余裕を持って応戦出来たのが良かったようだ。一行は意気揚々と街へ向かった。
街に着き、門衛に盗賊を返り討ちにしたことを伝えると、事務所へ通された。女盗賊は引き渡されて牢屋に入れられ、首は検分されて賞金が渡された。盗賊達が持っていたものは、討伐者に所有権があるので、確認された上で返却された。配分は事前に打ち合わせたとおり、仕留めた者がその分をとる方式だ。ファリィラとレインの敵索の分の働きは二人がいらないと言ったので、勘案されなかった。
ファリィラは困っていた。拘束を掛けたジバシリ二匹が、討伐扱いになってファリィラに分配されたからだ。こんなもの貰っても餌代や厩舎代がかかるし、リュオクが「盗賊のくせに良いヤツ持ってる、絶対持ち主殺して奪った奴だぜ」などと述べたので、ますますいらない。ジバシリに罪は無いが、盗品を乗り回すのは気が引けるし、そもそも乗り方を知らない。売り飛ばす方に気持ちが傾いたところで、リュオクが
「客車乗るより安くつくし、旅の自由が利くぜ。世話の仕方と乗り方なら教えてやるよ」
と言ってきたので、あっさり心変りして、餌を買いに行った。
翌日は、リュオクとレインによるジバシリの乗り方講座が開催され、四苦八苦しながらファリィラがジバシリに跨り、途中で疲れて荷車の後ろでいじけたりしつつも、平和に街道を進んだ。
フルディンには昼過ぎに到着した。グレコの経営する商会に行き、護衛は終了となった。グレコは大喜びで報酬の残金を渡しながら、握手してきた。
「本当に、何とお礼を申し上げたらよいか。皆さんが居なかったら今ここにこうしていられなかったでしょう。困ったことがあったら、ご連絡ください。こう見えて顔は広いので、お役にたてることもあるかと思います」
三人は商会を後にした。
商会を出て、そのままフルディンの教殿に向かおうとしたファリィラをレインが引き留めた。
「今日で一度お別れになるんだから、一緒の宿に泊って飲み明かそうぜぇ」
ファリィラはため息をついた。
「私は飲みません」
良いじゃん奢るから、ご飯でも何でもとレインにせがまれて、教殿に泊るのはやめた。
「そう言えば、お前フルディンに用事があるとか言ってなかったか?」
リュオクが思いだした。レインは胸を張って答えた。
「忘れてたぁ、というのは冗談で、呪道具師宛ての手紙を預かっているんだよ」
今から届けに行くと言うので、ファリィラ達も一緒に向かった。何でも呪器を作成することができるフルディンで唯一の呪道具師で、呪協からも領主からも一目置かれているらしい。大変な偏屈オヤジでもあるので
「若い女の子連れてってご機嫌を取るぜぇ。これでウザさが少し減るハズ」
考えが甘いのではないかとファリィラは思ったが、黙って歩いた。




