第二十話
早朝、満載の荷車二台が西門から出立した。街道を西へ、フルディンへと向かって行く。リュオクとファリィラはは荷車の後ろに乗って揺られながら、背後を警戒している。レインは小型のジバシリに乗って併走していた。今のところ賊の影は無く、春のうららかな日差しが降り注ぎそよ風が吹く、平和な旅路だった。
初日を順調にこなして、小さな村に着いた。一軒しかない宿屋兼食堂で、一泊することになった。このまま盗賊が出なければ、明後日の午後にフルディンにつく予定だ。
ファリィラは村の中を見て回った。農業国だけあって、村の周りは一面の畑だ。穀物や野菜などが整然と植えられて、夕日に照らされていた。柵に寄りかかりながら夕日を眺めていると、農作業を終えて帰る村人の楽しげな会話が風に乗って流れてきた。
「夕日は郷愁を誘うよねぇ。寂しいならお兄さんが話し相手になってあげるよぉ」
相変わらずのふざけた口調だったが、何か言う気にはなれなかった。
「……つれないねぇ。ヴァーユール・マハラは明るくて楽しい人だったのに」
わざとらしく溜息をつくレインに、ファリィラは苛立った。
「母と私は違う人間です、同じようにはなりませんよ。そもそも母は厳格な人でしたから、楽しい人というのは何かの間違いでは?」
「まぁ、確かに呪師としては厳しかったかもしれない。けど、それ以外の部分では優しかったし、面白いことを良く言う人だった。娘の自慢もよくしてたし」
ファリィラは一瞬、聞き間違いだと思った。
「うちの娘は父親似で、困った時のしぐさが旦那にそっくりで可愛いとか、旦那に似て頭が良いとか、呪才に溢れすぎてて困るとか、しょっちゅう聞かされた。親馬鹿だったなぁ」
衝撃だった、母の親馬鹿発言など想像もつかない。
「そんなことを……。私には言われた記憶がありませんし、あまり母に可愛がられた思い出もありません」
母というよりは、ヴァーユールの師として接してばかりだったような気がする、そのことが今更ながら悲しかった。普通の母と娘であったなら、と思わずにはいられない。
「そおだねぇ、ヴァーユールは厳しいからねぇ。不自由だって、いつもこぼしていた。でも、ヴァーユールを辞めることはできない、それは生きることを止めることだって、娘には悪いけど私は他の生き方はできないって。真面目だよねぇ」
ファリィラは苦い笑みを浮かべた。あの日の母の姿がよみがえる、ボロボロになって火に焼かれた無残な姿で。
「それで、本当にヴァーユールとして死にましたからね。愚かではありますが、本望だったのなら良いでしょう」
私は嫌ですが、そう吐き捨てたファリィラにレインは戸惑った。
「そんな言い方は……」
「母のことは、もういいです! どの道私はもう、ヴァーユールにはなれません。セーレイ家は母の代で終わり、それでいいではありませんか。私には関係のないことです、これ以上うるさく言わないで!」
レインの言葉をさえぎって、一気にまくしたてた。
「ではなぜ、先史文明の呪導について調べているんだい? 探しているんだろう、天の鍵、真のヴァーユールへと至る道を。隠された呪導の真の歴史を」
ファリィラは笑った。
「なんのことかしら? 私は単に歴史に興味があるだけですよ」
「お母さんを助けられなかったこと、魔女狩りを止められなかったことは、おれも後悔している。本当に申し訳ない。あの時おれにもっと力があれば……!」
「だからそれは良いのです。ユーカナンでの影響力を強めたかった清星教の強硬派の企みも、呪協内でヴァーユールの発言力を落としたかった派閥が邪魔をしたせいで、救助がなかったことも知っています。でもそれは、表面的な原因にすぎません。
ヴァーユール達を殺したのは、彼女らの掟。いかなる理由があろうとも、呪導を用いて命を脅かしてはならないというそれを守って死んでいったのです。……本当にもういいのです」
ここで一旦言葉を切って心を落ち着けた。記憶も遠くなり、母の無残な姿も徐々に薄れてきたのに、未だに心が痛い。呪導を使えばいくらでも抵抗できたのに、それをしなかった母、自分もさせてもらえなかった。目の前で私刑にあう母をただ見ることしかできなかった。自分があの時、母に何と言われようと呪導を使っていれば、抵抗していれば、母を死なせずに済んだのではないかと、何度自問したことか。一体なぜ、あんな狂った掟が出来たのか。自衛さえ許されないのは酷過ぎる、あれさえなければ、ヴァーユール達は死ぬこともなかったのに。
「ユーカナンになんか、帰りたくもない」
その場にレインを残して、ファリィラは去って行った。
翌日も晴天だった。青い空と暖かな日差し、だがファリィラの心は沈んでいた。不機嫌にとぼとぼと歩いて、荷車の後ろに座った。荷車が動き始めた。
村から大分離れたところで、リュオクが非常に話しにくそうに声をかけてきた。
「リィラ、まあ何だ、その、……元気出せよ。こんなくそったれな世の中だって、良いことの一つぐらいはあるだろうさ」
ファリィラは返事をせず、景色を眺めているだけだ。リュオクは困って頭を掻いた。
「……周りの奴らが何言ってきたって、気に病むなよ。結局、世の中やったもん勝ちだ、好きに生きればいい」
「賊が動き始めたようです」
「そうそう、動いていれば気も紛れ……って賊か! どこだ?」
ファリィラが指さす方角を見る。
「遠すぎて分からんな。もうチョイ引き寄せるか」
商隊はにわかに緊張に包まれた。




