第十九話
グレコと部下三人、護衛の傭兵が二人、ここにファリィラ達三人が加わって、荷車二台でフルディンへ向かうことになった。各々自己紹介をする。
「ボルスだ、隣りはラナータで弓を主に使う。よろしく頼む」
ラナータはちょこっと頭を下げた。
「おれはレイン、呪師だ。んで、こっちの仏頂面は気道士のリュオク」
「私は呪導師のファリィラです、リィラで構いません」
ボルスは驚いて二人を見比べた。
「なんで呪師と呪導師が一緒にいるんだ?」
呪協と清星教の関係の険悪さは有名で、わざわざ呪協所属の者を呪師、清星教所属の者を呪導師と呼び分けている。間違えて呼んだりすると激怒されることもあるくらいで、両者が行動を共にするなどありえないというのが一般の認識だ。
「そこには海よりも深く、涙なしでは語れない事情があってねぇ」
レインが茶化すが、ボルスは食いついてこなかった。複雑な事情があるとみてとって、触れないことにしたようだ。グレコを見る目にはそこはかとなく、面倒くさいのを拾ってくるなという非難が見てとれたが、表には出さない。
「奮発したなぁ、旦那。これならいけそうだ。予定通り明日荷を受け取って、翌日出発しよう」
それから、簡単に打ち合わせをした。
盗賊はいつも八人程度で襲ってくる。数は少ないものの全員が気道を使い、頭目と思われる一人はそこそこの使い手らしい。普通の盗賊は荷や財貨を渡せばあまり非道なことはされないが、この盗賊団は皆殺しも厭わない、苛烈な襲い方をしてくる。女子供のいる商隊を好んで狙い、殺しを楽しんでいる節もあるという。
「正直、厄介な連中だ。荷が目的なら荷を置いて逃げる道もあるが、殺しが目的となると抗戦するしかない」
ボルスの声は暗い。
「まあ、いけるだろう。こっちには呪導を使える奴がいるんだ。襲ってくる連中の牽制や撹乱が可能だし、最悪、呪導で無力化してもらう。出来るよな、レイン」
振られたレインは嫌そうだった。
「できなくはないけど、よっぽどのことが無い限り、使わないぜぇ。面倒だし、疲れるし、得意じゃないし。期待しないでよぉ、しくじることもあるから」
「それでも有難い切り札には違いない、賊が来たら荷車を横に並べて止めて、そこを陣にして応戦するか? 守りを固めてかかってくる連中を返り討ちにするほうが楽だしな」
ボルスもやる気になっていた。
「それでいい。後ろを気にしながら荷車を駆るのは気分が悪いからな。後顧の憂いを絶ってから悠々と行きたいもんだ」
どうやらファリィラは戦力外のようだ。誰も何も言ってこないので、そのまま静かに空気になっていた。
翌日は商人達と傭兵二人は荷の積み込みにあたっていた。手伝いは要らないと言われた三人は、街の外に出てファリィラの呪導の訓練をすることになった。
「足止めや撹乱って、何をすればいいんでしょう?」
「うーん。色々あるけど、どれも結構使い方が難しいんだよねぇ。……いっそ単純に相手の動きを止めるヤツにしようか、お手軽だし、あんまり技術いらないわりに、使いでがあるし」
リュオクを使って、まずはレインがお手本を見せた。レインの体に呪源が引き寄せられ、濃密になる。呪源が変化し、それまでは指向性を持たないただの力の塊だったものが、力の方向性と性質を付与されて放たれた。それはリュオクにまっすぐに向かって飛んでいって、体に絡みついて拘束した。
「とまあ、こんな感じかねぇ。拘束さえできれば形状は何でもいいけど、縄や鎖で縛りあげる感じが感覚としてしっくりきやすいかなぁ? ちなみにこれ、ギューってやると絞め殺せるよ、特に首とか効率いいねぇ」
さらっと恐ろしいことを言って、実際にやってみせる。リュオクに巻きついていた呪源が微かに発光したかと思ったら密度を増して縮んでいき、どんどん体に食い込んでいく。リュオクから罵詈雑言が浴びせられたが、レインはどこ吹く風だ。ブチ切れたリュオクが気道を発現して拘束を破った。
「こんなふうに破られちゃうこともあるから、気道士相手は注意が必要だねぇ。いかに素早く、確実に、強い拘束をかけれるかが勝負だねぇ。じゃあ頑張ってやってみよぅ!」
笑顔のレインに強烈な蹴りがお見舞いされた。まともに入ったように見えたが、レインは平気そうで、リュオクが舌打ちしたことから、何らかの攻防があったようだ。
ファリィラがリュオクを使って何度か練習し(ギューは禁止された)一応は及第点をもらい、時間が余ったからと目潰しも教わって、訓練は終了した。使わなくて済むようにファリィラは祈った。
街に戻って、市場で遅めの昼食をとり、ファリィラは教殿に、リュオクはギルドにと、午後は別行動になった。ギルドに行った後、昨日の飲み比べの続きをするとかでレインも一緒だ。
「なぁ、パルマでのリィラの様子はどうだったよ?」
リュオクは隣を歩くレインを横眼で見た。
「ただで教えると思ってんのか?」
「いいじゃん。どうせギルドから呪協と教国に流すんだろ、そんなダダ漏れ情報に値を付けるなっての。教えろよぅ」
教えろ教えろと、しつこくせがむレインが鬱陶しくなってリュオクは答えた。
「教殿の宝珠とやらに触れたらしい、結果は知らん。あとは、調べ物してたな、先史文明について。歴史好きっぽくて結構詳しかったぜ」
レインの表情が険しくなった。
「先史文明の何について調べていた?」
「ん? 秘密って言われた。呪導に関連することのようだったけど、俺に聞かれても分からん」
レインはそれを聞いて思案顔になって、ぶつぶつ言い始めたので無視して歩いた。
ギルドに報告を終えて戻ってきたときにはレインの様子も戻っていたので、飲み比べが盛大に行われた。




