第十八話
市場を出て大通りに出た。レインもついてきて、三人で歩く。停留所に着くと、案内所で次の目的地、フルディンへの便の状況を聞いた。しばらく出ないという案内係の言葉に、どうしたものかと思案した。少し様子を見て、ダメそうならば順路を変えようという話をしながら歩いていると、停留所の端で商人らしき男ともう一人の男がもめていた。
「冗談じゃない! 大事な商談なんだ、納品を遅らせるわけにはいかない!」
「そんなこと言ったって、護衛が足りないんだから仕様が無いだろう! 盗賊騒ぎが収まるまで大人しく待つんだな」
商人風の男は食い下がる。
「そこをなんとか!」
だが振り払われてしまい、勢い余ってファリィラにぶつかりそうになって、リュオクに首根っこを捕まえられた。
「あぶねえな、道端でケンカするなよ」
そのままポイッと放られた。男は道にへたり込んで動かない。心配になってファリィラは声をかけた。
「大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」
すると男は立ち上がり
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
真っ青な顔でよろよろと歩いて行った。
すっかり仲良くなって、夕方まで市場をぶらぶらするリュオク達に、ファリィラも付いて行った。珍しい果物や香辛料、乳酪や燻製肉が並んでいて見飽きなかった。歩き疲れて休憩にしようということで、焼き菓子と飲み物と切って盛り合わせにしてもらった果物を持って飲食スペースに来た。
端の方に、この世の終わりを体現している男がいた、よく見ると先ほどぶつかりそうになった男だった。ファリィラは声をかけに近づこうとして、リュオクに止せと言われてやめた。
ゆっくりとお茶の時間を楽しみ、席を立つと、まだあの男がいた。さすがに気になって、リュオクが止めるのも聞かずに声をかけた。俯いていた男は顔を上げ、ファリィラの法衣を見て慌てた。
「失礼しました呪導師様。少し問題がありまして……」
男はまた俯いてしまった。
「よろしければお話を伺いましょう。何か力になれるかもしれません」
後ろでリュオクが舌打ちしたような気がした。
「わたしはグレコと申します。見ての通り商人でございます。フルディンから酒を買い付けに来て、これから戻るところだったのですが、街道に性質の悪い盗賊が出ているらしくて、収まるまで待つように言われてしまったのです。ですが、今回の酒は貴族への献上品になる高級酒で、納品の遅れは許されないのです。危険を承知で護衛を雇って行くつもりだったのですが、その護衛も数が揃わず……」
もう終わりです、と商人は半泣きだ。買い付けの為に借金をしているそうで、納品できないと娘を売らなければならないらしい。
「それならば、私たちが足りない護衛を補いましょう。ちょうどフルディンへ向かうところだったので、一緒に参りましょう」
チラッとリュオクを振り返って
「彼、強いですから。何とかなるでしょう」
「おお、本当ですか! 何と有難い!」
「まてコラ」
リュオクの右手がファリィラの頭を鷲掴みにした。
「お前、なに勝手なことほざいとるか! 商隊の護衛がどんなもんか分かりもしないくせに、阿呆なこと言ってると刻むぞ」
ゆっさゆっさゆすりながらドスの利いた声で脅してくる。
「痛い痛い痛い! 私もフルディンに早く行きたいのです! こんなところで足止めは嫌なんです」
「だからってなあ! 盗賊に殺されたら意味ないだろうが」
ファリィラは、ギリギリ絞め上げる手を引き剥がそうと苦労しながら
「わたしもお手伝いしますから」
と頼んでみたが
「攻撃手段無し、足止めや撹乱などの補助もできん、そんな奴が何を手伝うんだ? 言ってみろ、何をするんだ? ほら、早く言え」
より不機嫌にしてしまった。
「まあまあリュオク、そんなに怒らない。おれもどうせフルディンに行く用事があるし、一緒に行ってやるからさぁ」
見かねてレインが取り成した。
「無・理・だ! 魔犬の時だって、カイウの後ろで震えてただけだっただろうが」
痛いところを突かれた。
「……それでも行きたいのです。探知や足止めなどの呪導も、全く知らないわけではありません」
ファリィラは食い下がった。一日でも早く天鏡を探し出さなければならない。巡礼の期間は決まっている、遅れればそれだけ天鏡が遠のく気がした。パルマの教殿は空振りに終わり、今のところ手掛かりは全く掴めておらず、この先の教殿にある宝珠に希望を繋ぐしかない、時間を無駄にはできなかった。
「お願いします。私の時間には限りがあるのです」
ファリィラの必死な様子に、グレコも口を添えた。
「どうかご助力をお願いいたします。もちろん、報酬はできる限りご用意させていただきます」
リュオクは無言で、頭をつかんでいたファリィラをレインに投げた。
商人の護衛が決まり、打ち合わせの為に商人がいる宿に三人も泊まることになった。




