第十七話
一面に広がる果樹園と、その奥に見える麦畑や牧草地、南部には田園地帯もある。アルエ国は農業が盛んで穀物も豊富に生産されるが、有名な酒蔵や加工肉と乳製品の工房が数多くあってそれらも輸出しており、東平原国家群の胃袋を支えていた。ナイオビはその首都で、国中の食材が集まる市場があった。
「やっと着いた! ここは蒸留酒もいいのがあるんだよなあ。なあ、飲み比べしようぜ!」
目を輝かせて今にも走りだしそうなリュオクだった。
「お好きにどうぞ。忘れているようなので言いますが、呪導師は禁酒が義務付けられていますからね。私は絶対、しませんよ」
ファリィラは、絶対の部分を強調して答えた。
「ちぇ、つまらん奴め。まあいい、飯だ飯! 食うぞー」
街の中央にある市場に向かった。
市場の一角に飲食できる場所があり、屋台が様々な料理を提供している他、市場内で購入したものを食べられるようになっていた。昼時は過ぎていて、混雑している様子はない。どこに座ろうかと見渡すと、並んでいるテーブルの一つに見覚えのある姿があった。
「また会ったねぇ。こっちへおいでよぉ」
相手も気づいて、串焼き肉を持つ手を振る。レインだった。ファリィラは顔をゆがめると、立ち去ろうとした。
「あぁ! 逃げないで! 何にもしないから!」
慌てて引きとめるレイン。リュオクもファリィラの腕を掴んで止めた。
「気に入らないなら、あれは今すぐ絞めてやる。だからとりあえずここで飯にするぞ。腹減った」
空腹で気が立っているのか、目が据わっている。
「……絞めないでください。犯罪です」
レインのいるテーブルに向かった。仕方なくはす向かいに座る。
「やあ、久しぶり。こんなところで会うなんて奇遇だね。あ、この串焼き美味しいよ、食べる?」
にこやかに山盛りの串焼きの乗った皿を勧めてきた。
「白々しい。先回りして、待ち構えていたのでしょう?」
冷たく言って、屋台を物色しているリュオクを見遣る。真剣に屋台のおばちゃんと交渉していた。
「まあねぇ、おれも上には逆らえないんでねぇ、許してくれよ」
悲しそうに肩をすくめる。その道化じみた仕草に、ファリィラは苛立った。
「呪協と教国の勢力争いは、私には関係ありません。巻き込まないでください」
レインは苦笑いした。
「うん、その気持ちは分かるけど、故郷に帰りたくないの? お母さんの弔いもまともにできなかったままでしょ」
ファリィラの顔が強張った。そこへ、両手に皿を抱えたリュオクが戻ってきて、どんどんテーブルに並べ始めた。二往復して全ての皿を並べると、乱暴に椅子を引いて座った。
「お前の分も買ってきてやったから、適当につつけ。飯が不味くなるからつまらん話は後にしろ」
話は中断され、食事になった。
物凄い勢いで皿を空にしていくリュオクの横で、取り分けた料理をもそもそ食べていると、レインが席を立った。ファリィラは戻って来るなと念じたが、残念ながら戻ってきた、酒瓶と杯を持っている。
「お近付きの印に、まずは一杯どう?」
リュオクに向けて酒瓶を振る。
「くれ」
なみなみ注がれた酒がリュオクに渡された。自分の杯にもたっぷり注いで、乾杯する。
「紫玉酒か、うまいなこれ」
半分ほど一気に飲み干して、リュオクは目を見張った。
「だろぅ? 今年の樽は特に良い。あと、杏の蒸留酒も良いのが出てる」
二人は意気投合して、串焼き片手に酒の飲み比べを始めた。
「ところでお前、なんでファリィラに付きまとってんの?」
「付きまとってるは酷いなぁ。呪協のお偉いさんの命令で来てるのに」
「へえ、仕事なのに呑んでていいのかよ」
「それは言わない約束でしょ。仕事中なら君もだろ、これくらいの役得が無いとやってられない世の中なのだよ」
なんだか居酒屋の会話になっている。
「それにおれ、ヴァーユール・マハラ・セーレイには色々お世話になったからねぇ。その恩返しも兼ねて、娘さんを助けてやろうと思ってるわけ」
盛り上がる酔っ払いの傍らで、茶を飲んでいたファリィラは、思わずレインをみた。
「あんなことになって、おれも思うところがあるわけよ。わかる?」
「わかるわかる」
うんうん、と頷いて酒を注ぐ。
「分かってくれるか、友よ!」
テーブルに乗り出して、がしっとリュオクの手を握った。あまり声をかけたい空気ではなったが、気になったのでファリィラは声を挟んだ。
「母のお知り合いだったのですか?」
レインは椅子に座り直すと
「呪協の方で色々と。ヴァーユールの首長ということで発言力があったから、口をきいてもらったことがある。……高潔で美しい方だった。若いおれ達にいつも気を配ってくれて、憧れている者も多かった」
懐かしむように杯を見つめる。
ファリィラはそれ以上何も言えず、黙ってお茶を飲んだ。




