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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
巡礼の旅
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第十六話

 パルマの教殿はこの地域では教国に次ぐ規模である。教殿には智の集積の役割もあり、蔵書も豊富だった。ファリィラは司書の女性に頼んで先史文明に関する本、特に先史時代の呪導に関するものを重点的に選んでもらい、机に置いた。

「呪導師様は勉強熱心ですね。先史時代の呪導まで研究なさる方は稀ですよ」

皆さんある程度学ぶと、それを使うだけですからね。そう言って、司書は運んできた残りの書物を置いた。

「使える呪導には、制限がありますからね。使う機会が無いのでは学ぶ気にならないのも致し方ありません」

「そうなんですね。わたしは呪才が無いのでわかりませんが、確かに使えない知識では仕方ないですね」

司書は事務所に戻っていった。


 清星教では人を傷つけることが可能な呪導の使用を禁じている。他にも使用には様々な条件が付けられ、あまり自由に使えない。このことに不満を持つ者は多いが、一般市民の間には、呪導によって何かされるのではないかという漠然とした呪導師に対する不信があるため必要な措置だと言われてしまえば批判できない。人は自分には理解することも使うこともできない力を恐れ、嫌う。仕方のないことであるが、その感情を向けられる呪導師たちはたまらない。

 また、その力を政治や軍事、犯罪に用いようとする輩も後を絶たない。過去に呪導によって引き起こされた悲惨な事件や、呪導師による独裁政権などは人々の不信を助長した。浄化や治癒などで人気をとり、他の呪導を極力制限して無害をアピールすることで信頼を得ているのが現状である。どんなに力があっても圧倒的に少数の呪導師たちは、一度世間に敵意を向けられたらおしまいなのだ。

 その結果、呪導師はあまり呪導を研究しなくなった。アルド師などはそのことに憤っていて、ファリィラにも時々愚痴をこぼしていた。彼女が熱心に呪導を研究することを喜んで、特別に書庫を開けてくれたこともある。そこには数々の先史時代の呪導の研究結果を記した報告書があり、その中でもファリィラが注目したのが強大な力を秘めた呪道具、「天鏡」と呼ばれる神器についての記述だった。

 

 正式な書物ではなく、他の本の間に挟まっていただけの、たった六枚の紙片への書き付け。しかしそれは運命だった。今もこの大陸のどこかに存在しており、触れた者は膨大な力と知識を授かり、真理へと至るという内容にどうしようもなく惹かれ、誰もいないことを確認してその紙片を持ち帰った。事あるごとに読み返しては何か重要な暗号や符牒が隠されていないか調べた。

 必ず探し出す、そう決意して教国を出てきた。アルド師には本当の理由は告げず、ただ呪導についてもっと深い見識を得たいとだけ述べた。師を裏切る罪悪感はあったが、天鏡の魅力はそれを上回った。

 ファリィラは気合を入れて本を開くと、時間を忘れて読みふけった。


 どれくらい時間が経ったのか。司書に声をかけられて、ファリィラは本から目を離した。女性は申し訳なさそうに、リュオクという方が教殿入口でお待ちですと告げた。何かあったのかと思いながら、本を閉じて席を立った。

「よお、調べ物は進んだか?」

片手を上げてリュオクが声をかけてきた。

「半分ほど。何かあったのですか?」

「いいや、明日のナイオビ行きの客車の予約が取れたんで伝えに。朝一の便で二の鐘で出発なんだが大丈夫か? 無理なら遅い便に変えてもいいが」

ずいぶんと早い便だ。二の鐘のころは、まだ朝食の準備をするかしないかといったところだが、別に問題はない、大丈夫だと答えた。

「じゃあ明日朝この辺で落ち合おう。ところで、昼飯は済んでいるか?」

お昼のお誘いも兼ねていたようだ。

「まだですよ。司書の方に外出する旨伝えてきますので待っていて下さい」

ファリィラは一度教殿の奥に消えて、すぐに戻ってきた。近くの食堂に二人連れだって向かった。


 食堂は良い匂いで満ちていた。ファリイラは米粉でできた麺を野菜や肉と一緒に炒めたもの、リュオクはそれに更に香辛料に漬け込んだ分厚い肉が乗っているものを大盛りで頼んだ。

「なあ、調べ物って何?」

リュオクが肉を噛みちぎりながら聞いてきた。

「先史時代の呪導に関することです。内容は秘密ですよ? ギルドにもそう報告してください」

リュオクは鼻白んだ。

「別に言わねえよ。探りを入れてるわけじゃなくて、単純に気になっただけだ。そういえば遺跡にも詳しそうだったな。歴史好きなのか?」

歴史好きにされてしまったが、そういうことにしておいたほうが良いかもしれない。

「そうですよ。先史時代がどんな時代だったのか、人々がどのように暮らしていたのか興味があります」

当たり障りのない先史文明の逸話を披露しつつ、昼食を終えた。

 教殿に戻り、午後の時間を目一杯使って、全ての本を読み終えた。幾つか新しい収穫はあったが、核心に迫る情報は得られなかった。次に期待しよう、本を返しながらこの先の都市に思いを馳せた。


 教国の教殿の一角。

「……ギルドからの報告は以上です。パルマの教殿からは先ほど到着の報告を受けました」

アルドは部下からの報告を受けていた。

「御苦労。この先も定期的に報告を上げてくれたまえ」

部下は一礼して退出した。

「さて、彼女はどこで行動を起こすかね? ……辿りつけるといいが」

小さく呟くと、中断していた書類を片付けに入った。

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