第十五話
出発の朝が来て、ファリィラとリュオクの二人組の姿が停留所にあった。だいぶ混雑は解消されていて、受け付けも落ち着いていた。予約札見せると、客車に案内された。
「では、道中お気を付けて。いってらっしゃいませ」
受け付け係にやたら丁寧に対応されて出発した。
パルマまでは五日の道のりである。途中の小さな町や村で宿をとることになるが、基本は一日客車に揺られているだけの暇な旅路だ。その間、ファリィラはずっと書物を読んでいた。
三日目の昼休憩は、遺跡群の脇の空き地でとることになった。長めの休憩になるので、遺跡を見て来るといいですよ、と促されて遺跡に来た。ほとんど原形を留めておらず、人工的に削られた変な形の岩が転々と落ちているだけで、リュオクには何の興味も湧かなかった。
「先史文明の遺跡ですね。初めて実物を見ました」
ファリィラは興味深々であちこちぺたぺた触っては、頷いている。
先史文明、正式には第二ルフルスト時代という古代文明である。ルフルスト大陸には現代に至るまで二回の大文明が起こり、崩壊している。第一ルフルスト時代は、呪導も気道も存在しなかったにも拘らず、人々は大変豊かな暮らしをしていたらしい。存在を示す証拠は何も発掘されておらず、先史文明にそれらしき記述があるだけなので、伝説上の存在だというのが通説だ。
第二ルフルスト時代は、呪導と気道が大いに栄えた文明だ。今よりも強大な力を持った呪導師、気道士が大勢いて、高度な技で人々の暮らしを支えていた。今ではほとんど流通していない高価な呪器や呪道具が掃いて捨てるほどあったというから驚きだ。ただ、栄華は長く続かず、謎の滅亡を起こして幕を閉じた。力におぼれた一部の呪導師が覇権を争って滅亡させたとも、使われ過ぎて呪源が枯渇して滅んだともいわれる。あまりに力を持ちすぎたために神の怒りに触れて滅ぼされたという神話もあったりする。この時代に使われていた物は、呪器呪道具はもちろん生活用品に至るまで、原形をとどめている物が極めて少なく、また機能も不明な物がほとんどで、古代史の研究は遅れている。
ファリィラの説明では、この遺跡群はかつての都市だったものだ。ここに天を衝くような巨大な建物が立ち並び、今では考えられないほど大勢の人が住み、便利な呪道具をふんだんに使って快適に暮らしていたというのはにわかに信じがたい。
「今よりもずっと豊かで満ち足りた生活だったんでしょうね。呪導師も気道士も力があって、何一つ不自由しなかった。人はみんな呪導か気道の才を持って生まれ、差別もなかった」
ファリィラが遠くを見つめながら寂しそうに呟いた。
「滅んじまったら元も子もないけどな」
身も蓋もないリュオクの発言にファリィラは笑った。出発を告げる合図が鳴って、二人は急いで戻った。
残りの旅も順調だったが、遺跡群を出たあたりから天気が崩れ始め、残りの二日間は雨になった。冷たい早春の雨にリュオクは文句を言った。
「雪にならないだけ良いでしょう。それにこの時期の雨は植物の生長を促す大切な天の恵みなのですから、文句を言ってはいけません」
「うるせー、そんなの分かってる。でも、寒くて湿っぽいのが嫌なんだよ、文句ぐらい自由に言わせろ」
二人のやり取りを聞いた客車の中に、忍び笑いが漏れた。
そうして五日目の昼過ぎにパルマに着いた。停留所でお勧めの食堂を聞いて、そこで昼食をとることになった。
「これからどうする?」
「私は教殿に行きます。今からなら宝珠に触れられますし、調べ物もしたいので」
「宝珠?」
聞きなれない言葉にリュオクはいぶかしんだ。
「先史文明の遺物です。資格のあるものに真実を語ると言われています」
「ふーん。なんか面白そうだな。俺も見れるのか」
珍しくリュオクが興味を持った。
「見るだけなら構いませんよ。触れたければ清星教に入信してください」
「……見るだけでいい」
教殿に入ると、ファリィラは巡礼者証を見せて、宝珠に触れたいと申し出た。すぐに係の者が来て、案内してくれた。宝珠は教殿の奥の小部屋の祭壇に安置されていて、透明な輝きを放っていた。
「ただの玉だな」
リュオクの興味は一瞬で萎んだ。回れ右して部屋から出ていくのを、係の者が苦笑いで見送った。
「それではごゆっくり。対話がお済みになりましたら、お声掛けください」
係の者が出ていくと、ファリィラは祭壇に向き直った。宝珠に両手をかざすと、ゆっくりと呪源を引きよせて流し込んだ。しかし、何も起こらなかった。駄目かと思ったその時、宝珠の中心がぼんやり光った。
光は何度も明滅を繰り返し、何か語りかけてきた。
「……を…識……た 権限……ド…は……を……て…い」
ノイズだらけで全く分からない。その後何度か試してみたものの、これ以上のことは起こらなかった。ファリィラは諦めて部屋を出た。
部屋の外ではリュオクと案内係がしゃべっていた。ファリィラを認めると案内係は慌てて礼をとった。
「ありがとうございました」
礼を言って、リュオクを促して歩く。
「何か聞けたのか?」
ファリィラは無言だった。真剣な顔で何か考え込んだ後、短く息を吐いて顔を上げた。
「私は明日一日、書庫で調べ物をします。次のナイオビへは明後日以降出発でよろしいですか?」
リュオクは頷いて、客車の予約を請け負った。




