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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
巡礼の旅
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第十四話

本日も正午にもう一話投稿します。

 「うぅ、頭いてー。飲みすぎた」

翌日、昼近くになって起き出したリュオクを襲っているのは猛烈な二日酔いだ。他の面々も似たり寄ったりである。禁酒の戒律があるファリィラに酒を飲ませる罰当たりは幸いにして居なかったので、彼女は平気だ。酒臭い四人の醜態を顔をしかめながら冷めた目で見ていた。

「あの金額を呑み切ったのですか?」

比較的軽症のカイウが答えた。

「途中から記憶がないが、多分……」

かなり多めに渡しておいたのが、仇になったようだ。白湯を飲んでは、机に突っ伏しているのを見て、ファリイラはふと思いつき、悪戯心を起こして問いかけた。

「直して差し上げましょうか? 銀貨十枚で」

リュオクはがばっと身を起して

「五枚にまけてくれ」

真剣に交渉してきたので、言うのではなかったと後悔した。

「冗談ですよ。治癒の技を二日酔いに使ったら教国に怒られてしまいます」

へなへなと崩れてゆくリュオクを見て哀れになったファリィラは聞いてみた。

「気道で回復できないのですか? 「賦活」とかいう技があったと記憶していますが」

活性化した気源を巡らせて、体を回復させる技である。熟練者は外傷や骨折も治せると聞く。しかし、レクルスからの答えは「そんなんで治ったら苦労しねーよ」だった。

「そうですか。体力を回復し怪我を治せると聞いたので二日酔いも治せるかと思ったのですが」

カイウが辛そうに口を開いた。

「そこまでの使い手になれるのは、ごく一部だからね。普通は体力と気力が微妙に回復するくらいだから。後からツケが来るし」

どうやら微妙な技のようだ。一方、リュオクは希望を見出したようだ。

「その手があったか……!」

勢いよく立ちあがって、呼吸を整え集中する。ファリィラには、彼の体からゆらゆらと陽炎のように立ち昇る気源が見えた。それは次第に色を増し、深紅、朱、濃黄の輝きを散らしながら体を包み込んで、しばらくして吸い込まれるように消えていった。

「よっしゃー、粗方なおったぁ!」

拳を突き上げて勝利宣言をすると、残っていた白湯を一気に飲み干した。

「「「ウソだーっ!」」」

見事に唱和した三人を余裕の笑みで見下ろして、リュオクは言った。

「嘘かどうかは鍛錬して自分で確かめるんだな。ありがとうな、リィラ、歴史に残る大発見だ! 今まで誰もやろうとしなかったのが不思議なくらいだ」

提案したのは自分だが、あまりの馬鹿馬鹿しさに閉口するファリィラだった。

 この日以降、賦活を鍛錬する気道士が激増した。気道士はどんなに呑んでも二日酔いにならないという伝説はここから生まれた。


 回復したリュオクを連れてギルドを訪れ、約束の金を受け取った。その足で客車の停留所に向かう。停留所は非常に混雑していた。今日の六の鐘(正午)で、街道の通行止めが解除されるという通達が出て、足止めを食らっていた人々が殺到したようだ。

 案内所に着くと、受付の人に拝むように感謝された。

「おお、呪導師様! 貴女が街道の魔物を打ち払ってくださったとか! 素晴らしいお力です!」

その言葉に周囲の人々が手を止めた。

「魔物を倒したのはギルドの気道士の方々です、私はお手伝いしただけです」

訂正したが、あまり聞いては貰えなかったようだ。かわるがわる人がやってきて感謝の言葉を述べた。身動きの取れない彼女の代わりに、リュオクがパルマまでの客車の予約を取る。明後日出発の便しかなかったが、感謝だと言って半額にまけてくれたので、旅費がかなり浮いた。予約札を受け取って、ファリィラを人の輪から引っこ抜くように連れ出すと、教殿の鐘が鳴った。六の鐘だった。


 出発まで間が開いてしまい、やることが無いリュオクは、宿でゴロゴロしていた。ファリィラは教殿に出向いて奉仕活動中だ。時間があるならやっておかないと遊んでいると思われて、帰還を言い渡されてしまうらしい。出発まで教殿にいるので、当日の朝に迎えに来て欲しいと言われた。飯をおごらせる当てが外れてがっかりだった。

 何となく左腕を上げて、呪器を見る。銘はない。拾いものだし、銘が分かるような細工は無かった。特に銘を付ける必要性もなかったのでそのままだ。黒い艶なしのバングルの中央に暗く光る柘榴石のような核石、穢れていると言われるのも納得できる重く沈んだ輝きだ。

 これを拾ったのは十年前、まだ気道士の訓練を受ける前で、孤児だったリュオクは少年兵として戦場にいた。兵とは名ばかりの雑用係だったが。

 ある日、自分の所属している軍が大敗を喫し、壊滅状態となった。散り散りに逃げる味方と、それを追いかけては屠っていく敵、リュオクは茂みに隠れて息をひそめて終息を待った。

 いつの間にかうとうとしてしまい、気付くと辺りは静まり返っていた。夕日が屍を染めて、一層凄惨さを際立たせた。リュオクは戦場を横切って駐屯地へ帰ろうとした。その途中、誰かに呼ばれたよな気がした。振り返って左右を見渡すが、立っている者はおろか、動く物さえない。また呼ばれた気がして足元をみると呪器を着けた腕が落ちていた。拾い上げて呪器を外すと懐にしまい腕を放り投げた。

 その後各地を転々として、当時まだ傭兵をしていたオヤジに拾われた。呪器は誰かに巻き上げられることもなく、ずっとリュオクの腕にあった。リュオクの唯一の資産であり、心の支えだったが

「穢れを受けている、か。まあ、それなら俺も同じだな。汚れ者同士仲良くしようぜ、相棒」

核石が僅かに煌いたような気がした。

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