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天鏡の魔女  作者: 香矢 友理土
巡礼の旅
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第十二話

本日はもう一話、正午に投稿します。

「クソッ、大丈夫か?!」

体当りをまともに食らったのは、カイウ、アルナ、ファリィラだった。カイウとアルナはとっさに受け身を取れたが、ファリィラは吹っ飛んで木に叩きつけられた。魔犬の目の前に伏し倒れて、動かない。

「やった! 襲ってくれるとは有り難い、大義名分が出来たぜぇ。糞犬ぶっ殺す!」

リュオクはどこから出したのか、艶のない真黒い刀身の大剣をぶんっと振ってから構える。全身に気源が漲り、身体能力が飛躍的に上がっている。

「やめろリュオク! レクルス、魔犬をけん制しろ! アルナと俺で彼女を回収する」

「おう、任せろ! お前の相手は俺だクソ犬がぁ!」

レクルスは、盾と剣を構えて魔犬に突っ込んでいく。魔犬は後ろに跳んでリュオクとレクルスを交互に威嚇しながら様子をうかがっている。

「ちょっとヤバくなっちゃったわね。どうする?」

魔犬を警戒しつつファリィラを抱えて後ろに下がった。カイウがざっと怪我の有無を確認していると、ファリィラが目を覚ました。

「大丈夫? 動けるかい? 今ちょっと大変なことになってるんだけど……」

ファリィラが首を巡らすと、すぐそこに魔犬がいて、彼女は固まった。

「魔犬を足止めするような呪導とか使えないかな?」

首を横に振るしかなかった。

「使えません。清星教が呪導を戦闘に用いることを禁じているのを知らないのですか?」

「知ってはいるけど、目くらましとか、非殺傷で自衛用なら出来るんじゃないかと。悪かった、諦めよう」

この場所から動かないように命じて、カイウは魔犬に向き直る。

「こうなってしまったら、逃亡は無理だ、迎え撃つ!」

「ははははは! 最初からそう言えよ! 浄化食らって弱体化したワン公なんて逃げるまでもない!」

リュオクが先陣を切った。剣を振りかぶって魔犬の首筋に叩きつけるが、避けられた。魔犬が飛びのいた先にはアルナがいて大槍が閃いた、しかしこれも空振りに終わった。

「相変わらずちょこまかと落ち着きのないワンちゃんだね!」

距離をとり、腰の袋から端に重りの付いた鎖を取り出すと、くるくる振り回して放った。鎖は魔犬の前足に絡み付いて、一瞬動きを止めた。

「もらったぁ!」

リュオクが跳び上がり、大剣を魔犬の首に振り下ろす。だが、魔犬は頭を大きく振って身をよじると、彼に向かって歯を剥きだして吠えた。吠え声は衝撃波となって襲いかかり、襲撃者を弾き飛ばした。

「クソ犬がぁ! 観念しろや!」

反対側からレクルスが胴体を切り裂いた。どす黒い血が飛び散ったが、堅い毛皮に阻まれて致命傷にならない。

「これも食らいな!」

アルナが槍で薙ぐ。切っ先が魔犬の左目を抉った。苦悶の叫びを上げて、魔犬は人間共を食い千切ろうと突進してきた。

「今度こそ止めだぁ!」

リュオクが魔犬の突進を真っ向から受け止めると、牙を躱して、喉笛を切り裂いた。ヒュッと空気の漏れる音がして、一瞬後に赤黒い血が噴き出した。魔犬はなおも襲いかかろうと口をあけて血に濡れた牙を向けてきたが、そこで力尽きた。


 ファリィラは茫然と倒れている魔犬を見つめていた。他の者は戦闘の後片付けと、魔犬を運ぶ算段をつけている。

やがて、魔犬に縄が掛けられ、枝がうち払われた雑木が通されて、アルナとレクルスが担いで歩き出した。雄牛ほどもある魔犬を器用に運んで行く。行きと同じように腕を掴まれて歩かされたが、獲物を運ぶ分ペースが落ちたので、引きずられるようなことはなかった。

 森の端の木に繋いであった荷車に戻ってくると、休憩を兼ねて遅い昼食を摂った。ファリィラは気になっていた大剣について、リュオクに尋ねてみた。

「ああ、これのことか。カッコイイだろう、呪器なんだぜ」

腕に通された幅広のバングルと、中指に嵌った指輪を細い鎖でつないだ物を見せられた。呪器と言うのは、呪導で生成された武器のことをいい、形状の変化が可能なことと、気源を宿すことが可能なのが特徴だ。現代では造れる者が減ってしまったため、流通が少なく、高価だった。リュオクが持っているものは年代物のようだ。そして少し気になる特徴があった。

「いつどこで手に入れたのですか?」

「子供のころ、戦場で。落ちてたのを拾ったんだ」

こんなに高価なものだとは知らなかったから、丸儲けだな、などとうそぶいているリュオクを見て溜息をついた。そんなものを愛用するなどどうかしている。

「これを身に着けるようになってから、以前より好戦的になったり、妙に残忍な気分になったりしませんでしたか?」

ポカンとしている彼を見詰めて、静かに宣言した。

「この呪器は穢れを受けています。使い続けると精神を侵され、発狂する危険があります。専門の呪師に見てもらうことをお勧めしますよ。それまでは、出来ればなるべく使わないようにしたほうが良いでしょう」

その場の視線が、リュオクの左腕に集中した。

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