第十一話
森の中は薄暗く、下草が生い茂り歩きにくかった。歩き慣れないファリイラがもたもたしていると
「さっさと歩け」
リュオクに腕を掴まれ、引きずられるように歩く羽目になった。息が上がってきて、ちょっと休ませてと言おうとしたところで一行は止まった。
「この辺か? ……特に何もないな。おいリィラ、へばってないで早く調査しろよ。長居して魔物が出てきても知らんぞ」
カイウの鉄拳制裁が下った。
「素人を脅すんじゃない! 不吉なことも言うな。リィラ、落ち着いて呼吸を整えてからで構わないから頼むよ」
早く森を出たかったので、ファリイラは再び呪源を探った。やはり瘴気や淀みは無かったがこの辺りに嫌な気配がある。その出所を辿るように歩き出した。
「あそこに何かありますね」
二十歩ほど歩くと、崩れた積み石のようなものがあった。石を除けると箱のようなものが壊れた状態で半分ほど地面に埋まっていた。中に何か入っているようだ。
「掘り出してみよう。レクルス、頼む」
レクルスは気源を両手に纏わせると、いきなり地面に突き立てた。あっけにとられているファリィラをよそに、手はどんどん土を書きだし、箱はあっという間に掘り出された。
壊れていた蓋を取り外すと、中には腕輪が一つ。精細な彫刻が施された、見るからに高価な品だった。しかし、中央に嵌っている宝石は禍々しい光を放っていて、手に取るのを躊躇させた。
「見せて下さい」
意を決してファリィラは腕輪を手に取った。外から感じていた嫌な気配と全く同じ感覚がして、間違いなく元凶はこれだった。
「浄化してみましょう」
腕輪を両手で包み込み、静かに聖句を唱える。途端に腕輪から物凄い抵抗があって、浄化は弾かれてしまった。しかも、腕輪から怒りの気配を感じる。これは、良くない。置いて帰ることはもちろん、このまま持って帰るのも危険が伴う。悩んだ末にファリィラは覚悟を決めた。
「皆さんにお願いがあります。今から私が行うことを決して口外しないと約束して下さい。約束して頂けるのであればこの森を完全に浄化いたします」
気道士達は顔を見合わせた。
「どんなことをするのか聞いてもいいかな?」
「まず約束して下さい。その後であればお教えします」
厳しい表情を崩さないファリィラにカイウ達は折れた。
「いいよ。報告書には普通の浄化だと記載しよう、全員口裏を合わせることも約束する。どちらにせよ、我々には浄化の技の種類など分からないしね。お前らもいいよな?」
全員の返事を聞いてファリィラは口を開いた。
「この技はヴァーユール、セーレイ家の秘儀。私は受け継いでいないことになっているのです。私が強力な浄化を使ったことが知れると嘘が発覚してしまいますので、絶対に口外しないでください。もう一つ、この技は見てはいけません。浄化の威力が強すぎて、人の心が焼かれ魂が砕けると言われています。
では全員地面に伏せて目を瞑って耳を塞いでください。私が良いと言うまでそのままでいるように」
皆が伏せたのを確認してファリィラは再度腕輪の浄化を試みた。最初とは桁違いの量の呪源が引き寄せられ、周囲の木々の梢が大きく揺れて下草が渦を巻いて波打った。
甘く優しい香りが満ち、暖かな光があふれる。ファリィラから歌とも祈りともつかない独特の抑揚を持った呪言が紡がれ、光と共に波紋を伴って広がってゆく。光は強さを増し続け、最後に閃光を放って消えた。後には聖域にでもなってしまったかのような清浄な森と、大きくひび割れて今にも崩れそうな宝石の嵌った腕輪が残された。目を閉じると呪導の残滓がまだ感じられるのを名残惜しそうに散らしながら、伏せている気道士達の肩を叩いて浄化の終了を告げた。
直前まで自分たちを襲っていた呪導の気配と、森の変貌に声も出ないでいる皆をせっついて帰りを急がせた。浄化で魔物が死ぬことはない、襲われる危険は十分にある。
その時、背後から黒い物体が勢いよく飛び出してきて体当りを食らった。件の魔犬だった。




