第十話
翌朝、まだ暗いうちから起き出して支度をした。ファリィラを除き全員が武装しており、物々しい雰囲気を醸し出している。レクルスは重装備で一層強面に見える。アルナは刃の大きい槍をかつぎ、革鎧を身に纏っている。カイウとリュオクは軽装で普段とあまり変わらなかったが、大振りのナイフやら何やらを身に付けてる。カイウが御者席に上がり、レクルスはその横に座った。残りは荷車の中の空いているところに腰をおろして出発した。
門を抜けて街道を行く。魔物が出た場所まで鐘一つ分の時間がかかるらしく、特にすることもなく暇だった。
「ねえ、リィラは何で巡礼なんてしようと思ったの? 今時、巡礼者なんてあんまり見ないわよ」
アルナが沈黙に耐えかねて話し始めた。自分に話題を振られるとは思ってもみなかったファリィラは目を瞬いた。
「……外の世界を見てみたかったのです。巡礼の名目でもないと、私は教国を出ることができません」
「そうなの? 面倒ね。それで外の世界はどう?」
「別に」
会話は止まった。リュオクが余計なこと言うなと視線を送ってきたので、アルナは黙った。気まずくなったので、今度はファリィラが話を振った。
「アルナさんは普段どんなお仕事をされているのですか?」
「アルナでいいわよ。商隊の護衛とか、盗賊や賞金首を狩ってるわ」
森でウサギを狩っているような口調で賞金首を狩ると言われてしまい、反応に困った。
「大変ですね。危ないことも多いのではありませんか?」
そこから、アルナをはじめレクルスやカイウ達の武勇伝を聞くことになった。アルナが思いのほか話上手だったため、目的地到着まで良い時間つぶしになった。
荷車が停まり、カイウに降りるように促された。外に出て周辺を見渡すと、一面の草原だった。さわやかに風が吹き抜けるが、風に微かな違和感がある。右手に遠く森が見えた。森を見た瞬間に言いようのない悪寒が走った。あそこには何か良くないモノがあるとはっきりと感じられた。無言で森を凝視するファリィラを見てカイウが寄ってきた。
「なにか感じるかい?」
森を睨みつけたまま答える。
「微かにですが、風が生臭いような黴臭いような変な感じがします。あとあの森、絶対に近付いてはいけません。あそこは……良くない」
カイウは苦笑いして人差指で頬をぽりぽり掻きながら言った。
「いやあ、嬉しいね。正にあの森が調査区域だよ」
絶句して振り返ると、収穫がありそうで良かったと喜んでいるカイウ達がいた。
嫌だ、行かない、行ってはいけないとさんざん抵抗したが、聞き入れてもらえず森の外縁へ来た。ファリイラが絶対に森に入るのは嫌だ、それくらいなら一人で歩いて帰ると主張したので、とりあえず森の中に入るのは見送られた。外から森の中をうかがっているレクルス、アルナ、リュオクの三人は首をかしげた。
「別段変わりはない、よな?」
「何も感じないけどねえ?」
「しいて言えば、中がちょっと暗すぎるか?」
いいや変わらんだろう、と言い合いながら辺りをうろうろする。
「邪魔です静かにしてください!」
イラついたファリィラの声に三人は慌てて口をつぐんだ。
ファリィラは静かに深い呼吸を繰り返して、ゆっくりと周囲の呪源を探る。森の周りは問題なかった。緩やかなうねりが絶えず感じられる。続けて森の中へ意識を巡らせると左手の比較的浅い部分に異物感を覚えた。更に森の奥へと意識を向けるが、異常はそこだけだった。ただし、それがしこりとなって、森中の呪源と気源がわずかではあるが歪められている。そのことをカイウに伝えると、彼は報告書に記入して、無情にも言った。
「じゃあ、そこに行って詳しく調べよう」
ファリィラは諦めの溜息をついた。
さすがにすぐ突入することはなく、アルナとリュオクが先に森に入り安全を確認したうえでファリイラを連れて全員で入ることになった。二人を待っている間、荷車に腰掛けて渡された飲み物と木の実入りの焼き菓子を食べた。レクルスは豪快に頬張ってお茶で流し込んでいた。
森を見ながら何度目になるか分からない溜息をついたとき、二人が戻ってきた。二人も焼き菓子と飲み物を受け取って、報告しながら食べた。特に魔物の気配はなかったとのことで、森に入ることが決定した。




