第九話
一階に下りると、すでに他のメンバーは明日の段取りに入っていた。契約書はないのか聞くと、ギルドに入るときにすでに契約を交わしているので、報酬額と経費で出るものを確認するだけらしい。今回は足となるジバシリ付きの幌付き荷車を出してもらえるが、その他は自分たちで準備する必要があるようだ。もっとも日帰りの依頼なので、気道士達の武器防具を除けば、昼食と飲み物、医薬品と調査内容をメモする筆記用具ぐらいらしいが。
特に準備も要らないので宿を取り、早く休んで明日に備えることになった。
宿に着くと、夕食までまだ時間があるということで、ファリィラは街をぶらつくことにした。裏通りにさえ入らなければ、一人で歩いても問題ない程度には治安は良いらしい。呪導師の懐に手を出す勇気のある者が居るとは思えないが、スリには気をつけろとだけ言われた。
大通りを歩いていると広場に出た。中央に噴水があり、広場を囲むように様々な店が並び、賑わっていた。ファリィラが噴水脇のベンチに腰を下ろすと、目の前をお仕着せの若い女性たちが横切っていく。大店の店員だろうか。まだ仕事中なのか、楽しそうに雑談に花を咲かせながらも足早に歩く様子に、自分も呪才を持たずに生まれてくれば、あんな風になっていたのかなどと埒もないことを考えた。
物心ついたときから、ファリィラはセーレイ家の長女としての行動を求められた。母に付いて、ヴァーユールとしての振る舞い、心構え、呪導を仕込まれた。自由などほとんど無かったし、同じ年ごろの女子たちと他愛もない話で盛り上がった記憶などない。しかし、それを不満に思ったことは一度もなかったし、むしろ母と同じように優秀なヴァーユールになるにはどうすればいいのかをいつも考えていた。あの日までは。
あれから彼女の生活は一変したが、結局、与えられる立場がヴァーユールから呪導師に変わっただけで本質に大きな変化はなかった。呪才がある限り、平凡な一市民になることは出来ない、その事実が人生に重くのしかかる。「呪導をもって人々に尽くせ、力無く弱き人の支えとなり模範となれ」子供の頃から言われ続けたこの言葉が自分を縛る。
でもお母様、あなたはその守り導くべき弱き人々に嬲り殺されたのですよ。あなただけでは無い、他のヴァーユール達も。無抵抗の者に振るわれた残忍な暴力、抵抗を禁じた掟とそれに従って死ぬことを是とする人間性、それが今でも許せない。私はもうヴァーユールにはなれない、なりたくもない。私は……。
頭を振って、思考を止めた。今はこんなことを考えている時ではない。明日の調査を速やかに終わらせ、早く街道を開通してもらい、パルマの教殿に行くのだ。昼に会った呪師のせいで嫌なことを思い出してしまった。暗い気分を紛らわすため、ファリィラは再び歩き出した。
夕食の時間に少し遅れて帰ってきたら、既に四人は席にいて、酒を飲んでいた。
「おお、帰ってきたな。変な奴に絡まれたり、ぼったくられたりしなかったか?」
リュオクは楽しそうに聞いてきた。いいえ大丈夫です、と答えると彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ちなみに私がぼったくりに遭っていたらどうするんですか?」
念のために聞いておく。
「そりゃ酒の肴にするに決まってんだろう。で、後日オハナシに行くさ。丁重にな」
リュオクが陽気に答えると
「おぉ、そういうのは俺も手伝うぜ! 悪徳商店には反省してもらわないとな!」
レクルスも乗ってきて、二人で乾杯する。オハナシの内容は聞かない方がよさそうだ。自分の為だけでなく、街の平和の為にも犯罪被害に遭わないように気をつけないといけない。カイウは苦笑いで、アルナは呆れ顔だ。
「今回は馬鹿が二倍ね。先が思いやられるわ」
騒々しい夕食を取り、明日の予定を確認して部屋に戻った。




