第二話 早すぎた再会
森は静かだった。彼女の名前はイース・セッターというらしい。外国人? いいえ違います。異世界人です。
何故か。あんなデカい鶏居るわけないじゃない。うん、それだけ。ついでに言うと鶏と美少女に熱い瞳で射抜かれるとか非現実的な状況が過ぎる。
その少女、イースに色んなことを聞いてみた。まず、ニホンという国を知っているか。これについてはノー、だ。当たり前だろう。ここは異世界なのだろうから。しかし、とても興味深い事が聞けた。
イースの弟が昨日拾ってきた女の子が同じ様なことを口にしていたのだという。その子は、ここはニホンじゃないの? と質問して以来、口を閉ざしていて名前も分からない状態らしい。
もしかしたら――そんな期待が俺の中に渦巻く。もしそれが妹だとしたら、俺は俺の能力で妹を自分のモノに出来るのではないかと。
邪道? ちゃんと自分の力で勝負しろ? 知ったことか。俺は彼女が欲しい。それだけだ。他には何もいらない。妹のためなら勝ち目のない世界だって敵に回そう。
まぁ落ち着け俺。まだ妹と決まったわけではない。どうやら彼女はこの周辺に住んでいるらしく、姉弟揃って魔法学院という所に通っているらしい。あながち魔法少女と言うのは間違っていないようだ。魔女っ子の方が近いかもしれない。
彼女はその魔法学院からの帰りらしく、町から遠く離れた森の中で姉弟二人慎ましやかに暮らしているようだ。姉弟二人きりの性活もとい生活。なんと羨ましい響きなのだろうか。俺もあやかりたい。
俺のチートは常時発動型ではないのか、彼女は今や落ち着いて話を聞いてくれている。鶏――コカトリスも身体を擦り付けては来るものの先ほどまでの激しさはない。
どんな発動条件なのかは知らないが、色々試さなければならない。妹だけでいいのに他の女性に言い寄られても困る。いや、嬉しいっちゃ嬉しいけどね。
何故先ほど魔力切れをしていたのか聞くと、学院の居残り授業で先生に扱かれていたらしく、俺の助けに入った時には既にヘトヘトだったようだ。
「そんな状態で助けに入って来てくれるなんて……優しいんだな」
そう俺が言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯き、モジモジと――
「普段大人しいコカトリスがあんなに暴れるなんて珍しかったから……お腹空いてたのかと思って」
つまり俺は食べられると彼女は思っていたわけだ。先ほどの呪文、魔法? はコカトリスを捕縛する魔法だったらしい。この世界の古代の言葉でティエスは縛る。ティアーズは信頼という意味だそうだ。信頼している相手からの捕縛。的な意味なんだろうか。
とりあえず、イースの進言で俺は彼女の家で世話になることにした。行く場所がないのだから仕方ない。魅了しているせいかも知れないが、彼女の厚意に感謝しつつ、甘えよう。
そういえば俺は裸足だった。この森、割と地面に草が生い茂っているので何が落ちているか分からない。彼女に相談すると、イースも魔力切れで箒が使えず飛べないようだ。歩きで行くしかあるまい。そこで目に付いたのがコカトリスちゃん。
あぁ可愛い可愛いコカトリスちゃん。俺のお願いを聞いてくださいませんか。なんてことは言っていないがというか分からないと思うが、ジェスチャーでなんとか説明をする。俺と彼女を君の背中に乗せてくれないかと。
返事は返ってこない。意思疎通が図れたのかどうか不安になってきた頃、コカトリスちゃんは嘴で素早く俺とイースの服を摘まむと、そのまま上へ放り投げた。
無事背中に着地。ふわっふわ過ぎる毛で滑りそうになるが、強く掴んで事なきを得た。痛かったかな、ごめんなさい。
背中まで来て分かったが、コカトリスちゃんの尻尾は蛇の頭のようになっている。意思はないのか、あまり動きはしない。更に羽根――翼? は毛が生えてなく、ツルツルとしていそうだった。そう言えば石化毒とか触れても大丈夫なんだろうか。初期からバッドステータスを受けるのは死ねる。
イースに聞いてみると、信頼している相手に毒を浴びせるような真似はしないとの事。彼女はずっと森に住んでいるためそれなりに信頼をされているらしい。食べられそうになることはあっても毒を吐かれたことはないようだ。うん、信頼関係にあっても食べられそうになるんだね。怖い。
先ほど見た通りコカトリスちゃんはすばしっこく、木の幹に当たるようなことはしない。上手にすり抜けていって、イースの取り舵に従っている。彼女が首らしき所へ向かい、進むべき道にコカトリスちゃんの頭を動かすという原始的な道案内の仕方だった。
目的地には割と早く着いた。開けた場所に人二人で住むにはそれなりに大きい家屋。家の周りには柵がちゃんと作られていて、庭には畑、果実の実る木、小さな泉。ログハウスという言葉がぴったりだろうか、丸太を組まれて作られたその家は、火でも放てばすぐ森全体へと移りそうな――いや、考えが残酷か。
見たところ二階建てだ。コカトリスちゃんの背中から降ろされた俺は、改めてその家を見上げる。純朴なその見た目の家は、森の風情と言うやつを損なうことなくそこに存在していた。
「なんと良い暮らしを――」
正直言って、俺が住むマンションなんかよりもずっと良い家だ。しかし、こんな広そうな家で二人きりなんてさぞかし寂しかろう。俺の呟きを聞いたイースは照れくさそうにはにかんだ。
「姉さんかい? なんか凄い音がしたけ――うわ! コカトリス!」
同じように木で出来たドアを開け、出てきた少年は驚きの声を上げる。音というのは恐らくコカトリスちゃんが立ち止まったことによって発生した風の所為だろう。結構なスピードだったからな。
その少年はイースと同じような金髪と、イースとは正反対な真紅の瞳をしていた。かなりな美少年だ。メイド服でも着させたら似合うんじゃなかろうか。女装グッジョブ。
見た目から予想は付く。彼はイースの弟だ。服装はイースとは違い、いかにも"ぬののふく"といった感じであった。水色の布を縫い合わせただけのラフすぎる恰好をしている。多分イースも制服であろう紺のローブから着替えたらこんな私服なのかもしれないとか考えた。
「ただいまケビン。ちょっと色々あってね。後で説明するよ」
そんな彼――ケビンにイースは優しく笑いかける。あぁ、いいね。姉弟って。姉キャラってあんま好きじゃないんだけど。彼女とは年齢が近そうなイメージがあるためか、なんとなく受け入れられる。
家へ先に入って行くイースを追って、ケビンに挨拶をしようとする。初めまして、お姉さんに拾われた浮浪者です。いやちょっと待て。それは明らかにマイナスイメージではないだろうか。
しかし、俺が挨拶をする前に、彼は俺の目を見ると何かを察したらしい。まぁ多分俺の服装からだろう。彼らからしてみれば異国、または存在しないような服装なのかもしれない。ケビンは俺に会釈をすると、少し視線を逸らして「どうぞ」と俺を招き入れた。その頬は、少し紅くなっている気がする。
あれ、もしかして、魅了って男にも効くの? 彼、目を逸らして赤くなってるけど、そういうこと? それは困る。これからの生活に支障が出かねない。
結論は後にして、俺はイースを追うことを急いだ。問題を後回しにしたわけじゃない。俺はそれよりも優先して確かめたいことがあるのを忘れてはいない。
玄関を抜け、裸足で滑りそうになるのを踏ん張ってイースが手招きしているリビングらしき場所へ入る。造りはかなりしっかりしているようで、普段自分の世界で見るマンションや一軒家の内装とそれほど変わらなかった。
そのリビングの角。明らかにそこに置くべきではないであろう椅子の上に、彼女は座っていた。話の中で老婆がマフラーでも編んでいそうなロッキングチェアをキィキィと揺らしながら、彼女は少し薄汚れてはいるがあの日の姿のまま、体育座りで虚ろな目をしていた。
「亞里亞――!」
俺は大きな声で叫ぶ。止まることなんて出来なかった。彼女の傍らに居るイースのことなんか気にする余裕はなく、妹の元へ駆け寄る。そして抱きしめた。彼女の生足に。驚いていたのはその場に居たほぼ全員だろう。勿論妹も含む。
「え、お兄ちゃ――あぁ、兄貴!」
聞いた。確かに聞いたぞお兄ちゃんと! 言い直さなくてもいいじゃないか! 涙が溢れ出てくる。またその声を聞けることになるなんて、夢にも思わなかったのだから。言葉にならない言葉で俺は彼女の名を呼び続ける。そして、俺は彼女の感情の変化に気が付かなかった。
「…………。いい加減にしなさい馬鹿兄貴!」
制服を涙や鼻水で汚され苛立ったのか、照れ隠しなのか。照れ隠しだろうけど。俺の顎を右足で蹴り上げ、俺の胸を左足でキックをかました。オウ、ツーヒット。ナイスコンボ。懐かしい痛み。俺は微笑まずにはいられなかった。