第一話 身に付けたチートは魅了
目を覚ました時、俺は森の中に居た。何故森だと分かるかって? 空が緑で埋め尽くされているからだ。視線を横に移せば木だし、木の枝には見たことのない蛇が巻き付いて舌をチロチロと出していた。
俺は起き上がると、自分の身体を見渡した。学ラン、荷物はない。靴は履いておらず裸足だ。何もない。ここは、あの世だろうか。随分と予想と違うあの世だ。手に触れる草は少しくすぐったい。
「あー……」
いや、違う。俺は直感でなんとなく分かった。ここはあの世ではない。あの世に、あんなデカい鶏はいない。うん、直感なんかじゃないね分かってた。なんだあの化物。
鶏の化物は、葉で埋め尽くされた森の天井まで届くほどデカい。俺四個分くらいあるんじゃないだろうか。
「ハハハ、クァーッなんつってこっち向かって来てるわ。あぁ、相生マサトは二度死ぬってか。まぁいいか」
こちらを視認したそのドデカい鶏は一目散にこちらへ向かってきた。木々を器用にすり抜け、その巨体には見合わぬ速度で草を分け俺へと。俺は動かない。どうせ自分で失った命だ。もうどうなろうと知ったことではない。ここがあの世でも、異世界かも知れなくても、死ななければ妹に会いに行けないのだから。
「退いて! 死にたいの!?」
そんな死を覚悟している俺と襲い掛かる鶏の間に、桃色の長い髪を揺らしながら一人の少女が割り込んできた。
「おい何を――」
邪魔をするな。そう言おうと思ったが、待って欲しい。この展開は、所謂異世界転生のソレだと。この桃色の髪の乙女はメインヒロインとかそういうことなのだろうか。俺はいつの間にか物語の中に入り込んでしまったのだろうか。だがしかし、俺の中でヒロインは妹一人だどうか分かって頂きたいこの物語を見ているアナタ! 俺の心は妹一筋である!
少女は、箒の上に跨っていた。そして、なんと浮いているではないか。古風な魔法少女のようなその出で立ちに、ただし服装は紺色のローブを着込んでいた。なんと色気のない服装だろうか。
後ろ姿からは顔が見えない。だが分かる。きっと美少女だ。異世界転生の常である。初めに会う女の子は美少女っ!
その少女は、腰のベルトに携えていた短めの杖を手に取ると、杖の先を鶏へ向け、口早に何かを叫んだ。
「ティエス・ティアーズ!」
しかし何も起こらなかった。おいおいおい、ここはズバッとやっつけて助けてくれるとこなんじゃないのか!
「……魔力切れみたい」
そう言った彼女はいつの間にか地上に足を付いていた。飛ぶだけの魔力もないと。あぁそういうことですか。ドジっ娘な属性なんですね。分かりません。
とは言っても、俺はともかく彼女を殺されるのは目覚めが悪い。目覚めるのか知らないけど。俺は、立ち上がって少女の前に立ちはだかった。振り向くと、やはり彼女は可愛い。金髪ロング。いいじゃない。その泣きそうな碧眼もグッド。そそる。彼女は俺を見上げると、縋るような表情をしていた。
勝利の確信があるわけではない。しかし考えて欲しいのだ皆さんよ――俺は誰に話しているんだ――異世界物になくてはならない大事な物。そう、特殊能力! チート! 昨今の物語ではチートが無い物もあるけどそんな事はどうでも良い。俺は俺の物語でのご都合主義を信じている。
ピンチに陥れば何かが起こるはずだ。ピンチに、ピンチに――
「クアァァァァ!!」
近くなってきてるよホラ。早く能力出さなきゃ死ぬぞ俺。後ろに居る少女はきっと期待に満ちた瞳で俺を見上げているに違いないんだからホラ。出ろなんか出ろ!
しかし、何も出なかった。何も出ないまま、鶏は俺の目の前に近づき、その赤いトサカが引っ付いた頭を地面にこすり付けたのであった。
「あぇ?」
自分でも間抜けだと思う声が出た。恥ずかしい、聞かれてはいないだろうか。鶏は、地面にかしずいたまま動かない。まるでジャパニーズ・ドゲザのようだ。そう思っていると、鶏は頭を上げてその大きな嘴を俺の頬に擦り付けた。
これは、懐かれている――? デカい図体に似合わない可愛い声を発しながら、鶏は俺の頬を撫でる。結構臭い。それを見て、後ろに居た少女は驚きの声を上げた。
「凄い――! コカトリスが襲わないなんて……それどころか懐くなんて!」
あぁ、コレはコカトリスというのね。良く聞くお名前ですね。主にゲームで。もしかしたら石化させられていたかもしれないのか。それって死ねないってことじゃない? 石化って大体意識あったりするしね。
これは、俺の能力は動物を懐かせるとかそういう畑正憲さん的な能力なのかしら。あ、いやあの人は現在だと動物そんな好きじゃないんだっけ。
だとしたらなんと微妙な――そうでもないか。ドラゴンとか使役出来そうだし、いいんじゃない?
などと考えながら、俺は少女に向き直る。背中を嘴で軽く突かれるのは結構痛い。少女は輝く瞳で此方を見ている。更には頬が紅潮している。何かおかしいな。そう思ったが、別に気にしなかった。
「大丈夫? ごめんな、俺は別に死にたかったわけじゃなく、コイツと仲良くしたかっただけなんだ。俺の名前はマサト。君の名前は?」
口から出まかせだった。誰しも自殺願望のある青年より、動物? と仲良くしたがる青年の方が好きだろう。まさに好青年といった風に、俺は優しく少女に語り掛けた。が――
「は、はい……私の名前は、イース……です。マサト様――」
様? いや、先ほどとは少し声色が違うというか、口調が違うというか。なんだこの違和感は。彼女の頬はますます赤くなり、耳も熟した様に染まっている。これはまさか――。
そこで、俺は気づいたのだ。彼女の眼差しは、恐らく恋する乙女。俺の能力は動物に懐かれるわけではなく、"魅了"することなのだと。
そして、今背中を突いているこのコカトリスの行動は、求愛行動――! もし一人だった時の事を考え、俺は戦慄したのだった。