プロローグ 現実ですべき事
俺は妹が好きだ。それは兄妹愛などと言うまやかしなどではなく、心から愛しているということだ。
もちろん、それは異常なことだと俺は理解している。この気持ちに気が付いたのは、妹が中学生に上がった頃からだ。どんどんと大人びていく彼女に、俺は女性を感じた。
とても人には話せるわけがない。妹は気づいているのか単なる思春期なのか、中学生辺りから俺の事をお兄ちゃんではなく、兄貴とか、お前とか、そういった風に呼んできてお兄ちゃんはとても悲しい。
小さい頃はとても甘えん坊で可愛らしい妹だった。いや今も可愛らしいのだが、邪魔だと短くしているあのサラサラな髪も、控えめで気にしている胸も、スカートから除くハイソックスまでの絶対領域も、風呂上りの無防備な生足も初めて中学のブレザーを着たあの時の笑顔も蔑むような視線も――いや、話が逸れすぎた。
ともかく、俺は妹が好きで好きで堪らない。これでも俺はフツメンと言える顔つきをしている。多少オタク趣味はあるが、それなりにモテる。チョコレートも貰ったことがある。しかし告白されたことはないが。
その上俺は品行方正で通っている。悪さなんて、学校の屋上の鍵をハンマーでボコボコに破壊したことくらいだろう。謝れないのが悔いに残る。
シスコンだと人は言う。それを通り越しているのだが、周りには気づかれていない。部屋の秘密の棚にある妹モノの薄い本の数々は誰にも見せたことがない。
それは既に処分した。だって必要ないもの。俺にはもう必要ない。
今から俺は妹の下へ行く。愛した妹の下へ。
高校一年に上がった彼女は、初めて着たセーラー服を嬉しそうに鏡越しに見ていた。とても可愛らしい。高校生活を始めたら彼氏が出来るのだろうか。そう考えると胸が苦しかった。
俺の恋は報われない。そんなことは分かっている。諦めるしかない。そんなことも分かっている。いっそ襲ってしまおうか。俺はそんなことはしない。見守る? 見守る。彼女をずっと、遠くからでも。
ストーカーだな。なんて俺は自虐的に笑う。だけどそれでも良い。彼女の近くに居られるのなら、俺はそれで良い。
そして、高校初日。妹は、死んだ。
帰りの電車で何者かに後ろから押され、ホームの下に落下して、無残に電車に轢き殺された。遺体は見つかっていない。電車に轢かれると頭がどこかの家の窓に激突するとネットのどこかで見たことがある。
何も入っていない棺桶の前で、俺は泣かなかった。泣けなかった。思えば、その時から俺の心は決まっていたのかもしれない。
俺はその日両親に謝った。妹を守れなかったと。両親は泣きながらも、俺を抱きしめてくれた。とても良い親だったと俺は思う。それ故に心苦しい。言い切れなかった謝罪は全て手紙に残した。
空は青い。俺の高校生活も三年目だが、こんなにまじまじと空を見たことがあっただろうか。生暖かい風は、俺の着ている学ランをはためかせた。背中に感じるフェンスが冷たい。
後ろから叫び声が聞こえる。大方、誰かが教師に知らせたのだろう。悪いけど、少し遅かったな。鍵を壊したことは謝るから、これからのことは見逃してほしい。
両手を広げる。昔見たドラマの真似だ。妹がとても好きだったドラマ。俺はそのドラマを見ている妹も好きだった。驚いて、泣いて。感情豊かな彼女が好きだった。あぁ、俺はこんなにも彼女を愛している。
――そうだね、亞里亞。今、お兄ちゃんが会いに行くよ――
そう呟いて、俺はそこから飛び降りた。