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男女恋愛法  作者: hiroki.is
7/14

第7話・沙和音-次の一手へ前進する。

はじめに、著者の都合上から第7話のアップが予定より遅れましたことを、読者諸氏にお詫び致します。

趣味のプラモデル作りに夢中になり、又秋の紅葉を写真に撮りに出掛けたりしながら、構想を練り直していました。本ストーリーの中で、沙和音が悩む法律上の問題をどうやって読者諸氏に分かりやすく伝えるかに、悩みました。


さて、第7話ですが、思考錯誤を繰り返して訴状を書きあげた後の、主人公沙和音の揺れる様子を描いて行きました。そして、麻未と室杜の不思議な関係の謎を課題にしました。

まだまだ未熟で稚拙な、メリハリのない文章ではありますが、どうぞご一読ください。

 私は一体、何をしているのだろうか――――――

 これから、何をしようとしているのだろうか――――――

 何かに押しつぶされたかのような、憂いな気持ちを引きづりながら毎日毎日、頭の中がもやもやで一杯になっている。

 何でこんな事ばかり考えているのだろうか。私のメンタル機能がどうかしてしまったのだろうかと、自問自答する。

 フラれた男のことなんか、さっさと忘れることが一番良い事かも知れない。

 ひょっとして、これは被害妄想なんじゃないだろうかと、ポジテブな思考が働き、自分を責める事もある。

 沙和音は会社から帰宅すると、寝る間も惜しんで訴状に記載する「請求の原因」について考えていた。

 頭が重い。風邪でも引いたのだろうか。

 それとも寝不足による、ただの疲労感なのだろうか。

 昨夜から寝ずに頭を捻っているが、迷宮の中で思い迷ってしまい、出口が見つけ出せずに暗夜の中を彷徨い続けているような、塞ぎ込んだ気分に包まれていた。

 必要なことはメモに取り直して、ワードに消しては書き消しては書きを、何度も繰り返した。

 もう、夜が明けようとしている。

 沙和音はバスルームで顔を洗って、自分の顔を鏡に映して物思いに更けった。

 そして、迷った挙句に1つの決心をした。

 その決心したことを実行するため、沙和音は少し眠ってから美容室に行き、髪をカットしてもらった。

 我ながら思い切ったことをしたと思ったが、まあまあ似合ってるし、これで重かった頭が軽くなった気がした。

 悩んでばかりいないで、自分を変えるためには気分転換を図ることも大切なんだと言う思いが、沙和音の迷いを決断させた。

 然程、お腹は空いていなかったが、洋食店でミニサラダとミネストローネスープがセットになったオムライスを食べて帰宅した。

 再び、パソコンのワードを開くと、まるで何かに取り憑かれたように沙和音は一心不乱になって、キーボードを叩き続けた。

 昼下がりの部屋に、カッチャカッチャっとキーボードの音だけが鳴り響いた。


    【請求の趣旨】

1 原告は被告に対して、金25万円及びこれに対する本訴状到達の日より、年5分の延滞損害金の支払いを求めます。

2 訴訟費用は被告の負担とするとの判決。

  並びに、請求の趣旨第1項に付き、仮執行の宣言を求めます。

    【紛争の要点(請求の原因)】

第1 (原告と被告間の、恋人契約成立の経緯について。)

1 原告と被告とは、平成〇年に神奈川県立□□高校を卒業した同級生である。

同高を卒業後、平成〇年4月頃に成人を祝うことを兼ねて同高卒業生による、同窓会の催しが行われた。その会場である小田急線蛯名駅近くに所在する洋風居酒屋店「Lyricalリリカル」で、原告と被告は再会した。

2 その後、同高校の同級生で原告の友人である、本件訴外の武原理奈を介して平成〇年5月頃に被告から、原告に電話連絡が有った。

それを期として、原告と被告は男女として交際を始めるに至った。

3 その後も原告と被告間の交際は順調だったため、平成〇年11月初旬頃に交際を始めたことを期とした時期に遡及して、原告と被告間で合意の上で恋人契約が成立した。

第2 (被告に対する、貸金事実について。)

1 原告は被告から、平成○年5月中旬頃に生活面での金銭が足りないと相談を受けて、被告が居住する賃貸物件の家賃代とする趣旨の金銭貸借を求められた。

そのため、原告は被告との恋人契約後の交際も順調だったことから、平成○年5月21日に被告の指定する銀行口座に振り込む方法で、金5万円を貸し付けた。

2 被告は原告から、前記する貸付金を同年6月頃から8月頃までに給料やボーナスを得てから返済するとしながら、現在に至るまで一向に返済されない。

また、原告から被告に対して金5万円を無償で贈与するなどの理由もない。

第3 (原告と被告の恋人契約の破局原因について)

1 被告は原告が前記第2項から述べている金5万円を貸し付けてから、その返済を原告が求めても誠意ある対応をすることなく、前記同年8月初め頃から急に一辺し態度を変えて、原告との連絡や交際を避けて行く様子が窺えるよになった。

2 この頃の被告は、仕事が忙しいという理由により、原告との連絡や交際を控えているとのことだった。原告も仕事上の事情によるものである以上、必要以上にあえて被告に連絡や会いたいとの、面会等の強要をすることもなかった。

3 原告は被告の仕事が忙しいという事情を、素直に信じていたいたものの他の女性関係を疑うこともあってか、その他の女性関係について被告に釈明を求めたことも何度かあったのも確かです。

しかし、その都度、被告は曖昧な態度で、原告からの釈明をかわし続けた。こうした経緯から、原告と被告間の交際は、ぎくしゃくとした関係に陥った。

4 平成○年11月12日に被告より、原告のスマートフォンに会って話がしたいとのライン受信があり、同日午後6時頃、原告の勤務先近くのJR伊勢佐木町駅近くにある、「カフェ・Bay‐SIDE」で被告と会って話をしを聞いたところ、被告は原告以外に、結婚を前提に他に付き合っている女性がいるとのことだった。

そして被告は、一方的に原告に別れ話を持ち出して、原告との交際を破棄したのである。

5 このように被告は原告と誠実な交際を遂行することなく、身勝手にも男女恋愛法に基づく恋人契約の不履行をした上で、恋人契約の破局原因を被告が招いたものである。

これらの事実経緯により、原告は多大な精神的苦痛を被告から被ったのです。

第4 (結語としての、原告の主張)

1 以上で述べいるとおり、被告からの不誠実な恋人契約の破局により原告の被った精神的な損害を金銭に換価して評価すると、請求の趣旨に含まれるとおりの金額20万円が相当と思われるので、被告に支払いを求めるものです。

2 そして、第2項からのとおり、原告と被告との間には無償で金銭を授受しあう関係にはなく、原告と被告とは貸金貸借契約が成立していたということになり、金5万円の貸付金の支払を求めるとともに、請求の趣旨に記載する合計金額25万円と本訴状到達の日より支払い済みに至るまで、年5分の延滞損害金を原告は被告に対して、速やかに支払うように求めます。

                     以上

    【証拠書類】

甲第1号証  内容証明郵便及び

同1号証の2 郵便物配達証明証 各1通

甲第2号証  ○○銀行振込明細書 1通

この他、証人として武原理奈の証言を予定しています。


 沙和音は眼を凝らしながらワードに書いた文章を、何度も何度も読み返した。

 これで良いのだろうかという疑念が拭えないし、改めて自分の文章に対するリファイン能力のなさを、沙和音は思い知らされた気がした。

 あれもこれも、一辺に詰め込み過ぎたような悪文にも映るが、これ以上は自分の言い分である、主張事実を整理しきれない。

 顔を天上に向けて大きな深呼吸を数回繰り返して、頭の中をリラックスさせてみた。

 裁判のことなんか何も分からずに、枝葉末節にこだわり過ぎたのかという思いが浮かんだが、書き上げたばかりの「請求の原因」は、今の自分には全てが大切なことなんだと、沙和音はポジテブに思考を切り替えた。

 パソコンの画面を見つめたまま物思いにふけっていると、ふっと我に返った。すると、良真との別れから何かに病んだような日々を、部屋の中で過ごしている自分が嫌になった。

 沙和音は思い出したかのように、チェストの引き出しから塗り絵帳と36色の色鉛筆を取り出して、ローテーブルの上で、塗りを始めた。木々に花が咲く模様の中に妖精が舞っている図形だった。

 1人暮らしを始めた頃の孤独感と寂しさを紛らわすために、何かに夢中になれるものをと探していたら、大人の塗り絵というものに辿りついた。

 好きなところから好きな色を塗っていく。単純なようだが意外と難しいし、その人の持つ美的センスが要求されるので、やりだしたら夢中になれて、面白さに嵌ってしまう。

 何よりもストレスの発散や、乱れた自律神経を整える効果も期待できるらしい。

 色鉛筆の色を、もっと個別に多く揃えてみようかと思った瞬間に、重かった思考能力が、すっーと軽くなって行くのを沙和音は感じた。同時に妙に笑いが込み上がってきた。

 

 訴状には、その請求を法律的に根拠付ける請求原因事実が必要で、これを要件事実という。

 なので、男女恋愛に基づく不誠実な違反行為を相手方から受けたということの損害賠償なら、時系列で理由を書いて主張していき、それ以外は項目ごとに主張していけば請求の原因となり得ると、室杜が図書館で選んでくれた『ハンドブック民事訴訟法入門』に、書かれていたことを思い出したからだ。

 色鉛筆を指に握り持ったまま、乱雑にローテーブルの上に置かれた本のページを捲りながら立ち上がって、部屋の中を歩き回った。

 訴えによる請求が、特定の権利主張を構成するという「権利主張」自体が、請求を法律的に根拠付ける「請求原因」になるということが、やっと理解できた。

 「請求原因」という、初めて聞いた用語に惑わされていて、大事な箇所をノートに書き写すのを忘れてしまっていたので、盲点を見落としていたのだ。

 つまり、訴え出た人が訴えを起こした理由やその相手と紛争になった経緯、そして何でそんな請求をする法律上の権利があるのかを「請求の原因」として、要領よく書けばそれ良いってだけだ。

 だから、いかなる法律上の権利を持って、相手に自分の持つ請求権を行使できる主張をしているのかの構成を満たすだけの内容で、主張事実を如何に展開して行くかってことだ。

 例えば、損害賠償金を払えとか、貸したお金を返せとかの理由を、簡明に書くだけで良いだけの話なのだ。

 なので、私の書いた「請求の原因」は、必ずしもNGって訳ではないはずだ。

 沙和音はローテーブルの前に座り直して、塗り絵を続けた。

 なーんだ。これだけの事なんだ。難しく考えて損しちゃったと思うと、再び込み上がって来る笑いを飲み込んで、うなじを掻いた。すると、何時もと違う何か寂しげな物足りなさを感じた。

――――――そっか、今日は髪をカットしたんだっけ。何だか首筋辺りが冷えると思ってた。

 日が落ちきっている外からの視界を遮るため、カーテンを閉めてエアコンの暖房をONにし、この部分の模様は何色で塗れば絵が映えるだろうかと、沙和音は思考を巡らせた。

             

                *

 

「バッサリとやっちゃいました」

「思い切ったわね。でも似合ってるよ、それ」

 麻未が、アメリカンコーヒーを啜りながら言った。

「何となく心機一転したくって。でも、もともとショートって好きなんですよ」

 ドトールでテイクアウトした、ミラノサンドとカフェラッテが、今日の沙和音のランチだった。

 眞理恵はデザートよと言って、2つ目のシュークリームを頬張っている。

「それで、ずっとお悩みの沙和音さんとしたら、次に打つ一手の対策は進んでいるの?」

「ようやくと、訴状を書き終えたってところです」

「そっか。まだたまだ相手との闘いは果てしなく続くって状況ね」

「じゃあ、今度は何時に裁判所って所に行くわけ?」

 シュークリームを飲み込んだ喉元を軽く叩きながら、眞理恵が訊いた。

「それはまだ何とも。ただ、訴状を裁判所に出しに行くんですけど、有給休暇届のタイミングで悩んでるんですよ」

「それだけのために、有給を消化させるってのも、もったいないと思うな。郵便で送るとかってことはできないの?」

「できないって、そう言うことでもないみたいですけど……」

 沙和音は少しの躊躇いを隠すように、力なく言った。

「そうそう。今の時季ってさ、会社の業務が多忙だから、有給は認められないかもだし」

「それにさ、まだこれから何度も、裁判所に行かないといけないんでしょう」

 眞理恵の言葉に、麻未も同意見を示して頷きながら言った。

 従業員から有給休暇の申し出があれば、会社は正当な理由がなければ、拒むことはできない。しかし、会社側の業務上の繁忙期などの都合上の理由により、有給休暇の使用による時季変更権の行使が、従業員に対して認められている。これは、労働基準法第39条5項の規定によるものだ。

 そのため、業務が多忙な12月に入ったばかりの今の時季に有給休暇届けを出すことを、麻未も眞理恵も否定的になったのだった。

「営業の室杜くんに、聞いてあげようか?彼さ、わりと法律とかに詳しいから」

 麻未が何気なく発した言葉に、沙和音は心臓がドッキっとした。

 図書館で室杜と会ってから、先週は会社では顔を合わす機会がなかったからだ。沙和音は、図書館で室杜と偶然に会ったことを、まだ麻未と眞理恵には話していなかった。

「でも、室杜さんの方は、迷惑だと思うし……」

 沙和音はどうしたもんかと、首を捻って思案した。

「大丈夫よ。私に任せなって。1人で悩むよりさ、会社にでも相談できる仲間がもっといた方が頼もしいでしょうに」

「営業の室杜さんか。でもさ、そういうことを話すと、会社中に沙和音のことで変な噂が持ち上がったりしない?」

 眞理恵は沙和音が抱えている男女間のトラブル問題で、善からぬ噂が会社内に流布るふしないかの懸念を案じたのだった。

「大丈夫。彼にはきっちりと私から他言はしないように、キツーく言っておくから」

「じゃあ、そうしてもらいなさいよ、沙和音」

 眞理恵が、ペットボトルのカルピスを飲み干してから言った。

「……もう、そんな簡単に言わないでくださいよ。眞理恵さんまで」

 沙和音は、困惑した表情を隠せないでいた。

「気を使わなくったていいのよ。奴は男じゃあないの。ただの職場仲間ってこと」

 麻未が男性社員を「奴」と呼ぶときは、それだけその人を信頼している証だった。

 話の途中で、沙和音の異議を途切れさせる耳障りな音が鳴り響いた。休憩時間終了5分前を告げる予鈴が、休息室内に響き渡ったからだ。

 休息室にいた他の社員たちも、ペットボトルや空き缶などのゴミを片付けて、それぞれの職場に戻っていく準備に追われている。

 じゃーあ、ゴミ撤収と言って、眞理恵もテーブルの上に並べられたゴミを片付けだした。麻未が眞理恵の方へゴミを寄せ、これもお願いと言いながら、室杜くんに話しておくからっと沙和音に向かって、補足を言った。

 沙和音は、自分が思い描いていた展開とのズレが生じて来たことに、戸惑っていた。

 有給休暇を使って、厚木簡易裁判所に訴状を提出しに行くことを考えていたからだった。そうしないと、あの訴状の記載内容でOKなのかが、判然としないからだ。

 それに、麻未の口から室杜の名前が出て来るとは、予想外だった。

 長い迷路から抜け出せないまま、また一つ悩みの種が増えたような気分に包まれた心境の、沙和音だった。


 PM8時が過ぎた頃に、漸くと残業から解放された室杜は、麻未の指定した店へと向かっていた。

 法律のことで、室杜くんにしか相談できないことがあるの。

麻未からそう言われたのは、残業に入る前の休息のために、喫煙スペースに向かう途中だった。相手が麻未だけに、室杜としたらどんな難題を突き付けられるのかと思うと、気が気ではなかった。

 但し、この話は会社の人や他の人には絶対に秘密よ。あなたの力が必要な人がいるの。私がこうやってお願いしてるんだから、一肌脱いでくれたって良いでしょう。室杜くんと私が同じ会社に勤めることになったのも、偶然では割り切れない何かがあるからよ。

 麻未の意味深な言葉の裏に、何を企んでいるのかと考えると、室杜は白い溜息を何度も吐いて、憂鬱な気分を紛らわせるしかなかった。

「あ!室杜くん。こっちよ。こっち」

 店の暖簾を括り、扉を引くと同時に、麻未の声が飛んで来た。

 麻未は、伊勢佐木町にある中華料理店よと言っていたけど、看板には「ラーメン幸来宝こうらいほう」となっていた。そこは至って大衆的な、少し古びれたラーメン店だった。

 麻未が手招きする奥のテーブルへ行くと、おや?と室杜は首を捻った。

「貴水さんと、えっーと、確か新堂さんだよね?少し前と髪形が違う気がするけど」

「まあ、いいから座りなさいって」

 テーブルの上には、ビール瓶2本と餃子の皿が並んでいた。

 ビールで良いよねっと、麻未が訊いてきたので室杜は、その問いに「ああ」と頷いた。

 麻未がビールと餃子を追加注文した。ポンポンと空椅子を叩いて、こちらにどうぞと言う眞理恵の横に、室杜は腰をおろした。

「それで3人お揃いで、ご用件はなんでしょうか」

 その前にお1つどうぞと、運ばれてきたビールを麻未が「お疲れ様でした」と言いつつ、室杜のグラスにお酌をした。

 この麻未のしおらしい仕草に、何が隠されているのかと思うと、室杜はビールが喉元につっかえて、乾いた喉が癒えそうにはなかった。

「聞いたわよ。図書館で沙和音と会ったんだってね」

 先日はどうもと言って、麻未の横に座る沙和音が軽いお辞儀をした。ここまで来たら、図書館で室杜と会ったことを話しておくしか、沙和音にはなす術がなっかた。

「沙和音にちょっかいを出すと、奥さんに言い付けるからね」

 ……え?奥さん?沙和音も眞理恵も、室杜が既婚者とは麻未から訊かされていなかったので、少しの驚きを現した。

 室杜が憮然とした口調で、麻未に反論する。

「何だよ。ちょっかいって」

「だから、麻未さん。そのことは、偶然で何でもないですよ…」

 魔性の笑みを浮かべながら、麻未が室杜に言及するのを必死に否定し、その場を丸く収めようとする沙和音だった。

「あっはは、冗談よ。さあ、もう一杯どうぞ」

 麻未が右手に持ったビール瓶の先を、室杜の方へ差し向けた。麻未のソフトな態度に怪訝な表情を室杜は浮かべた。ビールが注がれたグラスを口に運ぼうとした刹那に、ところで室杜くん。と、麻未が室杜の手と口の動きを言葉で制止させた。

「困ったことがあるの。訴状とかってさ、裁判所に持って行かないとダメなの」

「え!訴状って、清海が?」

 室杜は驚いて、口元に運んだビールを一気に口内に含み喉を通過させた。同時に、軽い咳払いをして、驚きを飲み込んだ。空き腹の胃にビールの刺激が応える。

「違うわよ。法律問題に悩める繊細な乙女がさ、別にここにいるのよ」

「繊細な乙女?相談って、そう言うこと?」

 頷く麻未に、室杜は苦笑しながら沙和音を一瞥した。空になったグラスに手酌でビールを注いで、煽った。焼きたての餃子が運ばれて来た。室杜はタレに酢とラー油をたっぷり目に入れて餃子を頬張り、さらにビールを煽った。

 麻未と眞理恵の眼は、室杜に注視されて次の言葉を促がす表情を作っていた。沙和音は、テーブルに顔を向けたまま口を噤んで、何度も瞬きを繰り返し上目を使って室杜の方へ眼線を向けていた。

 室杜は「それだけのことか。何だよ。清海ってさ、本当に昔から性格悪いの変わんないな」と、麻未に向かって苦笑気味に呟いて、ほっと一息吐いた。

「私のことは良いから、質問したことに答えなさいよ」

「普通は郵送で提出するってことが多いと思うよ。法律実務の専門家なら、直接裁判所に持参することもあると思うけどね」

「そうなんだ。まあ、飲みながらゆっくりとその件で、話を聞かせてよ」

 室杜の側にあるビール瓶を取り上げ、麻未も自分のグラスにビールを注いだ。すると、グラス半分程で瓶が空になった。

 麻未がビール瓶を振る手を見て、すいませーん。ビールもう1本くださいっと、室杜はキレの良い明るい声を弾ませた。

 麻未は唯一、自分の過去を知る厄介な相手だとの先入観から動揺心を隠していたが、肩に担いでいる重い荷が卸されたような解放感が、室杜の表情を崩した。

 そして、沙和音に向かって室杜は、和やかな眼差しを向けた。室杜の眼からは、気さくに語り合う麻未と室杜の関係が読み取れなかった。それが、沙和音の眼には不思議な光景に映った。



第8話につづく。

 

第8話は、本年中にアップの予定ですが、年末に向かうこれからは著者も仕事や他の趣味に何かと忙しく、どうなるのか分かりませんが、とにかく読者諸氏の期待を裏切らないように頑張って執筆致します。

遅筆故に、何時も言い訳ばかりですが遅くとも年明け10日までには、アップいたしますので、今後も宜しくお願いします。(なお、本ストーリーの法律上の誤謬につきましては、後程、加筆・訂正・補足することがあります。)


さて、第8話の予定ですが、いよいよ裁判所で良真と闘うことになった沙和音の奮闘を描いて行きます。

そして、麻未に過去をに知られていると言う室杜が、どう沙和音をフォローして行くのかを、乞うご期待ください。

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