第5話・沙和音ー負けないで。
始めに、何時も言い訳じみてますが、著者の体調不良が続いている関係で、第5話のアップが予定より遅くなりましたことを、読者諸氏にお詫び致します。
著者も頑張ってはいるのですが、遅筆と相まってストーリの修正とかの諸所の作業に追われております。又、連載当初は本年12月に最終話のアップを目指していましたが、ストーリの修正・加筆の関係と著者の体調面との兼ね合いから、最終話は予定より大幅に遅れる見通しですです。
何とぞ、読者諸氏のご理解をお願い致します。
さて、第5話ですが、主人公沙和音がまだたまだ悩み続ける日々を、色んな方向から描いてみました。
まだまだ、拙い文章ではありますが、どうぞご一読ください。
その日、午後9時過ぎ頃に帰宅した良真は、ドア裏の郵便受けから数通の郵便物とポスティングされたチラシを引き抜いた。その中に、郵便物不在票が交じっているのに良真は気付いた。
差出人「新堂沙和音」となっていて、種類番号の「配達証明」の箇所にチェクが入れられていた。
良真は首を捻った。今さら何だろうかと言う疑念と、配達証明ってことが気になった。
不在票をテーブルの上に置いて、印刷されているQRコードをスマートホンで読み取ってから、日本郵便Webサイトを開いて、良真は再び首を捻った。
不在票の日付を見てみると、水曜日に配達されていたようだ。今日は木曜日なので、仕事から帰宅している金曜日の午後19時~21時の間を指定し、再配達を依頼した。
*
勤め帰りのサラリーマンやカップル、大学生の合コンのグループで混雑する店内の一角を陣取って、三人だけの女子会が細やかに行われていた。
「まずは、一歩前進したってことね」
麻未がウーロンハイのジョッキをグイっとやってから、吸いかけのタバコを一服吸って灰皿に押し消した。
「でもさ、その内容証明ってのを相手の元彼が無視したらどうなるの?」
眞理恵が焼き鳥を頬張り、右手に握った串だけを皿に戻して言った
「そんなのは関係ないのよ。そのために配達証明を付けてるんだから。でしょう、沙和音?」
「うん。私も良くは分かんないけど、配達証明を付けていれば相手が読まなくたって配達された手紙の内容の効果は、法律上は変わらないだって」
沙和音は、レモンの入ったサワーのジョッキを右手で軽く握って答えた。
「配達証明ってのは、相手が読むとか読まないとか破り捨てたとかって相手の事情には一切関係なく、沙和音の意思表示は相手に伝わったってことを、証明してくれるってことよ」
「そうなんだ。じゃーあ、安心なわけだ」
「そうでもないわよ。沙和音は相手の男に対して宣戦布告したわけだから、これからが勝負よ」
そうねぇーっ、と頭を捻る眞理恵の横顔を一瞥して、麻未はウーロンハイのジョッキを煽ってから、少し厳しい表情を沙和音に向けた。
「沙和音。本当の闘いはこれからよ。女のプライドを掛けて不遜な男をねじ伏せることができるのかは」
沙和音は口を付けていたジョッキをテーブルに戻して、麻未の言葉に頷いた。
沙和音が頷くのを見て、麻未は刺身の三点盛りの中から、マグロの刺身を口に入れた。
「そこなんだよね。これからまだ裁判所に行ったりしないといけないし、あれこれと解らないことだれけだし、それに弁護士に依頼するだけのお金の余裕もないし…」
沙和音は右手に握ったサワージョッキに眼線を落して、溜息を交えるように言った。
「そうやってさ、ネガティブに考えちゃダメだって。日本の民事裁判は外国とかで行われる弁護士強制主義じゃなくって、元々は弁護士に依頼しなくっても自分本人で訴訟ができる、本人訴訟の制度を採用しているって聞いたことがあるし」
「へぇーっ、詳しいんだね、麻未ってそういうこと」
ハムカツにソースを掛けながら、麻未のセリフに関心を示す眞理恵だった。
「ねえ。沙和音もまだ迷ってるみたいなところがあるけど、もう賽は投げられた訳だしさ、これからの恋愛ゲームをバージョンアップさせるためにも、頑張んないとさ」
「そうだね。麻未さんの言うとおり、弱音を吐かないで頑張ってみるよ。今のステージをクリアーしないと次のステージには進んでいかない訳だし…」
沙和音はそう言ってから、から揚げを口に頬張った。
「結果を恐れることなかれ、沙和音が正義だって裁判官にもきっと伝わるって」
麻未の言葉に、理奈も同じことを言っていたことを沙和音はふっと、思い浮かべた。
「とにかくさぁ、私たちもできることは沙和音ちゃんに協力するから。ねぇーっ、麻未ちゃん…」
真ん中に置かれた、刺身三点盛りの真鯛を口に運んで、麻未に同調を促すようにいう眞理恵だった。
「うん、ありがとう。2人の応援があるから私も何かと心強いよ」
「ネバーギブアップの精神よ。私なんとなくだけど好きだな、この言葉」
「そうそう。ネバーギブアップよ!」
から揚げに添えられているポテトフライを口に含んで、眞理恵は言った。
「あなたわね、食べるか話すかどっちか一つにしなさいよ。飲んで食べて、しゃべってって、たっく忙しい人なんだから」
麻未が呆れるように言うと、沙和音と麻未は眞理恵の顔の方向へ、笑いを噴出した。
「でも、まあーっ、これからの沙和音の奮闘を讃えて乾杯と行こうよ」
麻未がウーロンハイのジョッキを掲げると、それに沙和音と眞理恵はサワージョッキを軽く重ねた。
金曜の終末で賑わう居酒屋の一角に、カチャーンと軽く三つのジョッキグラスの音色が木霊した。
「そういえばさーぁ、この間、4時間の深残を頼まれて仕事が終わる前頃の時間になってさ、川住部長が、帰りに一緒に食事でもして行くっかて聞いてきたのよ」
眞理恵が話題を変えて、自惚れ気味の表情を醸し出した。
驚いた沙和音は思わず「えっ!それで眞理恵さんは、川住部長と食事したんですか?」と、眼を見開いて眞理恵に訊いた。
「しないわよ。母が帰りを待ってるのでまた時間があるときにでもって言ったけど、私の本心はこの人とは、ゴメンだわって感じだからさ」
「それはもったいないな。私なら、OKだったのにな」
「えっ!麻未さんは、川住部長みたいな男性がタイプ派なんですか?」
沙和音はさらに驚いて、麻未に訊いた。その問いに麻未は、ウーロンハイを含んだ口で笑を堪えた。
「そうじゃないて。ああ言うプレジデントを気取った中年の男ってさ、見栄っ張りなところがあるから、奢らすだけ奢らして、その後は一礼してさっさと帰ればいいのよ」
麻未は、悪戯な笑みを浮かべながら、唇にタバコを挿して火を点けた。
「でもさ、その後で、川住部長が強引に麻未を口説いてきたら、どうするの?」
「そうねーぇ。その時は、男女恋愛法で婚姻している相手との恋愛は禁止しているから、離婚して独身になってから、恋人契約に違反した場合は一千万円を払うって契約書に書いてねって、逆に迫っちゃうかもね」
麻未のとんでもない発想に、沙和音と眞理恵は顔を見合わせて、笑いを噴出した。
「じゃーあさ、もしもよ相手がうちらの課の戸田係長だったら、どうする?」
眞理恵が苦笑を堪える口元を押さえながら、麻未に訊いた。
「あんなのは問題外よ。何だかさ陰険で根が暗そうだしさ、女を口説く前にもっと出世しなって、言ってやるわよ」
「えっー、それってちょっと酷くないですか?」
「何言ってるのよ。今日は沙和音のための会なんだから、上司の悪口だって無礼講よ」
どっどっ、と爆笑する女三人の宴は尽きない。上司の悪口も時には酒の肴になり、明日からの仕事への活力になもなり得る。だから、社会で働く者ならではの会話として成立する。
麻未は決して会社の上司や、他の社員の悪口を言う性格ではない。沙和音も眞理恵もそれを知っているから、麻未のセリフには悪意が感じられなかった。
だからこそ、麻未の創作話術に面白味を持たせるし、そこに麻未らしい、ちょっと姉御肌の可愛らしさが光っている。
そこそこ居酒屋の酒で、ほろ酔い気分が出来上がった女三人は、お決まりのように二次会のカラオケ店へと流れて来た。
カラオケ店の化粧室で、沙和音はスマホを取出したした。メールが何件か届いているようだ。メールボックスを開き、チェクすると「郵便物追跡サービス」のメールが届いていた。
月曜日のお昼時間を利用して、郵便局本局から良真宛てに送った内容証明が受取人本人に届けられ、配達を完了したとのメール内容だった。
沙和音は、化粧台の鏡に映る自分の顔を眺めた。ホットしたのと同時に、複雑な表情をした自分が鏡の向こうに映ている。
化粧台に両手を付いて自分の顔と睨めっこした。自分で言うのも何だけと、お酒で赤く染まった酷い顔をしているねっ、と誰にともなく沙和音は呟いた。
カラオケルームに戻ると、溜まりに溜まった日頃の鬱憤を晴らすかのような声で、眞理恵が「LOVE・LOVE・LOVE」を熱唱していた。言わずとも知れた、DREAMS・COME・TRUEの名曲だ。
小さい拍手をしながら、沙和音は麻未の左側に座った。麻未の右側に眞理恵がいる。
「大丈夫?楽しんでる?」
「うん。お2人の御かげで、楽しんでますよ」
「よっし!じゃあ、みんなでこの曲を歌うよ」
そう言って、麻未はマイクを沙和音に渡した。
歌い終わったばかりの眞理恵が、ピーチサワーを煽りながら、カルボナーラを啜っいる。曲のイントロが流れ出した。
眞理恵はフォークに絡まっいるカルボナーラを置いて、急いでマイクを握り絞めた。
「さあ、沙和音も歌うよ」と言って、麻未が沙和音の首筋の背後から左腕を回して、右肩を軽く叩いた。
沙和音は少し遅れてから、麻未と眞理恵の声に揃えて歌い出した。流れている曲は「負けないで」だった。
今でも応援ソングの定番ともいえる、ZARDの伝説的名曲だ。
「ガンバレー沙和音っ!ガンバレガンバレ沙和音ーぇ!負けるな負けるな沙和音ーぇ!」
かなり酔っているのか、曲の合間にエコーを響かせて眞理恵が、これから先に持っているであろう元彼との法廷対決の健闘を讃えて、沙和音に向かって励ましの声援を贈った。
大丈夫かな?と、ちょっと心配になって麻未に顔を向けると、平気平気これくらい心配いらないっと、左手を左右に大きく振って、苦笑気味に笑っている。
男なんていなくても、女三人でもそれなりに楽しいし、素晴らしい友に励まされている自分は恵まれてといると、沙和音は思った。
負けないでもう少し―――――
最後まで走りぬっけて――――――
どんなに離れてても――――――
心はそばにいるわ――――――
追いかけて遥かな夢を――――――
三人で元気よく、声を揃えて合唱した。三人で拍手喝采をした。麻未が立ち上がった。
麻未に攣られて、眞理恵が立ち上がり続いて沙和音も立ち上がった。マイクを握りしめて、最後のパートを三人で力強く熱唱した。
繰り返されるメロディーに、三人でハイタッチしてから繰り返しの熱唱を続けた。
こうして、女三人の宴は深々と更けていくのだった。
始発の時間まで、ネットカフェで時間を潰して麻未と眞理恵と別れた。疲れた身体を引き摺るように自分の部屋へ辿り着くと、即座に部屋着に着替えて、冷蔵庫からペットボトルのミネラル水を一本持ってベッドに潜り込んだ。
脱ぎ散らかした衣類の片付けを後回しにして、ベッドの中でミネラル水を一口含んで、そのまま沙和音は眠り込んだ。
カーテンの隙間から外の日が差し込んでいる。深い眠りから眼を覚ましてベッドの上で、ぼーっとしていると、ローテーブルの上に置いていたスマホが着信音を奏でた。
上半身だけ起こして、手を伸ばしてスマホを取り上げた。
ディスプレイに表示された発信者を見ると、良真だった。内容証明が届いたので、そのことだろうと思い、電話に出ても癪に触るだけなので沙和音は無視した。
留守録にメッセージが吹き込まれる表示画面に切り替わった。電話が切れてから、ちょっと苛っとした数分間が流れた。
躊躇いながらも、留守録のメッセージを再生した。
《…お前さーあ。マジなわけ?こんな内容証明なんか送り付けて来てさ…俺たちってさ、恋人契約を交わしてたっけかな?そんなのしてないぜ。お金だって、結局はさ、お前が勝手に出してきたんだし、俺には関係ないってーの。裁判でも何でもできるなら勝手にやってくれっての…ほんじゃーあーなー…》
スマホの液晶部分を睨みつけていると、メラメラっと良真に対する私怨の思いが腹の底から込み上がってきた。何か言い返さないと、沙和音の気が収まらない。
着信履歴を表示させて、「電話をかける」をタップした。鳴り響くコール音さえもどかしく感じる。やはり出ないか…思ったところが、留守録に繋がった。
「…この大バカヤロ―――ォー!お前なんか死んでこの世から消えて無くなってしまえーぇっー!…」
声を振り絞って吐き捨てると、怒涛の如く押し寄せてくる怒気に任せて、電話を切った。
朦朧とする意識の中で、何が何でも私は勝つ。私の恋愛ゲームは私の手でクリアーさせるんだ。新しい恋愛ステージに次の駒を進めるために、あんな奴には負けられないっと、自分の胸にさらなる強い誓いを込めた。
涙が溢れて来た。泣くのはこれが最後。沙和音は決意を改にして、抱きしめた枕に顔を沈めた。
負けないでほらそこに――――――
ゴールは近づいてる――――――
どんなに離れてても心はそばにいるわ――――――
感じてね見つめる瞳――――――
麻未と眞理恵の声援が聞こえて来るかのように、カラオケで一緒に歌った歌詞が沙和音の脳裏で再生されて、何度も同じパートの歌詞だけを繰り返し続けた。
次回第6話は、沙和音が本格的に法律と向き合って様々な壁にぶつかっりながらも、邁進していく様子を描いて行きます。
少しづつですが、ストーリの進行にスピードアップを図って行きますので、これからも読者諸氏の温かい眼で応援していただければ、著者としても幸いです。
著者のさらなる言い訳として、これから年末・年始にかけては本ストーリの設定と進行上からも都合の良いシーズンであり、最終話をお届けする頃ともストーリ的にマッチする季節柄となり、読者諸氏におかれましても主人公沙和音の気持ちに感情移入がしやすくなるのかなと思います。
では、第6話は10月末日頃にはアップできるように著者もこれから、日々奮闘をいたします。