第3話・悩める沙和音ー勇気をもらう。
始めに、著者より。
予定より大幅に遅れましたが、第3話をお届けします。
PCトラブルと、ストーリーの修正をしていた関係で、第3話のアップが遅れました。
試行錯誤しながらも、沙和音が自分を信じて法律と言う壁を乗り越えて行く姿を、著者なりに描いて行きたいと思います。
これから、もっと成長していく主人公、沙和音にご期待いただければ、幸いです。
なお、本ストーリは後日、訂正・加筆いたします。
JR桜木町駅と市営地下鉄桜木町駅を通り過ぎ、野毛坂の方向へ向かうと中央図書館がある。
会社の帰りに図書館に来たのは、久しぶりだった。
現在の会社に入社した頃に、パソコン学習に必要な図書を借りたことが何度かあった。
目的のフロアーにある法律コーナーの書棚を眺めて、沙和音は思わず驚いた。
あまりというか、全く縁のなかった法律書の数々。
六法全書を始め、刑法や民法、果てはあまり聞いたことのない家族法や会社法と表題された分厚い本が、書籍ごとに並べられている。
きょろきょろと、本棚を見回しながらうろついた。背表紙をあれこれと一瞥していると「男女恋愛法」とタイトルに冠された本が数冊並べられていた。
その中で「実務・男女恋愛法」と題された本を引き抜いて、手の感覚で数ページ目を開いた。
始めて触れた法律書の中身に眼を通すと、ページを捲るたびに難しい言葉や用語で、埋め尽くされている。
沙和音は呆然としてしたように思わず両手の平で、本を閉じて本棚に戻した。
さらに、幾冊かの本を眺めていると「やさしく解説・女性のための男女恋愛法」と題された本に眼を止め、その本を引き抜いた。
目次を見て、気になった箇所のページを開いて斜め読みにしながら眼を通した。
所々に自分なりに頷く箇所があり、他のページを、ざっと斜め読みで黙読した。
図解などで解説されているマニュアル的書籍のようだが、今の沙和音にはこれで十分だと思えた。
沙和音は自動貸し出し機でその本を借りて、出口に向かった。
図書館を出て表入口側にあるベンチに腰を掛けた。
少し何かに焦燥するかのような思いが、沙和音の思考に駆け巡った。時刻は18時30分を回っている。
コートからスマートホンを取り出して、見つめた。
こんな時間に電話して大丈夫なのか。既に業務は終了しているかも知れない。明日にしようか。今から電話してみて、もしも繋がらなかったら明日にしよう。
スマホのアドレス帳から、目的の電話番号を表示させて発信をタップした。
呼出音が数回コールされてから、相手の声が沙和音の耳元に届いた。
《はいもしもし。冬樹法律事務所です》
電話は繋がった。相手の声に沙和音は安堵感と同時に、私を助けてと心の中で呟いた。
午後12時丁度に会社を飛び出して、JR桜木町駅から電車に乗って、関内駅で下車し、横浜スタジアムの方向へ足を向けた。
そう言えば、良真と付き合いだした頃、根岸線に乗って石川町駅から中華街に行き、食事をして、夜の山下公園を散歩したりしながら、二人で目的を失ったかのようにぶらぶらと歩いて、横浜公園に辿り着いきベンチに座って横浜スタジアムを眺めたことがあった。
ナイターが行われていたのか、煌々とスタジアムを照らすライトと歓声が横浜の街に溶け込んでいた。
2人で汗を拭きながら、ペットボトルのミネラルウォーターで喉を潤して、つかの間の夏の日々を楽しんだことを回想しながら、沙和音は歩いた。
予約時間は、午後1時ジャストからだったので、少し時間的余裕があり、横公園で時間調整のための小休止をすることにした。
空いたベンチに座って、隣接する横浜スタジアムを眺めていると何だか懐かしくも思え、あれから途轍もない時間が、過ぎ去ったかのように感じる。
子供たちの笑い声が聞こえる。主婦たちが挨拶を交わしたり、立ち話をしている。お弁当を広げている人たちがいる。老夫婦が日向ぼっこをするかのようにベンチに座って微笑み合っている。女の子が2人で談笑しながら歩いている。カメラを持って風景を撮影している人がいる。
昼間の横浜公園はこんなにも、様々な来園者で賑わっているのか。
そう言えば以前、良真と来たときは夜だったので気付かなかったが、この付近には区役所や裁判所、神奈川県庁などの官公署が多く軒を連ねていることをスマホでグーグル地図を眺めていて、始めて沙和音は知った。
相談時間に1時間費やすとして、2時に終える。電車などの待ち時間の多少のロスタイムを考慮しても、3時前には会社に戻れると沙和音は計算していた。
会社には私用での外出許可を得ていたが、その分の時間を残業で埋め合わせすることになっている。
先日、図書館で借りた「やさしく解説・女性のための男女恋愛法」を何度か読み返して、浅学ながらも、男女恋愛法を理解した。
腕時計で時間を確認して、立ち上がり歩き始めた。市庁舎前の交差点を横断すると、事前に聞いていたビルは直ぐに見つかった。
ビル入口に掲示されたテナントごとのネームプレートで「冬樹ほのか法律事務所3F」と確認してから、再び腕時計に眼を遣り、1時前を指すのを見てエレベータに乗った。
インターホンを押すと、若い女性の声で返事が返ってきた。お入りくださいと言われて、ゆっくりとドアを引いた。
「先日、電話で予約した新堂ですが」
「法律相談でご予約の、新堂さんですね」
事務員だろうか、沙和音と然程変わらない女性が歩み寄ってきて、カウンター越しに会釈で応対してくれた。
「はい。よろしくお願いします」
沙和音も軽く頭を下げて、会釈した。
所定の用紙に記入を促され、住所・氏名・相談内容を簡潔に記入した。法律相談の料金説明を受けている間、沙和音はオフィス内を一瞥した。
所々に、生け花や観葉植物がレイアウトされていて、本棚には難しそうな本がズラリと並んでいる。
手元のカウンターの壁際には、病院の小児科のように愛らしい小さな人形が数体並んでいる。
そんなオフィス内は、まるで女性の職場を強調しているように沙和音には思えた。
衝立で仕切られた小部屋に案内され、奥に座ってお待ちくださいといわれ、ゆっくりとニ脚置かれている手前のチェアを引いて、静かに腰を下ろした。
白のテーブルの向こう側にも、二脚のチェアが並んでいる。
何だか、会社の採用試験か面接にでも来たかのような緊張感が、沙和音の胸を高鳴らした。
「今日は。お待たせしました」
一礼しながら、資料ファイルを胸で抱えた女性がチェアを引いた。沙和音は立ち上がって、よろしくお願いしますと言って、一礼を返した。
「どうぞお座りください。弁護士の冬樹です。よろしくお願いしますね」
沙和音の緊張を解き放すかのように、気さくな語り口の冬樹ほのかだった。
「それでと、相談内容は男女間のトラブルですね」
冬樹は姿勢を正し、テーブルに置いた資料ファイルの上で両手を軽く結んで、話の糸口を訊き出した。
「はい。付き合い出して1年半ほどの彼がいたんですが、それが先日、他に好きな女性がいるから別れて欲しいと、一方的に言われて……」
沙和音は初めての法律相談に、心許なかった。
「その彼は、他に好きになったとういう女性と現在も交際されているんですね」
「はい。本人の話では以前から私に隠して、付き合いをしていたようです」
「あなたと交際していたのに、その彼は浮気をしていたってことですね」
沙和音は頷いて、少し上目を使って冬樹の表情を窺った。
冬樹ほのかは、歳の頃は30歳を過ぎた辺りだろうか。自然に耳元を隠す程度のショートヘア―で纏めている。眼鏡の縁はピンクパープルで、キャリアウーマンを感じさせるチャコルグレーのスーツを十分に着こなしている。
ネットで見た写真より垢抜けているし、ピンクを基調にしたホームページからも、ピンク系の色が好きなんだろうと、余計なことが一瞬、沙和音の思考に過った。
「はい。それで私は彼に騙されていたって気付いて、それでどう考えてもてっか、どうしても許せないんです。彼の事が・・・」
沙和音は思い切って、今の自分の本音を冬樹に話した。
「状況的にはよくあるケースなんたですが、その彼と付き合う際、つまり真剣に交際するってことを守るための遵守事項を書いた、恋人契約書は交わされましたか」
冬樹は視点を衝くように、恋人契約書の有無について訊いた。その表情はいたって穏やかだが、鋭い目線を沙和音に向けている。
「いえ。それはしていません」
沙和音は少し項垂れるように、冬樹の視線を外してテーブルに目線を落とした。
「それでは、その彼と知り合って付き合い出すまで、どのような切っ掛けからの事由があって、恋人と言えるまでに至ったのですか」
冬樹は、男女間のトラブルの一つ一つの経緯を分析するかのように、沙和音に発問した。
「彼とは高校が同じで同級生なんです。当時は彼のことはあまり知らなかったんですが、二〇歳の時に成人を祝って意味もあって、同窓会があったんです。そしたら、その後に、私と付き合いたいって言ってる人がているからって、連絡先教えてもいいかって高校生の頃から仲の良かった女の子から言われて、それで名前を聞いてみたら彼のことだったので、その時は男友達の1人としてならって、そしたら・・・」
沙和音は、当時からの良真との続きを話そうとしたものの、冬樹はそれを遮った。
「はい分かりました。あなたの方は本気でって気持ちもあって、彼に真剣な交際を望んでいたのですね」
「はい。最初は男友達の1人って感じもあったんですが、彼がなんとなくで俺を見ないで、男としてしっかりとこれからも付いてきて欲しいって告白されて、それで徐々に彼に惹かれたっていうか、真面目に付き合って行こうって思うようになって・・・」
沙和音は想いを巡らせるように、過去の記憶を頭の中に蘇らせた。
「そうですか。彼とは結婚の約束とかはされていましたか」
「いえ。具体的な約束はしていません。ただ、将来結婚できたらなって話したこと位はあります」
振り絞るかのような声で、精一杯の答えを発する。
「そうですか。では、立ち入ったことをお訊きしますが、交際していた際に彼との性交渉はありましたか」
真剣な眼差しを沙和音に向けて、躊躇いなく訊く、冬樹ほのか。
弁護士という職務から問われた、その質問にまごつくように、沙和音は一瞬沈黙してから答えた。
「はい・・・・」
「そうですか。でも、大切な部分ですからもう少しお訊きしますが、初めて彼とそういう関係に発展したのは何時頃からですか」
さらに、冬樹は沙和音と良真の関係についての、実体性に迫る質問をする。
「初めて彼とそう言った関係になったのは、付き合い出して半年ぐらい経った辺りからです」
誰にも見られないプライバシィーを曝け出すような、恥ずかしさを我慢して沙和音は答えた。
「そうですか。最近、彼と別れる前は、何時頃に彼と性交がありましたか」
沙和音は、冬樹の手元を見つめていた。何故、そんなプライバシィーに関することまで何度も訊いてくるのか、冬樹の質問の意図が、釈然としなかった。
「彼と別れる、二ヵ月ちょっと位前です」
ゆっくりと息を吐いてから、重苦しい沈黙を破るように沙和音は言った。
「その後は、性的関係は持っていないということですか」
「はい・・・。彼も仕事が忙しいとかで、合う機会が減ってしまってからは一度も・・・・」
「それでは、交際中に彼から暴力を受けたことはありますか」
冬樹は質問を変えて、懸念を抱くように訊いた。
「それはありません」
沙和音は、軽いがぶりを振った。
事のあらましを訊き終えた冬樹は、幾つかの問題点を整理して法的言及を加えて話し出した。
「まず、あなたのケースですと、彼の誠実義務違反があるようですから、男女恋愛法に基づく慰謝料請求はできます。ただ、交際期間が1年半ほどと短期間ですし、恋人契約書を交わしていないので、あなたと彼が真剣に交際していた事実を証明する証拠が無いという問題点もあります」
「・・・・」
恋人契約書を交わしていないという、落ち度を衝かれ沙和音は、黙って頷いた。
「そこで、先程話されていましたが、彼があなたと付き合いたくて、あなたの連絡先を教えたと言うお友達に証人として、証明してもらうことも可能です」
冬樹のアドバイスに、再び沙和音は頷いた。
「彼と現在交際している女性に対しても、恋人関係を破局されたことについての慰謝料請求ができます。但し、その彼があなたと交際していることを隠して、つまり偽って、その女性と付き合っていたなら、その女性は単なる第三者的立場になりますから、慰謝料は請求できないことになります」
冬樹弁護士の一つ一つの言葉に頷きながら、その言葉を頭の中で復唱する沙和音だった。
「その女性は知っていたんでしょうか。あなたと彼が交際していた事実を」
「知らないと思います。私もその女性がどんな人かも知りませんし・・・」
冬樹の問いに、少し躊躇いと困惑を交えた表情を浮かべて、沙和音は答えた。
「そうですか。では、そうですねー。内容証明をご存じですか」
内容証明と言われて、沙和音は先日図書館で借りた本に、内容証明についての書き方がサンプルとして掲載されていたことを、思い出した。
「はい。えーっと、詳しくは分かりませんが、少し聞いたことはあります」
「では先ず、別れた彼に慰謝料を請求する内容証明を送ることから、始められたらいかがですか」
「慰謝料って、どれ位請求すれば良いんでしょうか・・・?」
慰謝料というのが、どれ位の額か妥当なのか、今一と判然としない沙和音だった。
「そうですねー。一概には何とも言えないのですが。交際期間が短期間とはいえ、彼と性交を伴なっていることと、他の女性と交際したいがために、一方的に交際を破局させたことなどを大まかに検討すると、20万円前後でしょうか。まあ、そうですね、慰謝料と言っても精神的苦痛に対して金銭的評価を加えたものですから、立証面から言っても多くの金額って言うのは、難しいんですよ」
理論的にも説得力のある冬樹の説明に、口を結んで何度も頷く沙和音。
そして躊躇いながらも、思い切って気になっていたことを訊いた。
「それと、彼にお金を貸しているんですが、返済を求めることってできますか・・・・?」
「金銭の貸し借りがあったんですか。幾ら貸しているのですか」
「5万円です・・・・」
「お金を貸している以外に、彼の借金の保証人とかにはなっていませんか」
沙和音は、軽くがぶりを振って「いえ。なっていません」と答えた。
「そう、安心しました。それで彼にお金を貸した際のに借用書などは作成していますか」
やはり、軽いがぶりを振って、「いえ。作っていません」としか、沙和音には答えようがなかった。
「でしょうね。多くの方がそうなんですが、お友達などの親しい方にお金を貸す場合、安易に借用書も作らずに貸すってことは、良くあることなんですよ。彼にお金を貸したことを証明するような物はありますか」
沙和音は戸惑った。良真は言っていた。お前が俺にお金を貸した証拠はないと。
「私の会社の近くの銀行から、彼の銀行口座に振り込んであげたんです。急だったものですから・・・」
「彼の口座に振り込んだなら、振り込みした際の明細書なりがあるんじゃないですか」
「はい。確か、探せばあると思います。捨ててはいませんから」
良真の言った言葉が、脳裏にチラついて悔し涙が零れそうになった。沙和音はハンカチを軽く眼に当てた。
「振り込み明細があれば、金銭の授受があった事の証拠にはなりますから、貸金の返済を求めることを、一緒に記載して内容証明で送ってみてください」
冬樹弁護士は、左手首に付けているセイコールキアの腕時計一瞥し、資料ファイルから冊子を引き抜いた。
「それでは、今後の対処方法について少し説明させてもらいますね」
テーブルの上で冊子を捲って、沙和音の前に差し向けた。
「先ず、相手の彼と話し合いで解決できれば一番最善な方法なんですが、やはり男女間の問題は話し合いが拗れる傾向が強いです。特にどんな紛争でも金銭が絡むと、なかなか話し合いは進展しません。そうすると、裁判所で解決を目指すことになるかなと思います」
目の前に置かれた冊子を見据えながら、沙和音は頭の中を整理して行く。
「民事調停や少額訴訟といった制度もありますので、後ほどこのパンフレットを差し上げますから、お読みになってください。そして、もし裁判に発展した場合は、裁判所は当事者の言い分を聞いた上で、和解を勧告したり、判決で紛争を解決していくって、流れになります」
冊子を指す冬樹弁護士の左手の指先には、薄いピンクネイルが艶めいている。その指先を眼で追いながら、刹那、胸中に「裁判・・・」という現実の言葉の響きに、やはり不安が湧いた。
「こう言った少額の事件は、簡易裁判所の扱いになりますから、本人訴訟でもできますしね」
「本人訴訟ですか・・・・」
図書館で借りた本にも書かれていたが、本人訴訟とは弁護士などの代理人に依頼すことなく、自らで訴訟を追行することだ。
「裁判・・・・つまりその、本人訴訟なんて、本当に私だけでもきるんでしょうか・・・・?」
沙和音は少し、考え込むように俯いた。
「本人訴訟をするのは、不安ですか?」
「はい。自分1人でってことにすごく不安で・・・・」
「誰でも最初は不安なものですよ。初めての経験や体験をするときって、誰でも緊張したりしますからね」
「・・・・ですよね」
沙和音は、冬樹弁護士の言っていることは理解できるももの、初めての法律問題をネガティブにしか考えられなかった。
「大丈夫です。簡易裁判所では、多くの方が本人訴訟をしていますし、元々が民事訴訟は、必ず弁護士などの代理人に依頼しなければならないとする制度を、採っていないんですよ。ですから弱気にならなくっても、必ずできますよ」
冬樹は、迷える表情の沙和音を見て、励ますために敢えて、少し強い口調で「大丈夫」と、言った。
「では、その彼とこれから先、話し合いが拗れて訴訟に発展しそうなら管轄の簡易裁判所に尋ねてみてください。訴状用紙なども備えられていることもありますし、手続き面について分からないことは、丁寧に教えていただけるはずですから」
沙和音は、はい。と答えながら自分の腕時計を一瞥した。
予定していた時刻の14時まで、まだ時間がある。
「その彼の住まいは、どちらなの」
冬樹は、相談の締めくくりとして、雑談調で訊いた。
「小田急線の、厚木の方に住んでます」
「それじゃ、厚木簡裁の管轄になりますね。その彼はお仕事はなされてますか」
「はい。自動車などの車両部品の製造メーカーに勤めてます」
「そうですか。ここまでで分からないことや、他に何か困っていることはありますか」
「いえ、特にはありません」
「大変かも知れませんが、頑張ってくださいね。簡単な内容でしたらホームページでも情報提供していますので、お気軽にご利用してください」
冬樹弁護士は、和やかな笑みを沙和音に向けた。
「はい。ありがとうございました」
沙和音は立ち上がって、冬樹に向かって軽い一礼を返した。
「女性という弱い立場って考えないで、ポジティブにご自分を見つめてください。新堂さん以外にもたくさんの女性が頑張ってますから」
冬樹は、相談時間の30分をオーバーした時間はサービスさせていただきますからと、会釈で言って、先程の女性事務員がカウンターで料金を受け取った。
ご苦労さまでしたと、冬樹弁護士と女性事務員から同時に言われ、領収書を受取った。
沙和音は再び、お礼の一礼を軽くして、冬樹弁護士と女性事務員に見送られ、冬樹ほのか法律事務所を後にした。
沙和音は冬樹弁護士に相談したことで、眼の前の暗礁が崩れて、前途に活路を見出した気持ちになった。
車窓に流れる過ぎるビル群を見送りながら、冬樹弁護士の言葉の一つ一つを反芻して、メモ帳に書き起こした。
内容証明を送る。本人訴訟についてもっと、調べる。不明な点は簡易裁判所に行って尋ねてみる。
私以外にも、たくさんの女性が頑張っている。
良真からの、理不尽な仕打ちに思い悩んだ是非の答えは、裁判所にある。
でも、本当に自分に裁判なんかできるのかという心許なさと、とめどもない不安感が沙和音の胸を締め付けた。
そんな困惑を打ち消すかのように、とにかく当たって砕けろだと、ギュッと両手を握り絞めた。
結果を恐れることなかれと、麻未も言っていた。
沙和音は、胸中に成竹ありと、腹の底からじわじわと士気を奮い高めたのだった。
弁護士・冬樹ほのかに全てを相談して、この勇気をもらった。
この思いに、後戻りはしない―――――
後悔をしたくないから―――――
きっと、やり遂げられるよ―――――
これからの幸せを掴むための、次のステップとして―――――
だから、大丈夫――――
もっと、自分自身を信じることが、今はとても大切なことだから―――――
第4話に、つづく。
次回予告として、いよいよ良真との法廷対決に向かって準備を進めて行く、沙和音のこれからを描いて行きます。
次話は、7月中にはアップ予定ですが遅筆な著者故に、読者諸氏におかれましては、気長にお待ちください。
できる限り、早期に第4話をお届けできるよう、著者も頑張ります。