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男女恋愛法  作者: hiroki.is
2/14

第2話・揺れる沙和音-Jupiter(ジュピター)を口ずさむ。

はじめに著者より、予定より大幅にアップが遅くなりましたが、第2話をお届けします。

次話のアップも、2ヵ月後の5月頃になる予定ですが読者諸氏におかれましては、今後も気長にお待ちください。


主人公の沙和音がいろんな思いに交差しながらも、沙和音の揺れる気持ちを著者なりに描いてみました。

まだ、主人公の沙和音をどうキャラとして動かすかを思考錯誤していますが、中途半端の未完成作品で終わることなく、本年12月の最終話のアップを目指します。

これからの沙和音の行方に、ご期待いただければ著者としては幸いです。

 何時の間にか、まどろんでいたようだ。

 天井からぼんやりと灯りが映えり、テレビからは雑音としか言いようのない音声が流れている。沙和音はテレビをオフにして、パソコンディスクの椅子に座り、ノートパソコンを立ち上げた。インターネット上の幾つかのサイトを何気に傍観してから、検索エンジンに「男女恋愛法」と、キーワードを書き込み検索を開始した。

 かなりの数のサイトが検索結果にヒットして、パソコンの画面をぼんやりと眺めた。

 幾つかのサイトを眺めていると『女性の視点からの法律サポート・男女恋愛法相談事例・冬樹ふゆきほのか法律事務所』とのサイト表示の文字を眼に止め、右手のマウスをクリックしてそのサイトを開いた。

 ホームページには、弁護士・冬樹ほのかの簡単なプロフィールと主たる弁護士としての取り扱い業務が紹介されており、楕円形状の中には眼鏡を掛けて優しく微笑むような女性が写されている。さらにホームページ画面を下にスクロールすると、男女恋愛法に関する相談事例が解説されていた。相談内容はまちまちだが、恋人契約をした女性から浮気をした男性の対処方法についての相談内容が多いようだ。

法律相談の料金は、30分を一つの基準単位枠として5000円(税抜き)、事務所までのアクセスは、JR根岸線・関内駅から徒歩約5分。

 沙和音の勤める会社がJR桜木町駅から、みなとみらいの方角に徒歩7分程で、JR関内駅は1つ向こうの駅になる。

 沙和音は、ホームページに記載されている電話番号を、自分のスマートホンの電話帳に登録した。同時にスマートホンの電話帳サポートには、「冬樹ほのか法律事務所」の住所とホームページURLが自動登録された。

パソコンの時計表示が午前1時を回っているのを見て、ウインドーを全て閉じて電源をシャットダウンした。

 30分程のまどろみから覚めて、1時間ほどのパソコン作業を終えると身体をブルッと震わせ、両腕を掴んで身を丸めながら、ベッドに潜り込んだ。

 身体はすっかり冷めきっていて、布団の温もりが沙和音の身体を暖めた。

 部屋の中が冷えきっていることさえ忘れて、良真との別れに対する今後の傾向と対策を考えていたことを、自分自身ではっきりと認識した。


 天井のシーリングライトとフロアーライトを消そうか―――――――――

 いや、このまま眠ろう―――――――

 だって、全てのライトを消すと心まで暗くなりそうな気分だから――――――

 今日、暗い気持ちを引き摺って帰ってきた自分が嫌だから―――――――

 今日は、消したくないよ。この部屋の明るさを―――――――――――

 だって、自分の素直な気持ちを闇の中に嘘で隠すのは、嫌だから―――――――

 多少の事柄で元気をなくす、私は嫌いだから―――――――

 今日は、明るい場所で眠りたい気分だから―――――

 朝になると、何時もの明るい自分でいたいから――――――

 そう。明るい欠片のある心の方を、大切にしよう――――――

 徐々に、沙和音の思考が鈍くなって行く。ゆっくりと重たくなった瞼を閉じると何故か涙が溢れてくる。それを手のひらで何度か拭ってから「明日の元気な沙和音におやすみ・・・」と呟いて、沙和音は深い眠り落ちたのだった。


 自宅最寄り駅のJR相模原駅から、沙和音の勤める会社がある桜木町駅までの通勤所要時間は約1時間ある。広告業界ではそこそこに名の知れた会社だ。

 もともと、キャッチコピーなどの作成や広告デザインの制作をやりたくて、短期大学在学中に生活デザインを学んで、卒業後に現在の会社に入社した。

 入社早々に、短大で学んだ生活デザインと広告で必要とされる商業デザインの違いに戸惑ったが、それは杞憂で終わり、研修後に配属されたのは一般事務職だった。

 普通のOLになるより、自分の才能を活かせるっと思ったデザイン系の仕事ををやりたいとの強いわだかまりは残されたが、女性にも活躍の場を与えているという職場環境が、沙和音のイメージした企業とピタリとマッチしたので、自分の希望職は早々と諦めた。

 短大卒の入社なんて、所詮は花嫁修業と言われたくなかったし、美大のデザイン科で学ぶほどの実力もないと割り切れば、憧れだけのクリエイティブな仕事より、今の一般事務職でも文句を言える立場ではないと自覚している。

 本音を言えば、就活に苦労するより目の前の仕事が欲しかった。それに、自分自身にクリエイティブな仕事をこなすだけの才能があるとも、到底に思えなかった。

 自分の才能に対する自惚れや、考えが甘かった。憧れだけでは、豊富な才能を有する人とは同じ土俵には上がれないのが現実だった。

 欲張らなくとも、今の仕事だって十分に楽しいし、働ける喜びに感謝している。

「新藤くん・・・」

 沙和音の背後から咳払いをしながら発する声が、耳に届いた。

 しまった―――。と思ったが、後ろを振り向くとやはり係長の戸田とだが辛辣めいた声で言った。

「手が動いていないようだが、遊んでいちゃーあ、困るんだがな」

「あっ。すいません」

 沙和音は、手元にある書類に目を戻し、右指に持ったペンに力を込めて握り直した。

「しっかりしてくれよ・・・」

 そんな小言をぼそりっと言うと、戸田は自席に付いた。その小言を左ディスクにいる貴水眞理恵きみずまりえは聞いたので、沙和音に声を掛けた。

「どうしたの?体調でも崩した?だいじょうぶ・・・」

「いえ。何でもないですから・・・」

 眞理恵は、沙和音の1年先輩だ。仕事も分からないことは眞理恵から教わる。

「彼のことでも考えてた・・・?」

 眞理恵はちょっとにやけて、沙和音に囁いた。

「そんなんじゃあ、ないですよ」

 沙和音はドキッとした。その動揺を隠すような沙和音のしぐさに、眞理恵はフッフッとからかう様な薄い笑いを沙和音に向けた。

「そう。じゃあ、もう少しでお昼だから、頑張りましょう」

「はい」と頷いて、沙和音は眞理恵に軽い一瞥をして返事をした。

 でも、やはり集中力を欠いて沙和音の気持ちは上の空になってしまい「男女恋愛法」と、反芻して頭をもたげる。

 私は、男女恋愛法に何を求め、何をしたいのだろうか。昨日感じたインスピレーションとは裏腹に、男女恋愛法には難しい問題が山積みされているような気がする。

その難題を解決するには、昨夜調べた「冬樹ほのか法律事務所」を訪ねてみるしかないように思う。

 それより何より、今まで人を訴えるとか裁判だとか、そんな大それたことは頓と無縁だったので、何から始めればいいのか皆目検討が付かないし、今一つ沙和音の脳裏にはピンと来ないのだった。


「沙和音ってば・・・」

 はい。と言って沙和音は眞理恵の方へ顔を向けたが、眞理恵は顎を手の上に置いて肩肘をディスクに付けたままの姿勢で、沙和音を見ていた。

「違うよ。後ろ。もうお昼の時間になってるし、何を先っからぼんやりしてるのかな?」

 眞理恵が沙和音の後ろの方を指すように、少し顎を杓子し上げた。

「あっ!麻未あさみさん。ゴメン。お昼の時間よね。もう・・・」

 沙和音の背後には、清海きようみ麻未が両手を組んで訝るような表情でホッペを少し膨らまして沙和音を見ていた。

「もうー。何をボンヤリと机の上を見つめているのよ?楽しみなランチの時間よりも楽しいことでも考えてた?」

「いえ。そのーお、まあ、ちょっと・・・あっ、やだー!何でもないですよ。ないから・・・」

 沙和音はその場を取り繕うかのように、手元の書類を取り上げてトントン叩いて机上に置き直した。

「どうした。何かあった?」

 麻未が思案顔を作り、沙和音に訊いた。

「この子ったら、今日は何だかこんな調子なのよ。先も、係長に遊んでちゃあ困るって言われてたれしさ」

「ランチタイムは労働者に与えられた少ない権利なんだから、無駄に使っちゃ損でしょうに。ねーぇ、眞理恵」

 麻未の言葉に、眞理恵は頷いた。麻未は沙和音の眼にアイコンタクトを送るような一瞥を投げた。

「何でもないってば。それよりお昼お昼。さあー、早く行きましょうよ・・・」

 麻未と眞理恵に交互に顔を振って、苦笑するようにその場をしのぐ沙和音だった。

「そう。じゃあ、本日はシーフードスパゲティーのランチセット750円でいかかでしょうか」

 麻未のチャキチャキとした明るい性格とユーモラスな言葉遣いが、翳りのある沙和音の心の中を和ませた。麻未とは同期入社なのだが、麻未は4年生大学を卒業しているので短大卒の沙和音よりは、2歳年上になる。

 沙和音は麻未の案内に従うように、眞理恵と三人で昼食のために会社を出た。


 麻未の推奨したランチは、確かに美味しかった。

 ランチ後に天気の良い日は、会社のある近くの小さな公園で過ごすのも会社出勤における行事の1つになっている。

 麻未が細長いメンソール系のタバコに火を点けて、ゆっくりと紫煙を空の方へと舞い上がらせた。その紫煙を何気に眼で追いながら眺めて、小さなため息を沙和音が吐いた。

「どうしたのよ?ため息なんか吐いちゃってさ。何かおかしいよ。先からの沙和音ってば」

 立ちながらタバコを右手に持つ麻未が、角筒形の灰皿が立てられている向こう側のベンチに眞理恵と座っている沙和音に訊ねた。

「本当に変よ。今日の沙和音ちゃんって」

 眞理恵も、麻未の問いに同調するかのように沙和音に向かって言った。

「別になんでも・・・」

 沙和音は、麻未から目線をやや下に逸らして答えた。

「心配事があるんなら、話してごらんなさいよ。私たちの仲なんだし」

「うん。でも・・・」

 曖昧なしぐさで、麻未の問いを交わそうとする沙和音だった。

「やっぱり、男の事でしょう?」

「男って、何を下衆げすなことを言ってるのよあなたは。でも、そうなの?沙和音」

 沙和音の心配事を案ずるように、真剣な表情を麻未は作って言った。少し迷いながら、困惑の表情を浮かべながら、意を決したかのように「うん・・・」と、沙和音は頷いた。

「実は、別れたのよ。彼と・・・昨日・・・」

「そうなんだ。で、彼の方には沙和音から別れたいって話をしたの?」

 麻未は、ポーチから携帯灰皿を取り出してそこに消したタバコの吸い殻を入れた。

「ううん。向こうから話をされたの。他に本気で好きな人と付き合っているって」

 沙和音は漸く、それだけを麻未の問いに返した。

「まあー。酷い人ね。その彼って」

「で、どうしたいの沙和音は?これから」

 麻未は沙和音の方へ一歩前へ歩み寄って、訊いた。

「私なら絶対に訴えてやるーう!」

「あなたには訊いてないのよ」

 語気を荒げる眞理恵を軽く流して、沙和音の肩に軽く手を乗せて心境を訊こうとする麻未だった。

「うん。私も訴えたいと思って迷っているんだけど、どうしたらいいのか自分でも分らなくって・・・」

「でも、訴えるたって、口で言うほど簡単な話じゃないし、本当にそうしたいの沙和音は」

「昨日ね、ネットで調べてみたんだけど・・・弁護士事務所。そこに相談に行って見ようかと思ってるの・・・」

 思い詰めた表情で麻未を見て自分の気持ちを言った後に、沙和音は口元を結び直すように下唇を噛んだ。

「沙和音がそうしたいなら、それは沙和音の気持ちを尊重するけど、でも私的には何だか関心しないな。そういうのって」

「どうしてー。沙和音ちゃんは傷ついてんだから、当然じゃあないのかな?」

 眞理恵が沙和音にバトンを受けたように、麻未に代弁を述べた。

「だってね。私はそんなことより新しい恋をして、さっさと吹っ切った方が良いと思うな。て言うかさ、私的には何か違うような気がするのよ、それは」

「でも、それじゃあ男女恋愛法って言うのは何のためにあるのか、これは何のための法律だろうってついつい考えちゃって・・・」

 否定的な立場なことを言う麻未に、思案顔を向けて呟く沙和音だった。

「そりゃあね。そんな法律もあるけど、結局は男と女の恋愛なんてゲーム的要素が強いと思うのよ。そのゲームに負けたらリセットして、また新たなゲームを開始すればいいっていうか、新しいチャンスを与えられたって言う気がするな。私は」

 麻未は、ペットボトルのお茶を少し口に含んで喉を潤わせながら、続けて言った。

「でも、問題は何処でそのゲームが終わるかって方なのよ」

 疑問符を置くように、麻未は言った。

「何処って、どういうこと?」

 眞理恵が疑義を質すように、麻未に訊いた。その言葉に同調するかのように沙和音は頷き、麻未の次の言葉を待った。

「つまりね。その元彼を訴えるか訴えないかは沙和音の自由だけど、それも恋愛ゲームの1つとして勝たないと意味がないじゃあない。負けてごらんよ。それこそ悲惨じゃあないの」

 麻未は、揺れる沙和音の心の的を射ったように、淡々と自分の恋愛論を言った。

「そっか。そうだよね。訴えるってことは相手の男には負けちゃあいけないんだ。沙和音ちゃん、大変なことよ。それって」

「・・・・・」

 沙和音は、麻未の意見に肯定的なこと言う眞理恵に、何も言い返せなかった。

「でも、勝てば良いんだよね」

 麻未の意見を肯定しながらも、短絡的な言葉を発する眞理恵だった。

「でも、勝つていうか、そう言うことだけで全てが割り切れるってもんじゃないのが恋愛ゲームよ。紆余曲折があるからこそ恋愛は面白いって私は思うし、その中には当然喜怒哀楽が雑じって存在するし、だからこそ夢中になるのよ。恋愛ってゲームにね。私的にはだけど」

 麻未のいう事を虚無的心境で受け止めながら、沙和音は「そうかな・・・」と呟いた。

「じゃあさ、麻未ちゃんが沙和音ちゃんの立場だったら、相手の男を絶対に訴えたりってしないわけ?」

「そんなこと言ってないわよ。男に弄ばれたってなら訴えれば良いんじゃないの」

「そうよね。結婚を誓いあった中ならともかく、そうじゃあなければ何人の異性と付き合おうが恋愛の本質は自由なんだし」

「そう。そこなのよ。眞理恵さんが言うように付き合ってるってだけで1人の異性に束縛されるってのもどうかなって思うし、ただの友達って言うのもありだしさ」

「そうそう。恋人はいるけど、ただの友達が恋人以上に変わる瞬間もあり得るよね」

「でも、友達は所詮は友達だから、恋人のテリトリーに入れちゃあいけないけどね」

 沙和音は、麻未と眞理恵の板挟みになった気持ちでいた。

「眞理恵さんの言う何人の異性と付き合うかって言うのは別にしても、何人かの異性と付き合って、その中から最高の男をゲットしたらゴールよ。付き合っている時って男も女も一緒になって楽しい思い出を作ろうとするじゃない。その思い出を訴えるってのも変な話じゃないのかな。男って言い方はやっぱり、何か下衆かもね?」

 麻未の恋愛観が垣間見れるような言葉だった。

「結局、思い出を壊すってことよね・・・」

 肩をすくめて、思念を崩すように呟く沙和音だった。


沙和音の思念していたこと―――――

それは個人個人の、恋愛の価値観の違いってことだろうか―――――――

やっぱり無理なことなのか、訴えるってことは―――――

つかの間の瞬間、三人の間に微かな沈黙が漂った。


「でもさあ、男の一方的都合で女を一方的に捨てる男って許せないよね。壊れて使えなくなったオモチャじゃないんだよ。女の方から言えばさ」

 そう言って会話を繋ぐ麻未は、沙和音の気持ちをフォローする言葉を忘れなかった。そして、麻未は沙和音の思いに言及する言葉をを付け加えた。

「好いことも悪いことも、全ては思い出になるのよ。何時かは。でも、浮気をした相手を訴えることって理不尽な事ではないと思うし。でも、それって沙和音の問題だから、その答えの良し悪しは沙和音自身がセレクトできるんじゃあないのかな。そうね、私たちって、法廷の柵の外の傍聴人かな。例えれば」

「うん。確かに私もそう思うよ。麻未さんと眞理恵さんの第三者としての意見が聞けて、とても楽になった気分。良かった話をして・・・」

「沙和音、元気出しなって。飲みに行こうよ近い内に。そしたらさ、スカッとするかも知れないしね」

 麻未は、沙和音の背中を軽く叩いて励ました。

「ありがとう。もう大丈夫だし」

 沙和音は、微笑を浮かべて麻未と沙和音の方へ軽く頷き返した。

「そうそう。嫌なことは飲んで忘れるのが一番よ!」

 眞理恵も意気込んで、沙和音の肩を軽く叩いて励ました。

「あなたは良いのよ。飲まなくったて、何時も元気なんだし」

 麻未が苦言を呈すように眞理恵に言うと、眞理恵はソッポを向いて膨れ面を作った。

「どうせ私は元気なだけが取り柄の、頑丈な女ですよーだ」

 眞理恵の拗ねた仕草に、沙和音と麻未は顔を見合わせて笑いを噴出した。自然的に笑うことで、沙和音は胸中にあったもやもやから解き放たれて、澄んだ笑顔を随分と取り戻していた。


 気分的に癒されると、午前中と違い午後からの仕事が捗った。沙和音は回付されてくる書類の誤字・脱字のチェックも順調に進んで、ほっと一息吐いた。

「どう、沙和音ちゃん。気分は?」

「はい。上々ですよ」

「そう良かった。その内にもっと気が晴れることも起こるって」

「そうですね。私も何かそんなことが起こることを期待しているのかも知れませんし」

「でもさあ。何かおかしくない、法律って?」

「えっ?どうしてですか。何でそんなこと思うんですか、眞理恵さんは」

「だってさ、結婚していると離婚する時って慰謝料とかって問題になるよね。婚約を破棄した一方もそうだし。だけど、結婚も婚約もしていなかったら慰謝料なんて問題にならないじゃない」

「だから、男女恋愛法があるんじゃないですか」

「そうなんだけどさ。結婚してても男と女。していなくったて男と女ってのは変わらないんだし。やっぱり変よね」

「それは、結婚していたりってなれば、お互いが法律的な責任を自覚しなければいけないってことじけゃあないのかな?」

「うーん。なにかこう、腑に落ちないのよね」

 両手を組みながら、首を捻って考えあぐねる眞理恵だった。沙和音も手元のペンを弄びながら思索してみるが、心の中では「男女恋愛法」と何度も繰り返し反芻していた。

「でも確かに良く分かんないな。法律ってどうなってるかって、あまり考えないし」

「でしょう。法律って弱い人の味方ってイメージだけど、結婚しているとかしていないとかって関係を問題にしている事自体がおかしいのよね。恋人契約をしていないってのも何だか釈然としない感じだしね」

結婚しているか否かそれ自体が問題ではないという眞理恵の提議に、一理あるかなっと沙和音は頷いた。

「キミたち。何の会議かな。おしゃべりが続いているようだが」

 眞理恵と沙和音の背後で、皮肉気味に言って小さく咳払いしたのは戸田だった。

「はーい。すいません」

 戸田を一瞥してから生返事をしたのは眞理恵だった。沙和音は眞理恵と顔を見合わせ罰の悪そう顔を作った。

「新藤さんも、集中力や注意力が怠慢しているようだがどうかしたのかな。今日は」

「いえ。そんなことはありません。気を付けます」

「貴水さんも、しっかりと頼むよ」

「はーい。分かりました」

 眞理恵は再び生返事を返した。戸田はゴッホンと咳払いをしてから外勤へと出かけた。沙和音と眞理恵は顔を見合わせて表情を崩し、苦笑を浮かべ合った。


 壁に掛けられた時計は、定時退社10分前を指していた。

 沙和音はチェアーに座ったままの姿勢で、少し背伸びをした。小さい深呼吸をしてから外勤から戻っていた戸田のディスクに向かった。

「係長。今日は定時で帰ってよろしいでしょうか」

「ああ、急ぐ仕事もないしかまわんよ。コンディションを整えて、明日の仕事には差支えないようにしてくれよ。今日みたいに体調不良を引きずられても困るのでね」

 戸田は素っ気なくいった。やはり周りから見れば、今日の私はベストの仕事はできていなかったようだと、沙和音は反省の弁を心の中で呟いた。

(今日の私はいたらない点があり、仕事がおざなりになってしまい、お詫びします。明日からの私は、また頑張ります)

 戸田に軽い一例をして自分のディスクに戻ると、眞理恵に小さく声を掛けた。

「今日は、定時で帰るね。今日は心配かけちゃってごめんね」

「いいのよそんなこと気にしなくたって。私は今日の分の仕事がまだ残ってるし」

 眞理恵は小さく右手を左右に振って、沙和音の言葉に相槌を打つように調子を合わせた。

 5時30分ちょうどに定時終業を告げるオルゴールが流れた。「Jupiter」だ。

 ちなみに始業開始には、ラジオ体操音楽終了と同時に「渚のアデリーヌ」のメロディーが流れる。終業を告げるメロディーは、「Jupiter」がヒットしてから、既存の先輩社員達の根強い意見が通ったと言うことらしいが、真相は謎に包まれているようだ。

 沙和音はディスクの上を整理して、机上ごとに割当てられているパソコンの電源をシャットダウンさせた。眞理恵に軽い会釈をして、各々にお先に失礼しますと言いながら自分の仕事エリア内である、オフィスを出た。

 特にこれと言って早く帰りたい理由があるわけではないが、理由がないわけでもない。何かそわそわ感みたいなのが、沙和音の心を急き立てるのだった。それに、仕事に対するポジテブさに、今日は欠けている。

「あ!沙和音、帰るんだ」

「うん。麻未さんはいつものとおり、2ですか」

「そう。今日やっておかないと明日にしわ寄せが来ちゃうしね。マーケティング部やらクリエイティブ部は帰宅時間が不規則じゃない。営業も。それにあいつら、遅れて出勤してくるじゃない」

 麻未は、不機嫌そうな顔を作って言った。男性社員を「あいつら」と呼ぶ麻未はちょっと、姉御肌の個性的性格をしている。

「そうね。麻未さんの部署って社外からの来客も多いですから、すごく大変って思います」

「たっく。やんなっちゃうよ。真面目な仕事人間なんて」

 今度は、苦笑気味に言った。その麻未の苦笑の中にある不満を、沙和音は宥めた。

「そんなこと言わないで頑張って。飲みに行く約束忘れないでくださいね」

「うん。沙和音に理由を付けて、本当は私が飲みたいんだけどね」

 沙和音と麻未は同時に微笑を作った。

「ねえ。悩んでいるよ自分の手でできることを大切にすべきよ。沙和音が自分自身を信じてるなら、その両手できっと掴めるよ。沙和音の求めているものがね」

 麻未は、沙和音の心の中に包まれた動揺心を触発させるように言った。それに沙和音は「うん」と小さく頷いて応えた。

「何事も体当たりでぶつかって、結果を恐れることなかれよ」

「そうする。麻未さんも後、2時間のお仕事頑張ってください。お先に失礼します」

 気軽な目礼を返した沙和音の後ろ姿を、麻未は見送った。

 沙和音は会社を出ると立ち止まって、自分の両手を見つめた。


この両手で、できること――――

Every Day I Listen to My Heart―――――


自分の両手を見ながら「Jupiter」の歌詞を、沙和音は思い浮かべて口ずさんだ。

自分でできること、沙和音は揺れる心に決断を下して立ち並ぶビル群の中を、歩き出した。


もう、昨夜の様にこの手のひらで悔し涙は拭わないから――――――

本ストーリの設定については、後日大幅に加筆・訂正することもありますのでご了承ください。

次話の予告として、沙和音は元恋人良真を訴える意思を固めるが、乗り越えなければならない法律の壁に行き詰まってしまう。

初めての法律問題に、沙和音はどう立ち向かっていくのだろうか・・・

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