僕の恋人
「出来た」
彼は満足げに筆を置くと、描き上げた物を僕に見せた。
真っ黒な紙に白い線で模様が描かれている。
「これは何の絵ですか?」
彼は、好きな物を好きなように描く。それは何かすぐに分かる絵もあれば、今回のように、教えてもらわなければわからない物もある。
前に、僕の目や口をかなりのアップで描いたこともある。その時も辛うじて目とか口だというのはわかっても、それが僕のものだっていうのは、教えてもらわなければわからなかった。その絵は、この家に飾られている。アトリエには目、寝室には口。少し照れる。その後、鏡を見ながら描いたと言って、彼は、自らの双眸を描いて、僕にくれた。自室に飾ってはいるけど、かなり気になる。正直、かなり恥ずかしい。でも、外したくないって思っている。
その、光の加減によっては金色に見える目が、僕をじっと見つめて、笑みを形作る。
「これは、蕎麦の絵だ」
「蕎麦?」
「そうさ。真っ黒い蕎麦の上に溶かしたゴルゴンゾーラチーズを、絞り袋に入れて、模様を描いた」
蕎麦にゴルゴンゾーラは合わない気がする。
「さっそく、夕飯に作ろう。そうとなったら買い出しだ」
「いや、それは何でも・・・・・・」
「心配すんなって。旨いはずだから」
彼はいそいそとコートを着込み、僕の作ったマフラーを巻いて、ポケットに財布とスマートフォンを突っ込む。
「だからお前は、安心してこれを出版社に届けてこい」
A4サイズの封筒を僕に渡す。これが、彼の仕事の成果。本の挿絵を描いている。僕は、そんな彼の担当。
この封筒の中は、さっきの絵とは違って、こちらから指定した通りの絵が入っている。仕事はきっちりとする男である。
「蕎麦にチーズは・・・・・・」
彼は僕の言葉を無視して、僕のコートとマフラー、鞄を持つと、僕を玄関に押していく。
「さっさと渡して、早く帰ってこいよ」
何を言っても無駄だと、僕は諦めて、コートを着る。鞄を受け取り、マフラーは彼が巻いてくれた。
「出来た」
満足そうに笑う彼に、僕は言う。
「行ってきます」
「あぁ」
彼は、そう言って扉を開けた。
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2時間後。
僕は食卓にいた。目の前には蕎麦。あの絵のように白い線が蕎麦の上に描かれている。と思う。麺の上では、紙のようにはいかず、所々線が途切れている。
白い線を見ると、あることに気がついた。
「これって、大根おろし?」
「そう。流石の俺でも本当にチーズは乗せないよ。何?信じてたの?可愛いなあ~」
彼はにやにやと笑っている。
恥ずかしい!
「照れてる顔、いいな。今度描こうかなでも、描くなら、やっぱ、ベッドの・・・・・・」
完全に、僕のことからかって遊んでいる。
「知りません!」
僕は、大声でそう言うと、蕎麦に箸をつけた。