不思議2.初々
それは、夏真っ盛りの事。
俺達は晴れやかな青空の下、初々しい青春を謳歌していた。
{小説家になろうとの重複投稿作品です}
まだ続くカンカン日照りに照らされ俺はここに立つ。
ここは花咲町の山の上の朽ち果てた神社がある場所・・ここが約束の場所。
7月17日
どんなに楽しい一日でも朝は生きる上で一番の敵だ。
「・・・ら・・て」何て言ってる?
俺は霧に包まれた森の中を走っていた。
足を前に前に出すたびに高揚し、気持ちが良いんだ。
だってどんなに走っても疲れも感じない。
疲れどころか走るほどに気持ちよくなっていってこのまま・・・そうこのまま飛べる!
そう心で願うと体は浮いていた。
浮いたとたんに、霧は晴れ青空が広がっていく。
俺は雲と同等の位置まで飛びポーズを取った。
両腕を前へ突き出し足を直立させる。
これがエルトラマンの飛ぶポーズだ。
「ほら・・て」どこからともなく聞こえる声。
「何て言ってんだ?良く聞こえねえぞ」
綺麗な女の人の声が微かに聞こえるが良く聞き取れない。
「はやく起きろ、コラッ!!」
「うわっ」ベッドから飛び起きると、お母さんが鬼の様な形相でベットの前で仁王立ちしていた。
幽霊よりも何よりも怖いのはお母さんなのだと悟った瞬間だ。
「ほら早く食べる!!」薄い目で下の階へ降りていくのだが、まだ少し鬼の香り残る顔がリビングの空気を悪くしていた。
投げる様に差し出した皿の上には焼かれたパンそして牛乳が置かれていた。
暑く冷たい空気の中、俺は即座に朝飯を平らげてランドセルを背負った。
「いってきまーす」靴を履きながら俺は言った。
蝶々結びというのは妙にいやらしい・・・まだ時々混乱する。
「あとちょっとで夏休み何だから踏ん張りなさいよー」
後ろから聞こえるお母さんの声に背中を押されながら俺は風の様に走った。
家を出る前の時計は7時半学校までは歩いて10分。
今日は久しぶりにゆっくり行けるのだが俺は風の気持ち良さに自然と走り回っていた。
ゆたりと腕を上げブーンブーンと飛行機走り。
「いやっほー」
俺は明日に叫ぶ。
早く来い明日!早く来い明日!・・念仏の様に唱えるのにはワケがある。
”夏休み”がやってくる!!!
○○○○
俺の一番嫌いな教科の一つ算数の時間は最悪だ。
俺はノートを書くフリをしながら落書きをしていた。
もちろん前のページには前の授業の時しっかり書いたページがカモフラージュとなりサボる俺を守ってくれる。
妄想にふけながらノートに集中していると頭に何かが当たった。
この感触はくちゃくちゃに丸めたノートの紙である。
床に落ちたその紙を見て周りを見渡すとホーミングミサイル淳平がこちらに笑顔を振りまいていた。
紙をひょいと拾い上げ中身を見ると
{最近何か楽しそうだな}
俺はそのメモを見て、ため息を吐いた。
この文面から察するにあいつは仲間に入れてくれオーラが全開。
不思議バスターズは定員オーバー、これ以上増やすことはできない、ここから俺と淳平の息も尽かさぬメモ攻防が幕を開けたのである。
{いつも通りだけど}
{なんかあの自転車屋に行ってるらしいじゃん}
{エーケーの知り合いだから行っただけだけど}
{入れろよ}
{何にだよ}
{何かにだよ}
{はあ?}
だんだん歪みを通り越し丸みを保てなくなったメモ紙の渡し合いは壮絶な合戦となり剛速球で寝ているピーキーの上を次々と通過していった。
{仲間に入れろってば}
{誰がお前何か入れるか}
{ずるいぞお前らばっかり}
{秘密なんだよ}
俺が投げると淳平はカンカンに怒りメモの攻防は幕引きとなった。
俺の勝ちだ・・俺は秘密を守ったんだ。
そりゃあそうだ俺は不思議バスターズのリーダー何だからな・・・・・
ストン!!!!!
気づいた時にはもう遅く、おでこにはチョークのマーキングが施されていた。
「隆!ノート提出してもらうぞー」先生は鬼の様な形相で黒板の前に立っていた。
この世界で二番目に怖い人が今日決まるとは何とも不幸で幸運な一日である。
今まで取ってなかったノート分も書いて提出する事になったからやっぱり不幸だ。
なんやかんやつまらない学校は終わり待ち遠しくてたまらない放課後、自然と俺の所へ集まってくるのはピーキーとエーケーだ。
「明子を迎えに行こう」そう言うエーケーはやる気に満ち溢れていた。
「何だお前いきなりやる気になってよ」俺は椅子にふんぞり返って言った。
「まぁまぁ早く行ってあげようよ」ピーキーは汗ばんだ曇った顔を見せた。
「まぁいいや、じゃあ行くか」俺は勢い良く立ち上がり後ろの棚からランドセルを小走りで取って明子の居る2組へと俺は走った。
2組に一番早く入るのは俺だ、俺はキャップ不思議バスターズのリーダーだからだ。
「まったく子供みたいだ」エーケーは大人ぶってクールに構え。
「待ってよキャップー」ピーキーは走るが鉄の様に重い体が邪魔をしていた。
「いっちばーん」隣のクラスへ勢い良く入ると机に伏せていた明子を見つけた。
「明子いくぞー」俺は元気良く明子に声を掛けたが返事が無い寝ているようだった、俺は明子の体を揺らしたが反応が無い。
まさか・・死んでる!?
無駄に不安になった俺は正直焦っていた。
「おい」俺は叫びながら机の正面に位置を変え明子の頭を上げた。
明子は赤く腫れ上がった目でこちらを見ていた。。
潤んだ瞳が不謹慎だが綺麗だと思った。
不埒な考えを捨て去り考えれば、人知れず誰も居ない教室で独り明子ちゃん泣いていた・・・
「あっ・・」この状況に言葉が詰まった。
色々な言葉が頭を過ぎるがどれもが不正解に思える、混乱した今の頭では選択できるほど俺は自信過剰ではない。
明子ちゃんは突然俺の手を掴み廊下に飛び出した。
「おっおい」俺の声など届いておらずただひたすらに駆ける明子ちゃんを俺は止められなかった。
○
「まっ待ってよー」ピーキーは教室から飛び出した二人に声を掛けたがもの凄い速さで姿が消えていった。
「ピーキーどうした?」突然の大きな足音とピーキーの慌てぶりに教室から出てきて声を掛けるエーケー。
「明子とキャップがどっか走って行っちゃったんだよー」ピーキーは何が悲しいのか半泣きで言う。
「・・・あの野郎」エーケーはとっさに背負っていたランドセルを投げ出し走って行った。
「皆待ってってばー」ピーキーは押し寄せる寂しさから落ちた涙を止める事は出来なかった。
○
俺は明子ちゃんの為すがままに学校中を走っていた。
俺たちのクラスは二階にあり上から見たら漢字の「日」型になっている。
階段は端に四つ用意されており鬼ごっこには最適な死角の多さである。
二組から三組教室側の階段で下に降り給食が運搬される場所を通り過ぎ下駄箱を過ぎ真ん中の廊下を抜け、反対側の方へ行き右に曲がってまた階段を上がる。
そのまま階段を上がり続け、気づけば突き当たりで、屋上入り口の前で止まっていた。
突き当たりは屋上へ続く扉があるが、自殺するとか何とかでクレームが来て南京錠で施錠されている。
良く見ると今日の明子ちゃんの服はとても可愛い。
橙のカーディガンに紺のスカート。
そして俺はふと思う。
俺はいま”手を繋いでいる”
そう思うと顔はインフルエンザに掛かったかの様に熱くなった。
明子ちゃんの温もりが手から全身に伝わるのを感じる。
放課後の静寂が明子ちゃんの吐息を感じさせた。
でも今は温もりにうつつを抜かしている場合ではない。
明子ちゃんは泣いていたのだ。
確かにあの教室で・・・一人で。
だが訳を聞いた所でどうすれば?そもそもどう聞けば良い?問題ばかりが頭を駆け巡り俺は何も出来ず、ただただ時間を食いつぶすことしか出来なかった。
「ねえ屋上行こうか?」明子ちゃんは振り返り言った。
さっきまでの顔が嘘の様に満面の笑みを浮かべていた。
「屋上?行くか」俺は笑顔で返した。
屋上へ行きたいと前から思っていたし、それに前から考えていた計画があり試したかったのもあったし、何より誤魔化したいのである。
教室で泣いていたのではなく”寝ぼけ眼”で充血していただけで、走り出したのは俺と屋上へ行きたかっただけ・・・
そう自分を騙したかっただけ。
○
ガタンッと何かの音が廊下を占領した。
「!?上の階か」エーケーはその音を追いかけ階段を駆け足で登った。
階段を登り終わると明子とキャップの話声が聞こえていた。
「すごーいキャップ!」
「この鍵はスライドするのを止めてるだけだからな、上に持ち上げて扉ごと持ち上げりゃ・・一発よ」
キャップの高飛車な声が廊下に反響していた。
「くっそ・・天狗め」エーケーは仏頂面で階段から廊下をそっと覗き、そのまま床に体育座りした。
エーケーの悔しさは食いしばる様な顔にくっきりと現れていた。
明子とキャップ仲睦まじく手を繋ぎ笑い合っていた。
腰から崩れさったエーケーは顔を地へと追いやり、視点が定まらず人間としての機能を停止した。
エーケーがそのままの状態で何とか立ち上がると、ピーキーが息を切らして階段からやって来た。
「もうーエーケーここに居たのー?」少し呆れ気味にピーキーは言うのだが、受け答えせずにエーケーは無言でピーキーを横切って行った。
「どうしたの?」ピーキーはエーケーの肩を掴み制止した。
「うるさい!!!」エーケーは声を荒げてピーキーの手を振り払い階段の下へと消えていった。
「エーケー?・・・・」ピーキーはショックのあまり腰が抜けてそのまま床へと崩れ落ちた。
○
俺は図工室からペンチを借り屋上の扉に付いた南京錠を壊し、石畳の床に寝っ転がって空眺めていた。
隣には明子ちゃん、上を見れば一面の青空・・最高だ。
「綺麗だね?」明子ちゃんは改めて言った。
「空は俺のもんだー」俺は何故か、この言葉以外思いつかなかった。
よく見れば空はラムネ色で雲は綿飴だ。
どちらもすごく美味な食べ物で構成された空が綺麗じゃないはずなど無い。
「あのさキャップ・・お願いしていい?」明子ちゃんはこちらに顔を寄せ言った。
「なんだよ?改まって」俺が横を向けば今すぐにでもキスしてしまいそうな超近距離で俺は空を眺め不埒な思いを悟られぬ事に必死だった。
「明日からで夏休みでしょ?だから・・デートしよ」
「デート!?」俺は驚きのあまり明子ちゃんの顔を見た。
顔の産毛が見える距離、キスが出来る距離・・デート、もう頭は色々な事でパンク状態。
「だめなの?」明子ちゃんは俺の反応に浮かない顔をした。
「ダメではないけどよ・・」俺は照れ隠しをした。
俺がデートしたって学校の連中にバレたら、夏休み開けに大変な事になっているに違いない。
低俗なゴシップに皆聞き耳を立て、瞬く間に広がる様は連絡網を遥かに凌駕する速度。
「じゃあ行こ?」明子ちゃんは満面の笑みを浮かべて空を見る。
「おう!!」俺は空を見て決意した。
あの夢描いたデートに憧れの明子ちゃんと行く!!噂が広がったら・・・その時はその時だ。
「8月1日の朝10時に花咲駅で待ち合わせね」明子ちゃんは行動が早い。
「わかったわかった」俺はから返事しつつも龍の様な雲に集中していた。
「そろそろ行こう」明子ちゃんは立ち上がり俺に手を差し出した。
俺はその手を掴み、一緒に屋上を後にした。
鍵はバレない様にそっと戻し、ペンチも元通りに図工室に戻した。
これからは行きたい時に屋上へ行ける。
ピーキーとエーケーも連れてきてやろう。
教室へ戻ろうと階段へ行くとピーキーが階段に設置された防火扉の前で座り込んでいた。
「どうした?」俺はピーキーの肩に手を掛けた。
「エーケーに・・エーケーに怒られたー」ピーキーの目からは大粒の涙が流れ落ちた。
「まったくエーケーったら、もう」明子ちゃんはムッとした顔で一喝。
「気分屋は放っといて早く行こう」明子ちゃんがそう言うとピーキーは泣き止み皆が目を合わせた。
「不思議バスターズのお仕事に洒落こもうぜ」俺は映画から引用した言葉を口にするとピーキーは笑顔で立ち上がった。
まったく現金な奴で恐れ入る。
○
今日は気分が良い。
なんせいつも五月蝿い”あいつ”が居ない・・それだけでも心にゆとりが生まれるというものだ。
そもそも今日は田中サイクルに言行って照吾さんから次の不思議を聞きに行く予定だったのだ。
時間は刻々と門限に迫っている。
急がねば。
そんな思いとは裏腹に俺たちの足並みは揃って”ある場所”に向いていた。
「おーいばばあ今日はキャラくじある?」そうとも!!俺たちは門限が迫ろうとも桜野ババアの駄菓子屋に行かない選択肢は無い。
「隆ーー!!!・・また学校を抜け出して来たんだろう!!」
「ババア・・ボケてんのか?もう16時だぞ?後ろに時計あるじゃねえか」いつも通りの対応である。
「そうかい」悪びれないババアは机に置いた茶を啜った。
啜る音は異常な音で「ズジュルルルルルル」どんな口で吸ったらそうなるんだ。
やっぱり桜野ババアは改造された機械で体内に特別な掃除機が仕込まれている?でまた噂を流してやろう。
「キャラくじ頂戴」俺はババアに急かすように言った。
「僕も僕も」ピーキーはランドセルからキャラがプリントされた布製の財布を手にしていた。
「それエルトラマンの財布じゃん、かっけー!!」コマーシャルで見るたびに母さんにおねだりしていた物であった。
世界中の子供達に「今なりたい職業は何?」と聞けば全員が「エルトラマン」と言うぐらい時間を忘れて見る特撮テレビ番組である。
だが俺はある事に気づき少し顔を潜めた。
ピーキーはわざわざ俺に見せる様に財布を突き出しているのである。
これは明らかにただの自慢。
「?」目を線にした様に笑顔のピーキーだったが俺の変化に気づき不思議そうな顔をする。
こいつ悪気はないんだがそういう自慢は誰も好きではない。
「一回80円」そう言って奥からキャラくじを持ってくる桜野ババア。
いつも桜野ババアで買うのは大抵決まっている。
アイス、チュチュージュース、酢こんぶなどの商品である。
しかし今日の目的はキャラくじ。
言わずもがなエルトラマンのくじなのだ。
当たりはキラキラカードが当たる。
今日入荷するのを聞きつけて泣けなしの80円を貯めていたのだ。
「じゃあ・・・これだ」中身の見えないカードの入った袋を勢い良く引き抜き、すぐさま破いた。
「おっ・・」そんなにうまい話は無い、案の定キラキラしていないノーマルカードだったのだが好きなシーンのカードだ。
キラキラを当てたいというよりも自分の家にエルトラマンを置きたかったんだ。
ピーキーも慎重に選んで見るものの結果はノーマルカードだった。
「良かったじゃん二人共」買った飴を舐めながら俺たちを励ます明子ちゃん。
太陽の光を真上から受け黒髪には天使の輪が出来ていた。
俺はふと先程の屋上の情景が浮かび頭の中が沸騰しかけていた。
「良し!行くか!」俺は軋んだ心を急かすように田中サイクルへと歩みを急がせた。
このままでは俺は駄目になる。
しばらく雑談をしながら歩くと錆びた自転車が見えてきた。
この錆びた自転車が目的地が目の前だということを示していた。
田中サイクルが見えてきた途端にテンションがうなぎ登りで小走りで田中サイクルへと足を運んだ。
錆びた汚い自転車でテンションが上がるのは世界広しと言えど俺達ぐらいしか居ないだろう。
「お邪魔しまーす」ピンポンを押すと同時に入って行く。
相変わらずオイルか何かの匂いなのかわからないが下の階は臭い。
腐ったオイルに酢をぶっかけた様な匂いだ。
オイルが腐るか腐らないかは知らないがそんな匂いだ。
ふすまを開けると「良く来たね」と言い照吾さんは椅子に座っていた。
「あれ?今日は翔くんは居ないのかい?」照吾さんは不思議そうな顔をした。
「あいつはワガママだから今日は来ないってよ、それはそうと・・」俺はエーケーの話題に最小限にし、後ろに居た明子ちゃんを紹介した。
「海原 明子です!よろしくお願いしまーす」元気良く照吾さんに挨拶する明子ちゃんは、なる程可愛い。
「チームの噂の紅一点か・・翔くんの話通り可愛らしいお嬢さんじゃないか」照吾さんは笑顔だ。
「紹介も終わった事だし、教えてくれよ」エーケーが照吾さんにしていた恥ずかしい話はさておき、俺は照吾さんを急かした。
「待ってくれ、客をもてなすのが家主の仕事だ。女の子も居るしね」そう言うと照吾さんは襖を開けて一階へと降りていってしまった。
「良い人で良かった」明子ちゃんは意外や意外に緊張していたらしく先程の笑顔とは違い非常に砕けた笑顔をしていた。
「映画好きに悪い奴は居ない」ピーキーは嬉しそうに本棚にあったビデオを手に取っては裏表紙とにらめっこしている。
「お待たせ、さぁどうぞ」襖を開けて照吾さんは冷たいミルクティーをお盆の上に乗っけていた。
「いただきます」ピーキーは誰よりも嬉しそうに誰よりも早くミルクティーに口を付けた。
俺も明子ちゃんも釣られて、一緒にミルクティーを口にした。
まろやかなミルクの味とさっぱりしたストレートティーが小気味良い爽やかさを口の中いっぱいに広がっていく。
だがこの味は体験済みだ。
間違いなく出来合いの物をただ冷やしていただけの物。
「照吾さん家の一階って何であんな臭いの?」気になったら聞いてみる、それが俺のポリシーであるし、不思議バスターズを名乗っているのだから小さな不思議も見逃さないのがバスターズとして当たり前の事である。
「キャップー」ピーキーは少し慌てて俺を制止しようとしていた。
「いいじゃない、ホントの事だし」さすがの明子ちゃんは逆に慌てているピーキーを制止させた。
「いやー」照吾さんは困った顔をして頭を掻いていた。
「あれは臭いよね・・工具とかを毎日汗かきながら触ってるからね、放置してるとあんな匂いになるんだよ」照吾さんはミルクティーを口にした。
「片付けとくから、次からは大丈夫だよ」照吾さんはミルクティーを一気に飲み干して、まるで顔を隠している様に見えた。
少し悪い事をしただろうか、確かに家が臭いと他人に言われたら恥ずかしい。
「不思議でも何でも無かったのね」明子ちゃんは少し不満げだ、幽霊などのオカルトめいた現象を期待していたのだろうか。
「不思議と思えばそれが不思議なんだよ、明子ちゃん」照吾さんの芯を突くような一言だがその言葉は嫌いだ。
「じゃあ照吾さん教えてくれよ、次の不思議」俺は片手に持った空のコップを床に置いて言った。
「この前は少しづつと言ったけど今回は多めに言うよ」照吾さんは笑顔で言った。
その場にいた全員が言葉に目を光らせた。
そして全員の心臓の音が同一であるかのように耳に直接響いている様に感じる。
共振、共鳴、共奏、なんとでも呼べば良い。
これだから、これこそが”不思議バスターズ”だと心底思う。
○○○○
7月19日
「起立!礼!!」乾いた太陽が今にも俺達を殺そうと手を伸ばしていた。
快晴で蒸し暑い日にその号令は響いた。
「先生さようなら、皆さんさようなら」この言葉はパラダイスへようこその合図。
終業式終わりの教室でのホームルームを終えて、楽しい楽しい夏休みが始まったのである。
「ぬおー」楽しい帰り道、俺は両手いっぱい大量の荷物を抱えていた。
「キャップー、少しづつ持ってかないからー」ピーキーは軽々華麗なステップで俺に嫌味を言った。
大量に机の中へと入れられていたプリントやら習字道具やら絵の具などの画材などが大容量のポリ袋いっぱいに詰められ両手を圧迫しているのである。
確かに前もって少しづつ持って行けと先生からは言われていたが毎日生きる事で必死で明日の事など考えられない、まぁ面倒だった。
「同情するなら少しぐらい持てよピーキー」俺はピーキーに言うのだが奴は紺色のハンカチーフで額を涼しげに拭いた。
「嫌だよー、只でさえ汗掻いてるんだからー」そしてピーキーは空いた両手で顔を仰ぎながら言う。
わかる!わかるんだ!だが何かむかつく。
「もういいよ!とりあえず家に急ぐ」俺は小走りで家にピーキーの前へと足を」運んだ。
「あっ・・ちょっと待って」迫真に迫るとはこの言い方を言うのかもしれない。
背中越しのピーキーに異変を感じ俺は止まった。
「どうした?」俺は恐る恐る振り返り言った。
「エーケーの事なんだけどさ・・」ピーキーは俯いていた。
昨日からエーケーは俺達と口を聞かないし、今日の放課後は目に入る前に教室から姿を消していた。
「別にいいじゃねえか、あいつの勝手だろ」俺は重い荷物の重圧と燃えたぎる太陽の直射に耐え言った。
「不思議バスターズは4人で一つでしょ?全員揃わなきゃ・・・ダメだよ」癪に触るがピーキーの言うとおりだ。
俺は言葉とは裏腹に妙に気になっていた。
あんな奴でも居るのと居ないのとじゃあ話が違う。
それに明子ちゃんが寂しいのを隠してる素振りが俺には一番辛かった。
「わかったよ・・何とかする」俺は振り向いて家へと足を動かした。
「任せたよーリーダー」ピーキーは大声で俺の背中を押した。
小走りで帰宅し、家の隅にある小屋の中の工具箱に家の鍵が隠されている。
いつも俺が持っていればいいだろうと思う人も少なく無いだろうが前に遊んでいる最中に無くして以来鍵を持ち出すのは禁止になったのである。
俺はいつも通り工具箱を開けて鍵を取り玄関へ向かう。
いつもと違うのは両手が大量の荷物というかゴミに占領されているというぐらいだ。
家には俺一人、とても静かで過ごしやすい。
宿題をしろと何かと五月蝿い母さんが居ないのが一番の理由だろう。
リビングへ入り繋がったキッチンの方へ目を向けるとメモと共にチャーハンが置かれていた。
{宿題やれよ}
なんと非情なメモだろうか・・・俺はぐしゃぐしゃにメモを丸め、そっとゴミ箱へ置いた。
終業式のおかげでこのいつも居る事の無い昼間の時間に居る事が出来る。
なんとなく見るお昼のワイドショーは良い。
夏休みならではの幸せがこのお昼のワイドショーに詰まっている。
今日は”あの時あの事件”という特別番組だった。
その昔銀行強盗をした男は現金にして約二千万円を持ちながら警察から逃げていたのだという。
すぐにその犯人は捕まったがバッグは持って居なかったのだという。
妙なニュースを見たと思ったが実に面白そうだ。
俺は母さんが作ったチャーハンを早々に食べて家を後にした。
だが俺はこの時重要な事を忘れていた。
それがこの夜とんでもない事になるとはこの時はこれっぽっちも思わなかったんだ。
それは少年シャンプ全連載終了という事を考えるぐらい、一ミリも・・一ミリも。
○○○○
家を出て俺はエーケーの家に向かった。
大きめの門にあるインターホンを押した。
デレレレレレー↑デレレレレレー↓、インターホンの音は普通の家の音と違いコンビニにでも入ったかの様な音だ。
あいつに似て憎たらしい音だ。
家のくせにコンビニとは、お前の家はコンビニぐらい便利なんだろうな?と問いただしたくなる様なそんな音だ。
少し経って扉から顔を覗かせるのは、不機嫌そうな顔のエーケーだ。
「よっ」俺は策越しに心にも無い笑顔で挨拶をした。
「帰れよ」エーケーは俺を睨みつけた。
狐の様に吊り上がった目は完全に我を忘れ怒っている。
俺は言われた瞬間に頭が沸騰した。
「なんなんだよ、お前!!」俺は思わず叫んでいた。
「お前こそリーダー面して・・気に食わなかったんだ最初から」俺達は睨み合い罵倒を繰り返した。
不思議バスターズが出来るずっと前から俺とエーケーの間では見えない火花がいつも飛び散っていたんだ。
忘れもしない二ヶ月前のあの日からエーケーと俺の奇妙な関係性が始まった。
あの頃は桜も散り俺達のやる気も散り、ひどい脱力感に見舞われていた日の事だ。
昼休み窓際の席へと座り腕枕をしながら桜の木を眺めていた。
薄紅色の絨毯が校舎の周りに敷き詰められて桃源郷かの様な景色。
なんでもこの花咲町は昔、”花の町”と呼ばれるほどに花が綺麗に咲いていたんだと。
花が綺麗に咲くってのはどこの町でもあるわけだけど、皆の目に触れる様にしていたからこその花咲町なんだ。
ある写真家はここを日本で唯一の桃源郷と言って居たらしいが本当なんだろうか?
桜とか綺麗な花に限って食ったら、まずいじゃないか。
道端に咲いた紫の花なんて吸ったら蜜があって凄く甘いんだ。
俺には食べれる花の方が好きなんだが、大きい綺麗な花には勝てないんだろうな。
この前、母さんに紫の花の話をしたら「汚いから食べない!!」ってえらい態度で怒られたっけな・・・大人にはあの野に咲いた花の綺麗さ何てわかりゃしないんだ。
最後のは週間少年シャンプ連載中のマイブルガンドっていう漫画の言葉だ。
「キャップ!!ねえキャップったら」後ろから俺を揺すっていたのは汗だくのピーキーだった。
「どうしたんだピーキー、俺は今黄昏ごっこしてんだ」俺は窓に目を奪われていた。
「翔くんが上級生に絡まれてるんだ」ピーキーが泣きそうな顔をしていった。
翔とはこの時から、あまり仲が良いとは言えない関係であった。
頭が良いのが言葉の端々に出るインテリが妙に鼻に付いて俺の根っこから合わないんだ。
「あいつの事だから生意気言って怒らせたんじゃなねえの?」俺は禿げた桜の木を呑気に見つめていた。
「違うんだ・・もともとは淳平が上級生が勝手に追突して来て絡まれてたんだけど・・」
「今のは君達が悪いよ、私が見ていたからね。とでも言ったんだろ?」俺はピーキーの言葉を遮り予想をエーケーでモノマネして言った。
「キャップすごーい!何でわかったの?・・・じゃなくて助けてあげてよ」ピーキーは俺のTシャツを引っ張りながら懇願している。
ピーキーの上級生という言葉でなんとなく絡まれた相手の予想は付いていた。
有名な不良グループで6年生の{斎藤 勝}{稲垣 陣}{渡辺 昭一}この三名のグループだろう。
最近は何かと下の学年、つまり俺達5年生を相手に絡んでいる噂を耳にしていた。
あいつら不良達からしたら天内 翔は格好の標的だろう。
いけ好かない事この上なし、だがこれ以上ピーキーがTシャツを引っ張ったら俺のお洒落に傷が付く。
「場所は?」俺はくるっと振り返った。
「今は場所を変えて体育館でやってるよ」ピーキーは先程の悲しみに満ちた表情とは打って変わって明るい表情だった。
それは俺が今から助けに行くのを確信したからだろう。
「よっしゃ・・ちょうど暇してた所だ」俺は机から飛び起き教室を足早に出て一階にある体育館まで全速力で走っていった。
突き当たりのT字路廊下、通称化物カーブを抜ければ体育館だ。
さっそうと化物カーブを直角に曲がった。
「待ってよー」遅れてピーキーはブレーキを掛けきれず壁に手を付いていた。
「急がねえとやられちまうだろー」振り向きもしないまま俺は足を棒にして走り体育館の扉を目指した。
昼休みは体育館の扉は開いているはずなのだが、締め切られていた。
十中八九あいつらが先生に見つからないように閉めたんだろう。
俺は扉の前で急ブレーキを掛け扉の戸を勢い良く開け放った。
開けると体育館中央には、予想通り不良グループ三人が円を作り何かを囲っていた。
不良グループの三人で中の何かは見えないがあそこには恐らく翔が居る。
俺は拳を目いっぱい握った。
そして俺は全速力で三人の居る中央へ走って行った。
俺の足音に気づいたのか三人は瞬時に入り口側の俺を見ていた。
背も高い、体も強い、悪知恵も俺より一歩先を行くだろう。
そんなの関係ないんだ。
喧嘩は先手が大事なんだと父ちゃんが言っていた。
俺は今それを実践する。
握った拳は石の様に思えた。
恐ろしく重く硬い小さくも頑強な塊。
今それをあいつらの顔面に・・・
次の瞬間、俺の位置から一番近くに居た稲垣が体育館中央の床に倒れていた。
考える前に瞬時に流れていく現状はまるで夢でも見てるかのように光の様に過ぎ去って行く。
結果から言おう、俺は負けた。
一人目を殴った後、即座に他の二人に殴られ俺は体育館の床に寝転んだ。
何発か殴られた時俺は思った。
「くっそみたいに痛い」
その時昼休み終わりの鐘が鳴った。
今の俺には助けの福音である。
「今日の所はここまでだな」リーダー挌である斎藤が笑いながら言った。
良く見れば馬鹿みたいな事をしたもんだと斎藤と他二人を見て思う。
斎藤は身長160cmで元空手をやっていたし体格も良い。
渡辺は何もしてないとは言うものの身長では10cm程違う。
幸運にも最初に倒したのが稲垣だったことだ。
稲垣は元相撲部で体重が80kgあるという噂のデブだ。
うちのピーキーとは違う、動けるデブというわけだ。
そんなやつの張り手なんて食らったら鼻が折れていたかもしれない。
ある意味俺は勝ったと言っていい・・いや負けたけどね。
俺の倒れている背中側では翔が立っていた。
その目には何が写っているのだろうか?何を考えているかまるでわからない顔だ。
まるで仏様か何かかと自分で思っているのだろうか?いけ好かないポーカーフェイスである。
「大丈夫か?」俺はどんな顔をしているんだろうか・・・口を動かすと血の味と共に顔に電撃の様な痛みが走った。
「助けてくれ何て頼んでないし、お前が来なければ授業にも間に合っていた」エーケーはメガネをカッコつけるように持ち上げた。
「なんだと、てめー」俺は立ち上がろうとしたが先程やられた傷が痛み、うまく立ち上がれない。
「キャップー」ピーキーはかなり遅れて体育館へと走って来た。
恐らく殴られている時体育館の前でぶるぶる震えていたのだろう。
息は切れておらず汗が乾いている。
ピーキーと交換するように翔は体育館の出口へと歩いて行った。
「翔くんは助けられて悔しくないの?」ピーキーは泣きながら翔を叱咜した。
ピーキーが怒った所を見たのはこれが初めてであった。
翔は立ち止まりピーキーを無言で睨めつけ圧力を掛けた。
「翔くんはずるいよ、そうやって逃げて自分で解決した気になってキャップはこんなにボロボロになってまで助けたのに・・・」
ピーキーの言葉は自分の体重よりも重かった。
しばしの沈黙の後、翔は小さな舌打ちをした。
その後翔は俺の肩を持って立ち上がらせた。
無理やりな持ち上げ方で体は痛みで軋んでいた。
ピーキーは左の肩を持ち、翔は右の肩を持って体育館の入り口まで歩いた。
「ほら」ピーキーは笑顔で翔に言った。
「・・・ありがとう」翔は映画の下手な吹き替えの様な棒読み口調。
心底腹が立っていたのだが痛くて口を動かす気にもなれなかった。
その後保健室に行き俺達は先生にこっぴどく叱られて親まで呼ばれて説教された。
これが俺と翔ことエーケーの出会いであった。
わかっただろう?
俺達は友達になる前から犬猿の仲だったんだ。
「リーダー面してるのはお前だろ?俺に決まったんだから、しょうがねえだろ」俺は家の門の前で激怒していた。
「なんの計算も無しに決断するリーダーほど愚かなものはない、俺が・・俺こそがリーダーになるべきだったんだ!!」翔は玄関の扉を閉めて体を外に乗り出してきた。
「次はお前がリーダーならなにやるってんだよ」俺は脇目も振らず叫んでいた。
俺の怒りが頂点に達した瞬間である。
「迅速に夏休み中にナナカナイを終わらせ迅速に」エーケーは冷静な様子で言った。
「何が迅速だ!そんなの遊びじゃねえだろ!!勉強じゃねえんだぞ!!!」速さと計画性だけを求める彼の遊びは遊びでは無い。
俺の嫌いな仕事というものに当てはまる。
俺の父ちゃんも母ちゃんもそれで離れ離れになったと聞いた。
「遊びじゃないんだ」
書斎に勝手に入ると口々に言う父ちゃんの言葉だ。
俺は父ちゃんが嫌いだったし、そう言わせる仕事というのもも嫌いだ。
「待ったー」俺の視界を遮ったのは綺麗な長い黒い髪の女性だった。
華奢過ぎず可憐な彼女、俺に背中を向けていたが明子ちゃんだと一目でわかった。
「こんなとこで喧嘩して何になるのよ」明子ちゃんはエーケーと俺の方を交互に見ながら正に来た。
「そうだーそうだー」俺達から少し離れた場所でピーキーは震えながら野次を入れている。
お前はカピバラかよ!と今すぐにでもハリセンで頭を叩きに行きたい所であったが今は目の前の惨事を片付けることとしよう。
「そいつが家に来て、突っかかって来たんだ」エーケーは明子ちゃんに言い訳がましい言葉を放った。
「エーケーが不自然に遊ばなくなったからでしょう?当然じゃない」明子ちゃんはエーケーに被せる様に言った。
「・・・」エーケーは俯き、沈黙を纏った。
「リーダーなら絶対にそんな事しない、違う?」明子ちゃんはエーケーの顔へ合わせる様に下から顔を見上げた。
「いつもキャップの肩を持つんだね、明子ちゃんは」少し下を向いて更に顔を潜めるエーケー。
「お前何言ってんだよ?どうかしてるんじゃねえか?」俺は本心から言っていた。
自分の行動が起こしている事に全く納得いっていない様子であった。
「そうやって言い訳するなら、あんたがリーダーに相応しいかどうか見せてみなさいよ」明子ちゃんは腕を組んで天まで突き刺すように言った。
エーケーの顔は明らかに曇っていた。
顔中が一瞬にして照り出したのがエーケーの動揺を表していた。
「今から駆けっこで対決して勝った方がリーダーでいいじゃない」明子ちゃんは続けて言った。
「そ・・・」エーケーは何かを言いかけたが言葉を飲んだ。
「それでいいわよねピーキー」草原の隅でカピバラの様に震えたピーキーに声を掛けると「うん」と即答で声を出した。
「はい!決まり、さぁ行くわよ」俺とエーケーが睨み合う右側面を指差して言った。
指差した方向は桜坂公園、通称アスレ。
ここからでも見える大きな木の葉っぱがアスレの目印になっていた。
その大きな木の名は通称おばけ木。
その恐ろしくも雄大な自然を象徴する大木をリーダーさながらに指差す明子ちゃんが誰よりもリーダーの様である。
そんな事は関係なく、俺は負けるワケには行かないんだ。
俺達不思議バスターズは迅速さと精密さを求める仕事をする軍団ではないのだ。
ここは・・・この軍団は遊びに命を掛けたサンクチュアリでなくてはならないんだ。
俺はおばけ木を見つめて決意を現わにした。
エーケーは下を向き考えているように見える。
「やるの?やらないの?エーケー」明子ちゃんは考えるエーケーに詰め寄った。
「やるさ」エーケーはそう言うと扉を閉め家の中へと引っ込んでいった。
恐らく出かけに行く準備でもするんだろう・・一言ぐらい言っとけよエーケー。
エーケーを待っている間
「ありがとな」と俺は明子ちゃんとピーキーを交互に見て言った。
「あのままだったら、あいつを殴ってた・・・」あいつはいけ好かないし、出会った時から今でも心底殴りたいと思っているのは本当だ。
だが殴ったら・・ピーキーと明子ちゃんが悲しむ。
それにあいつも不思議バスターズのメンバーであることに違いはない。
リーダーである俺が決めたんだから俺には責任がある。
「キャップらしくないぞ」リズムを取りながら明子ちゃんは俺のおでこをつついた。
俺は手でつつく明子ちゃんの手を払ったが、照れた顔を隠すまでには至らず。
明子ちゃんはまるでエルトラマンで俺は怪獣、ただエルトラマン扮する明子ちゃんに俺が弄ばれている様にしかピーキーに見えないだろう。
見るなピーキー・・・
│
│
俺
は
明
子
ち
ゃ
ん
が
好
き
だ
│
│
○○○○
午後の三時ごろ、おばけ木の下に不思議バスターズ(リーダー不明)が集まっていた。
いつ見ても相変わらず巨大な木でこれを見るたびに自分がどんなに小さいものなのかを思い知らせてくれる。
巨大過ぎて恐怖すら感じる珍しい場所だ。
おばけ木の後方には楽しげにアスレチックで遊ぶ子供達が見えた。
長い滑り台、ブランコ、ジャングルジム、ターザンロープ、ゆらゆら吊り橋が俺を誘惑していた。
俺とエーケーから少し離れた場所で明子ちゃんとピーキーはリーダーを決める聖戦のルールを決めている最中だ。
エーケーは相変わらず怒り心頭しているらしく眉間に皺を寄せ目を合わせようとしない。
「決まりました」明子とピーキーは映画に出てくる様な重役の様な面持ちで後ろで両手を組みながら言う。
この話し方はピーキーの提案だろう。
この前の映画にこんなシーンがあったから間違いない。
「このおばけ木からよっーいどんで競争して、反対側の橋を先に渡ったほうがリーダーよ」明子ちゃんは体育の先生の様にはっきりと言った。
「よーいどんは僕がやるね」ピーキーは嬉しそうにスタートの線を引いた。
ピーキーはこの役をやりたかったのだろう。
あいつは引っ込み思案だが、隠れた仕切り屋さんなのである。
「いいぜ」 「わかった」俺とエーケーはそう言いながらピーキーの引いた微妙に曲がった線のスタート位置に着いた。
俺には自信があった。
運動ではこのインテリエーケーには負けるわけがないからである。
不満があるからすぐに投げ出すような奴をリーダーにするわけにはいかないという責任もある。
位置につき「よーいどん」が言われるまでの三十秒は永遠に思えるぐらい長く、まるでスローモーション映像の様な感覚になった。
足の震えは止まる事を知らない。
武者震いであると願いたいものだ。
後ろで明子ちゃんが何かを叫んでいるのが見えた。
何を言っているのかは良くわからなかった。
聞こえてはいたんだけど頭の整理が付かず理解出来なかった。
頭が白くぼやけ感覚だけが研ぎ澄まされる感覚。
この感覚は一度経験したことがある。
”そうだ”
エーケーを助けようとした時の感覚に似ている。
今俺はエーケーを助けたいと思っているのかもしれない。
毎週毎週、俺の読んでいる漫画にケチをつけて欲しいのかもしれない。
良く自分でもわからないけど、それでもエーケーは不思議バスターズのメンバーであり、俺には無い知識という弾頭を備えた大事な武器。
リーダーもお前も戻す。
そんな考えを抱きながら既に俺とエーケーは走っていた。
走り初めから俺は明らかに優勢だった、二歩三歩と駆ける足を進めていく度に半歩づつ離していく。
道なりにこのまま進んでいけば俺が勝つ!!
俺は心の余裕からか後ろに目をやると、そこにはエーケーの姿は無かった。
前を見ても横を見てもエーケーの姿は無い。
誰よりも負けず嫌いのあいつが戦いを放棄して逃げるはずがない。
すると次の瞬間あいつは目の前に現れた。
それはコーナーリング終わりの草むらからであった。
あいつは舗装された道を外れ、獣道を走ってショートカットしていた。
エーケーの膝は全速力で走った証として赤い血が流れ出していた。
「まずい」俺は一瞬にして余裕を失った。
あいつを見くびっていた、あいつは俺より早く橋までのルートを走る事が出来る。
だがショートカットを考えてる暇は俺には無い。
俺の長所は何だ!?俺の長所はただひたすら前を向いて走るだけ。
楽しい事にただ首を突っ込むだけ、その一心のみ。
俺からは完全に余裕も蛇足な考えも消え去り、無心で走った。
突っ込んだ。
橋の手前に着く頃には俺とエーケーは並んで走っていた。
ゴールである橋の先には明子ちゃんがいて、俺達に手を振っているのがわかった。
橋の木目が過ぎていくのが見える。
俺が先を行っているのか並んでいるのか良く見えないままゴールを迎える事になった。
俺は疲れのあまりゴールした途端、寝っ転がって息を整えた。
「お前は・・お前はー」叫んだ声が聞こえた瞬間、俺の上に何かが重く伸し掛る。
エーケーは俺の体に跨り俺の顔へと拳を浴びせた。
「あの時だってそうだった!お前が助けに来なくたって何とかなったんだ!!」殴りながら叫ぶエーケー。
「うるせーんだよ!ごちゃごちゃ」俺は殴り返して、エーケーを右に投げた。
ここの所からあまり覚えちゃいない。
頭が真っ白だったからだ。
○○
午後4時ごろ、俺とエーケーはおばけ木の下で二人っきり。
「勝ったのはキャップ・・・でも仲良くするために二人きりで話合い!!」明子ちゃんは顔が赤く腫れ上がった俺達に言った。
それは長い沈黙の始まりでもあった。
考えてみればエーケーと二人きりで話すことなど今まで無かった事だ。
だが言い換えればエーケーにとっても同じで困惑した表情は腫れ上がった顔の上にまで現れていた。
草と草が擦れる音が聞こえた、いつもは聞こえない沈黙の中の音。
沈黙を遮ったのは信じられないが俺だった。
「なあ」
「・・・」
「お前強いな」
「・・・」
「あの時は悪かったよ、勝手に助けてさ」
「いや、あれは」
「お前さ、明子ちゃんの事好きだろ?」
「何で知っているんだ?」
「いやバレバレだぞ」
「・・・」エーケーは顔を赤らめた。
「もう一個勝負しねえか?」
「なんの勝負だ?殴り合いは二度とごめんだ」
「お前から殴ってきたんだろ!」
「さっきは・・・悪かったよ」
「いいんだ」
「お前明子ちゃんと付き合ってるんだろ?俺見たんだ・・・お前と明子ちゃんが手を繋いでるの」何故エーケーが俺達と距離を空けていたのかわかった瞬間であった。
「あれは俺も良くわからん、だが俺が一歩リードだ」俺は立ち上がって言った。
「リード?」エーケーは不思議そうな顔をしていたが恐らく気づいている。
俺と明子ちゃんが付き合って無いことを言葉で悟ったんだ。
「どっちが先に明子ちゃんの彼氏になるか対決しよう」俺はエーケーに手を差し伸べた。
「その戦い受けて立とう」エーケーは男の顔をしていた。
エーケーは俺の手を取り立ち上がった。
そして俺はエーケーの背中を叩き、エーケーも俺の背中を叩いた。
おばけ木の影から出ると、夕日に映し出された俺達の影はまるで、友達みたいだった。
「よし!行くぞ」俺は走り明子ちゃんとエーケーが待つベンチへ向かった。
「待てよキャップ」困った顔をしながら着いて来るエーケーを尻目に俺は大きな笑顔を堪えきれないでいた。
初々しい橙ときめく、その日に俺とエーケーは本当の友となった。
如何でしたでしょうか?
やっとこさ、ここまでこれたかなという所。
作品としては4分の1いったかいってないかぐらいですかね。
ナナカナイを一つもやらぬまま章を終わるとは本人も思っていなかったのであります。
今年中にまた続きを上げる予定ですので暇なら覗いてね。
予定としては8月から10月頃です。