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chapter 7

 気が付くと、アヤは真っ白な空間の中にいた。

 辺りを見渡しても何もなく、ただ広い空間だけが広がっている。右も左も判らない、音も聞こえてこない空間。ずっとこの場にいたら、方向感覚もなくなって、何も判らなくなってしまいそうな気がする。

 次第に恐怖を覚えたアヤは、現実から逃げ出すようにぎゅっと強く目を閉じた。そして、違う場所に移動したことを願いながらゆっくりと瞳を開ける。しかし目に入ってきたのは、先程と全く変わらない真っ白な色だった。

 出口のない空間をゆっくりと歩き出したアヤは、遠くの方で何かが光っているのを見た。そしてその淡い黄色の光へ近づいていくと、その光が蝶ほどの大きさの、鳥のような形をとった。鳥の形をとった無数の光は、アヤの周りを飛び回る。


「これ……私の、封印された魔力?」


 ぽつりと呟くと、アヤを中心に飛び回っていた鳥たちがバサバサッと激しく羽ばたいた。


「わっ!」


 突然のことに驚いたアヤは、きつく目を閉じて両腕で顔を庇った。

 落ちついてきたころ、そっと目を開ける。

 すると、アヤの目の前で小さな光の鳥が集まっているのが見えた。それをじっと見つめていると、飛び回っていた小さな鳥達が合体してヒトの姿をとった。


「……ごめん、なさい」


 アヤはヒトの姿をとった光の鳥に謝った。


『ボクたちは、キミに謝ってほしいんじゃない』


 アヤの頭の中に声が響く。それは、目の前でヒトの姿をしている鳥達の声だった。


「でも……。私は呪いの解き方を知っているのに、解こうとしない。そのせいで、この前は同じ術で苦しむことになった。私が呪いを解いていれば、そんなことにはならなかったのに……」


 ――私が呪いを解かなかったから。


『確かに、それは否定できない。けど、ボクたちは、早く呪いを解いてほしい訳じゃないんだ』

「どうして?」

『ボクたちは、キミが何を恐れているのか、知っているから』


 アヤは大きく目を見開き、ひゅっと息を呑んだ。そして俯くと、拳を強く握りしめた。


『ただ、ボクたちはキミに伝えたいことがあってここに呼んだんだ』

「伝えたいこと?」


 ゆっくりと顔をあげると、ヒトの姿をした鳥達を見て首を傾げる。


『そう。ボクたちは、いつだってキミの味方でいることを伝えたかったんだ。最近、焦ってるようだったから、心配してたんだよ』

「そんなことは……」

『“ない”とは言いきれないだろう?』


 光の鳥達の言葉に、アヤは黙って俯く。


『キミが呪いの解き方を知っていることは、前から気付いていた。そして、すぐに呪いを解こうとしなかったキミが、今になって焦っている理由も、だいたい判ってる』

「じゃあ……」


 ――どうして早く呪いを解けと言わないの?

 その問いかけは、胸の中だけで呟やかれ、声に出されることはなかった。


『言っただろう? キミの味方だよって』


 光の鳥達も、アヤの言葉を遮るように口を開いていた。


『キミが何を恐れているのか知っているのに、“早く呪いを解いて”なんて言えないよ。それに、もしキミが無理をして呪いを解いたとしても、ボクたちはキミの力にはなれない。本人の意志がなければ、ボクらは最大の力を出すことができない。これは、魔術の基本だろう?』

「そうだね……」


 魔術を行使する者の意思が弱ければ、術は失敗したり弱くなったりする。反対に、意思が強ければ術も強くなる。奇跡だって起きることもあるのだ。それは、魔術における最も基本的なことなのだ。


『だから、ボクたちは待つ。キミが本当に、心から呪いを解きたいと思う日まで、ずっと』

「でも、いつになるか判らないよ?」


 鳥達の言うとおり、焦る気持ちはある。けれど、それ以上に恐れていることがあるから、呪いを解かないでいるのだ。心に抱く恐怖がいつ消えるかなんて、アヤ自身にも判らない。

 正直にそう告げると、優しい声が返ってきた。


『それでも待ち続けるよ』


 鳥達は少しずつヒトの姿を崩し、小さな光の鳥へ戻りながら言葉を紡ぐ。


『キミが、封印されているボクたちの力を必要とした時は、今まで力になれなかった分も支えることを約束するよ』


 そう言い終えると、ヒトの姿は完全になくなり、辺りには小さな光の鳥達が飛び回るのが目に入った。


「……ありがとう」


 アヤはくしゃりと顔を歪めると、小さな声でお礼を言った。

 鳥達が何処かへ飛び去ると、アヤもだんだん頭が重たくなってくるのを感じた。

 そして、次第に意識が揺らいでいき、アヤは普通の眠りに戻った。

 そして、アヤはそのまま数日間眠り続けた。その間に目を覚ますことは、一度もなかった。





 数日後、タクトが心配そうに様子を見て部屋を去ったあと、アヤは静かに目を覚ました。

 そっと閉じていた目を開け、ぼんやりと天井を見つめる。

 自分の部屋とは違って看病に適した場所にある今の部屋は、やけに広くて、静寂なだけでも心を落ちつかなくさせる。

 アヤはゆっくり身体を起こすと、部屋を見渡した。誰もいない部屋は静かすぎて、一人でいたくなかった。少しだけ考えたあと、アヤは布団から抜け出し服を着替えて外に出た。

 そして、城の裏の方にある公園の休憩所のような円形の建物へと向かった。

 城の中のお気に入りの場所でもあるところに来たアヤは、建物の中にある横長の椅子に腰かけた。

 そのまま一人ぼんやりとしていると、アヤを探しに来たタクトが姿をみせた。


「ここにいたんだね」


 優しい声が耳に届く。アヤは心ここにあらずといった意識を戻すと、ふっとタクトの方に顔を向けた。


「タクト……」


 アヤが名前を呼ぶと、タクトはふわりと笑みを浮かべた。


「部屋にいなかったから探したよ」

「ごめん……」


 心配の色がにじむ声に、アヤは申し訳なく思って謝る。そして、気まずそうに再び口を開いた。


「あの、さ……」

「ん?」

「……今は、一人にしてくれないかな?」


 一人になりたいけれど、一人になりたくない。

 ある程度タクトに心は開いたアヤだが、まだ完全に心を許してはいなかった。そのため、うまく自分の状態を口にすることができなかった。


「……判った」


 タクトは頷くと、来た道を戻っていった。

 タクトの姿が見えなくなると、アヤは淋しさに襲われた。

 自分で言ったこととはいえ、まさか本当に一人にされるとは思っていなかった。後悔の念に苛まれていると、先程この場を立ち去ったはずのタクトが声をかけてきた。


「アヤ?」

「……えっ?」


 驚いて顔をあげると、目の前に優しい笑みを浮かべたタクトが立っていた。


「どう、して……」


 この場にいないはずのタクトの姿に、アヤは困惑を隠せずにいた。


「『どうして』って言われてもなぁ。今のアヤを一人にはしておけないからだよ」

「でも……」


 ――さっきはここを離れていった。

 だから、一人にしてくれたと思ったのに。自分の言動に後悔したのに。

 続く言葉は口にできなかった。けれど、タクトは外に出なかった言葉を判ってくれたようだった。困ったような表情で笑うと、少しだけ離れていった理由を言った。


「僕はただ、アヤが見つかったことを伝えに行ってただけだからね?」


 タクトは、最初からアヤを一人にする気になんてなかった。ただ、アヤが一人になりたがっていたから、きっと傷つけてしまうだろうと思いながらも、その場を離れたのだった。案の定、戻ってきた時には、少し前の言動を悔やむアヤの姿が目に入った。その時、うまく立ち回れなかった自分に、タクトは嫌気がさした。


「だって、一人にしてって言っちゃったから……」


 今も、つい先程の言動に悔やんでいるアヤの姿を見て、タクトは哀しくなった。


「うん、そう言ってたね」

「だから……」


 ――また、一人にしてほしい。

 タクトが戻ってきてくれた時、ひどく安心した。けれど、やはりまだ一人になりたい気持ちが残っている。だから、また一人になりたいと、そう言おうとした。しかし、先程のような不安感に襲われたくないという気持ちもあって、続きを口にすることはできなかった。


「本当に一人になりたかったら、移動するか、そう言ってくれればいいから。だから、今はアヤの傍にいさせてよ」


 タクトは、そんなアヤの心を判っているかのような言葉をかけた。そして、アヤの隣に腰を下ろす。


「僕がアヤの傍にいたいんだ。それじゃ、駄目かな?」


 アヤの手をそっと握って、タクトが告げる。


「……ずるいよ」


 アヤは顔を下に向けたまま、ぽつりと零した。

 素直に『傍にいてほしい』と言えないアヤの先回りをして、自分が傍にいたいからと拓人自身のためを装ってくれた。けれど、それが表向きの理由であることをアヤは判っていた。本当は、迷惑になるからと、本音を言えないでいるアヤのための行動だということを。

 だから、アヤはタクトの言葉に「ずるい」と返した。


「そうかな?」


 タクトは気にした風もなく言って笑った。

 お互いに何も話さず、静かな時間ばかりが過ぎていった。しかし、不意にアヤが口を開いて沈黙を破った。


「……城に戻ってきてすぐ、本当は眠りたくなかったの」


 素直に目を閉じたのは、タクトを困らせたくなかったから。


「なんだか、怖い夢を見そうで」


 タクトは、ようやくアヤがなかなか眠ろうとしなかった理由を知った。


「だから――」


 ――城に戻る前もぐずっていたんだ。

 声にすることはなかったが、続く言葉を察したアヤは静かに頷いた。


「そうだよ。城に戻ってからも、本当はタクトについていてほしかった」


 それは、今だから言える本音。


「……言って、くれればよかったのに」

「迷惑になるかと思って……」


 アヤの本当の声を知って、タクトは自分を情けなく思った。

 判っているつもりだった。けれど、本当は何一つ判っていなかったのかもしれない。だから、アヤに辛い思いをさせてしまった。


「全然。迷惑になんてならないよ。だから、お願いだから、言って? 僕はまだ、アヤのことちゃんと理解できてないから、言葉にしてくれないと、判らないよ」

「……うん。でもタクト。タクトは、ちゃんと私のこと解ってくれてるよ」


 『そんなことない』と否定の言葉をあげようとしたが、それは叶わなかった。

 アヤが先に、言葉を紡いだのだ。


「さっきだって、私が素直に言葉にできないのを見越して、行動してくれた。今までにもそういうこと、たくさんあったんだよ?」

「……ただの、想像だよ」


 何故か知らないけれど、タクトは素直に喜べなかった。

 そんなタクトの口から出たのは、自分を卑下する言葉だった。


「きっとこう思ってるのかもしれないって想像して、勝手に行動してただけだよ……」


 ――ただの、自己満足にしかすぎなかったんだ。


「でも、私はそれに救われてた」


 アヤはタクトの言葉を遮るように言った。


「それなら、よかった……」


 アヤの言葉に、タクトは一瞬だけ目を見開いた。そして次の瞬間には、哀しそうな、けれど優しい笑みを浮かべたのだった。

 少しの間、静かな沈黙がおりた。

 それを破ったのは、タクトの優しい声だった。


「なんだか、アヤに慰められちゃったね」


 ――本当は、僕がアヤを慰めるつもりだったのに。

 タクトは、心の中でそんなことを呟きながら言った。


「そんなことないよ。私も、タクトに救われたから。傍にいてくれて、ありがとね」

「どういたしまして」


 二人は顔を見合わせると、どちらともなく笑いあった。

 そして、静かだけれど穏やかな時間が過ぎていった。


本館連載:H27 3/15~4/11

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