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chapter 5

 タクトからセイラがアクマだと知らされたアヤは、数日間お気に入りの丘へ足を運ばなかった。

 本当のことを知った日の夜に、タクトからセイラのことを聞いた。初めて知った事実に戸惑い、ゆっくり考える時間が欲しかったのだ。

 ようやく考えがまとまり、落ちついてきた日の午後、アヤは小さな丘を訪れた。今までと同じように、セイラが木の下にいると信じて。

 丘を登っていくと、頂上に歩きの根元に見知った人影があった。短い金色の髪が、風に揺れるのを見て、アヤはほっと心の中で胸をなでおろす。


「セイラ」


 背後から声をかければ、木に寄りかかるようにして座っていた少女がこちらへ振り返る。


「アヤさん」


 心なしか、嬉しそうな声で名前を呼ばれる。


「久しぶり、かな?」


 アヤはそう言って、セイラの隣に腰を下ろす。


「そうですね。ここのところ姿を見なかったので、心配していたんです」

「そっか。ごめんね。でも、ありがとう」

「こうしてまた会えて嬉しいです」

「私もだよ。ところで……」


 そこまで口にした時、アヤは急に言うのを止めた。


「何ですか?」


 不思議そうに首を傾げ、セイラが尋ねてくる。


「セイラは、アクマだったんだね」


 アヤは言いづらそうに、けれどしっかりと続きを口にした。


「……。気付いて、いたんですね」


 アヤの言葉を聞いたセイラは、俯き弱く小さな声で言う。表情を見ることはできないが、哀しげな顔をしていることが予想できた。


「うん。なんとなく、そうなんじゃないかなって思う時はあったんだ。けれど、確信がもてなかった。そんな時に、タクトから知らされて……」


 アヤは言い訳をするかのように、セイラのことを知った経緯を喋った。


「そうだったんですか……」

「でも、友達だからね?」

「えっ?」

「セイラとは、友達だから」


 アヤはそうはっきりとセイラに告げるが、彼女の方はまだ納得できないようだ。


「でも、私は……」

「そんなの関係ないよ!」


 セイラの言葉を遮って言う。


「セイラがアクマでも、私はセイラとは友達でいたいと思ってる。それじゃ、ダメなの?」

「そんな……ダメじゃ、ないです。アヤさんにそう言ってもらえて、すごく嬉しいです。ありがとう、ございます」

「うん」


 セイラがようやく受け入れてくれたことを知ると、アヤは太陽のような笑顔を浮かべた。


「だから、敬語なんて使わなくていいんだよ? 友達なんだから」

「はい。でも、この敬語、癖でもあるんです」


 アヤの言葉に、セイラは困ったように笑って返す。


「それなら、ゆっくりでいいよ」

「……う、うん」


 セイラは意識して返事をした。慣れていないのと、照れくささから声が小さくなり、少しだけ頬を染めていた。

 二人で仲良く話をしていると、丘の上にハルルとタクトがやってきた。


「タクト。はるるんも」


 二人の存在に気が付いたアヤが、振り向いて嬉しそうな声をあげる。


「そこでタクトくんに会ってね、一緒に来ちゃった。その子が、セイラちゃん?」


 アヤの隣に座るセイラを見て、ハルルは尋ねる。


「そうだよ」

「私、ハルル。よろしくね」


 アヤの返事を聞いたハルルは、にっこりと笑うとセイラに手を差し出して挨拶をする。セイラは、一瞬ためらった後に自分の名前を名乗った。


「えっと、あ……セイラ、です」


 セイラが握手をためらっていることに気が付いたアヤは、優しく声をかける。


「大丈夫だよ。はるるんは、セイラのこと知ってるから。それに、はるるんは私の親友でもあるから」


 すると、セイラはそろそろと手を伸ばしてハルルの手を握った。ハルルは、そんなセイラを見て優しい笑みを浮かべて「よろしくね」と言った。

 会話が一段落したころ、急に風が吹いた。ざわざわっと丘の頂上の木の葉が揺れる。

 そして、四人の前に二人の少女が姿を現した。


「最近セイラがよく出かけると思ったら、こんなところに来ていたのね?」

 

 すみれ色のストレートヘアに青紫色の瞳の少女が、少しきつめの口調で言う。


「リリーさん」


 セイラが気まずそうに話しかけてきた少女の名前を呼ぶ。二人の姿を見たセイラが少し震えていることに、隣に座っていたアヤは気付いた。

 少しでも安心させようと、セイラの手にそっと自分の手を重ねる。突然のことにセイラが一瞬だけ緊張するが、すぐに力を抜いたことを知り、アヤはほっと一安心する。


「何をしているのかと思えば、裏切り者と一緒だったのね」


 もう片方の、ピンク色の髪に赤ワイン色の瞳をした少女が口を開く。


「あなたたちは?」


 セイラの知り合いのようなのに、当の本人が怯えていることを悟ったハルルが二人に声をかける。


「私はリリー」


 先程セイラが名前を呼んだ少女が先に答える。次にもう一人の少女が名乗り、セイラに戻るよう言う。


「私はローズよ。セイラ、帰るわよ」

「……はい」


 それを聞いたセイラは、弱く小さな声で返事をした。そして、ゆっくりと立ち上がると二人のアクマの元へと歩いて行った。その時、セイラの瞳に哀しげな色が浮かんでいたのをアヤは見た。何か言おうとして口を開くが、何も言うことが思い浮かばなかった。

 そんなアヤに気付くこともなく、ローズがアヤに話しかける。


「あなたが、アヤ・フォルアナ・ウィルソンね?」

「…………」

「あら? あなた、どこかで見た顔ね。気のせいかしら」


 アヤが何も答えず黙っていると、今度はリリーが声をかけてくる。


「気のせいじゃないですか?」


 セイラのことで不機嫌になっていたアヤは、冷たい声で返す。

 その反応に、タクトとハルルの二人は心の中で怒ってるな、と呟いていた。


「冷たいのね」

「敵に優しくする必要なんてないでしょう?」

「それもそうね。上からあなたを捕えるように言われているの。悪いけど、一緒についてきてくれるかしら?」

「答えなんて、判りきっているんじゃないんですか? 『いいえ』だって」


 アヤがそう答えるとローズは「仕方ないわね」と呟き、攻撃を仕掛けてきた。

 炎の球がいくつもアヤに向かって飛んでくる。アヤは手を横に振り、見えない刃でそれらを切る。


「へぇ、思っていたより強いのね」


 それを見たローズは、立て続けに炎の球を飛ばす。しかし、その度にアヤは難なく切るなり消すなりしていた。なかなかアヤに攻撃が当たらないところを隣で見ていたリリーが、ローズに加勢する。それでも、アヤは全ての攻撃を防ぎ続けた。だが、アヤがアクマに攻撃することはなかった。

 一向に反撃しないアヤを見て、タクトが代わりに攻撃をする。そうして、少しずつ戦いが激しくなっていった。

 ハルルも戦いに加わり、ようやくアヤが反撃するようになったころのことだった。

 ローズが宙に魔方陣を作り出した。それを見たタクトが、慌てて叫ぶ。


「アヤッ! それを見ちゃダメだ!!」

「えっ?」


 タクトの声が耳に届いた時、既にアヤはローズが作り出した魔方陣を視界の中に入れてしまっていた。


「――っ!!」


 声にならない叫びをあげ、アヤはその場にうずくまる。胸のあたりの服をぎゅっと掴み、苦しそうに呼吸をしている。


「やっぱり。あなた、魔力が封印されているわね?」


 そんなアヤを見て、ローズが確信のある声で問いかけた。呼吸すらまともにできないアヤは、無言のままだった。しかし、それが肯定であることは明白だった。

 そのことを初めて知ったハルルは、目を見開いてアヤを見ていた。


「この魔方陣は、封印されている魔力を暴走させるものなの。苦しいでしょう?」


 肩で息をするアヤに、ローズの声は届いていないようだった。

 大きく息をしようにも、苦しさのあまり全然うまくいかない。ただ、うずくまって必死に息を吸い込むのが精一杯だった。そんな中、ローズがゆっくりと近づいてくるのが視界の隅に映った。逃げないと、捕まってしまう。けれど、呼吸すらうまくできない身体はまったく動かない。ただただ焦るばかりで、どうしようもできない。確実に、ローズが近づいてきているというのに。

 アヤがもう駄目だと思った時だった。

 強い風が丘を吹き抜けた。それと同時に、ローズが吹き飛ばされる。


「アヤに何かしたら、僕が許さないよ」


 普段のタクトからは想像もできないほど、低く冷たい声だった。心なしか、目つきも鋭くなっているように見えた。


「裏切り者がっ」


 それに怒ったローズが、叫びながらタクトとアヤに刃物を飛ばす。

 タクトは、少ない動きでローズのナイフを弾く。そして、ローズの目の前に数本のナイフを降らせた。その動きはあまりにも早く、ローズは動くこともできなかった。


「次に何かしようとしたら、タダじゃ済まさないよ?」


 この科白で、故意に外したことは明らかだった。

 その場にいた誰もが、何か言うことも動くこともできなかった。そんな周りの様子などお構いなしといった感じで、タクトは未だに苦しんでいるアヤに声をかけた。


「アヤ、大丈夫?」


 今まで低く冷たかった声が嘘だったかのように、優しくて穏やかな声だった。

 アヤは声を出すことすらできず、かろうじてちらりとタクトを見ることしかできなかった。しかし、それも一瞬だけのこと。すぐに目をきつく閉じて、乱れた呼吸が再開する。

 少しすると、うずくまっていたアヤが芝の上に横たわる。こうなってしまっては、もう立ち上がることもできないだろう。

 タクトは、そっとアヤを抱きしめ、向かい合わせに座らせる。少しだけ顔を離し、アヤの目を見る。アヤもそれに応じて、うっすらと目を開ける。


「アヤ、辛いかもしれないけど、ちょっと我慢してね?」


 アヤの目を見ながら、タクトは辛そうに言った。

 うまく理解できなかったアヤは、何をするの? と問うように、不安の色をのせた目でタクトを見る。タクトは、哀しそうに笑みを浮かべるだけだった。


「ごめんね……」


 そう言って、アヤの頭を自分の膝の上にのせた。そして、手をアヤの額に当て、短い呪文を唱える。

 タクトの術により、アヤの身体の中で暴れていた封印された魔力が、無理やり抑えられる。

 その瞬間、アヤの顔には今まで以上の苦痛の色が浮かんだ。

 タクトの術が終わると、アヤはぐったりとしていた。

 意識を失ってもおかしくない術だったというのに、アヤはうっすらと開けた目でタクトを見た。本当は今も、意識を保っているのがやっとのはずだ。それでも意識を手放さないでいるのは、近くにアクマがいて安心できないせいだろう。


「お疲れさま。もう、大丈夫だから」


 あとのことは任せて、とタクトはアヤに言う。

 それを聞いたアヤは、すっと目を閉じて意識を手放した。そんなアヤの様子を見て、タクトは辛そうな表情を浮かべた。そしてすぐに真剣な表情に戻ると、後ろの方にいるハルルに声を投げた。


「ハルル先生、すぐに家に戻ってください。僕達もこのまま城へ飛びます」

「判ったわ」


 ハルルは頷くと、移動魔法で姿を消そうとした。しかし、すぐに邪魔が入る。


「させないわっ」


 移動魔法を発動し始めたハルルに攻撃してきたのは、いつの間にかローズの隣にいたリリーだった。リリーの攻撃がハルルへ飛んでいくのを見たタクトは、ハルルの前の空間に防壁を築いて弾いた。

 ハルルが無事に姿を消したのを見届けたタクトは、アヤをしっかりと抱きしめて移動魔法を使う。

 魔方陣が身体の下に現れた時に前を見ると、リリーとローズがタクトを睨んでいた。攻撃される前に睨み返すと、二人はふっと目を逸らした。

 今のタクトに攻撃をすれば痛い目を見ることを知った二人は、アヤとタクトが姿を消すのを大人しく見ていた。



 城に戻ったタクトは、意識を失っているアヤを世話しやすい部屋のベッドに寝せた。

 そのあと使用人達にも協力してもらい、水などを用意した。そして、ずっとアヤの隣で様子を見ていた。

 夜になっても目を覚まさないアヤを心配しつつ、タクトは休憩するために自室へと向かった。しかし、眠気がくることはなく、眠れないまま時を過ごしていた。

 夜が深まったころ、アヤはゆっくりと目を開けた。

 明かりもない部屋は暗かったが、窓から差しこむ月明かりがぼんやりと部屋の中を映していた。

 

(もう、黙ったままではいられない。本当のことを話さないといけないんだな)


 そう思っていると、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 ランプを片手に入ってきたのは、タクトだった。

 アヤの意識が戻った時、かすかだがアヤの魔力が働いた。そのことに気付いて、様子を見に来たようだった。


「目が、覚めたんだね」


 その声は優しく、ほっと一安心しているようだった。


「……つい、さっきだけどね」

「大丈夫?」


 アヤが寝ているベッドの隣にあった椅子に腰かけて尋ねる。


「多少は。でも、やっぱりまだ苦しい」


 アヤの答えを聞いて、タクトは辛そうに顔を歪めた。


「そんな顔しないで。タクトのせいじゃないから」

「でも、僕がもう少し早く気付いていれば……」


 ――あんなことにはならなかったのに。

 タクトは唇を引き結び、後に続く言葉を呑みこんだ。


「そうやって自分を責めないで」


 タクトが言わなかった言葉を悟ったアヤは、優しい声で告げる。


「タクトはちゃんと忠告してくれた。それなのに、私があの魔方陣を見ちゃったんだから。仕方なかったんだよ。そう思うしかないでしょう?」


 タクトの忠告がなかったら、アヤは何も知らないままローズの魔方陣を見ていただろう。

 あの魔方陣の効果について知っていたタクトが、誰よりも早くその存在に気付いたからあの小さな丘から無事に逃げてくることができたと、アヤは思っている。しかし、一つだけ疑問点が残る。


「……そうだね」

「でも、どうしてタクトはあの魔方陣のこと知ってたの?」


 アヤは気になっていたことを尋ねた。

 普通なら、あの魔方陣がどんな影響を与えるのか知っているものは少ない。アクマ全員が知っているような術ではないのだ。でも、タクトはその魔方陣のことを知っていた。

 アヤの問いに、タクトは気まずげに視線を下に向ける。そして、ゆっくりと口を開いた。


「……僕も、一度だけアヤに使おうとしたことがあったからだよ」


 タクトは、数ヶ月前までアクマ側の人間だった。それも、とても優秀な部類に入る。そんな中、アヤがタクトを救ってこちら、光側に連れてきた。だから、昔のタクトがアヤに術を使おうとしたのは、何もおかしな話ではないのだ。


 アヤは何も言わず、静かにそのことを受け止めることにした。


「そうだったんだ。答えにくいこと、聞いちゃったね……」

「いいんだ。もう、昔のことだから」

「そうだね」


 そうして、静かな時間と共に夜が過ぎていった。





 次の日の昼頃に、ハルルが城にやってきた。


「アヤちゃん、大丈夫?」


 部屋に入るなり、ハルルは尋ねる。

 昨日の今日ではあまり動くことができなかったアヤは、自分の部屋ではなく病人などの世話がしやすいようになっている部屋のベッドの上にいた。そこで上体だけ起こして、ハルルを出迎えた。


「一応、ね。まぁ、まだあんまり動けないけど……」


 そう答えながら困ったような顔で笑う。


「そっか。でも、元気そうでよかった」

「ありがと」

「ところで、アヤちゃんに聞きたいことがあるんだけど……」

「判ってる。ちゃんと話すから、タクトも呼んでお茶にしようか」


 アヤははっきりと告げると、ゆっくりと動き出した。ハルルはアヤがベッドから出るのを手伝う。そこに、タクトがちょうど良いタイミングで三人分のお茶とお菓子を持ってやってきた。

 そして、部屋の中にあった丸テーブルを囲むようにして三人が座り、お茶会が始まる。


「ねぇ、アヤちゃん。昨日のあの魔方陣って、何だったの? ローズが封印された魔力を暴走させるものだって言ってたけど……」

「そうだね」

「ということは、アヤちゃんには封印されてる魔力があるってことだよね?」


 今までずっと知らないでいたことに、ハルルは戸惑いを隠せずにいた。


「……うん」

「あの様子からして、かなりの魔力が封印されてるんじゃない?」


 タクトはのんびりと紅茶を飲みながら尋ねる。


「やっぱり、タクトは知ってたんだね」


 諦めにも似たような声でアヤは言う。

 うすうす気付いてはいたのだ。タクトが、封印された魔力のことを知っているだろうということは。

 アヤの言葉に、タクトはただ困ったような笑みを浮かべただけだった。

 それが肯定を示していた。


「私には、封印されてる魔力がある」


 アヤがはっきりと封印された魔力があるといった瞬間、ハルルは息を呑んだ。

 本当は、心のどこかで否定してほしいと思っていたのだ。これ以上、アヤに辛い思いをしてほしくなくて。けれど、返ってきたのは肯定だった。

 ハルルは、膝の上に置いていた左手をきゅっと握りしめた。


「それって、いつごろからなの?」


 恐る恐るといった様子でハルルが尋ねる。


「二人には、私が小さいころに体験したことの話をしたよね?」

「最近、夢で見るようになったって言ってたよね……」


 アヤは静かに、ゆっくりと頷いた。


「あの時は話したくなくて言わなかったことがあるの……」


 そこで言葉を切ったアヤは、落ちつくために少し冷めだした紅茶を一口飲んだ。


「女の子がアクマに連れて行かれちゃう前に、私は呪いをかけられたの」


 そうして、二人に話されていなかったことが語られた。


「女の人のアクマは、動けなくなっていた私の前に来て言った。『あなたはまだ幼いのに強すぎるわ』って。そして、私の魔力を封印しようとしたの」


 魔力は、成人を迎えるまで成長と共に少し増えていくとされているが、生まれつきである程度は決まっている。当時のアヤは、まだ幼いのに普通の大人よりもかなり多くの魔力を持っていた。そのことに気付いていたアクマは、アヤの魔力を封印してしまうことに決めたのだった。


「本当は、今よりもう少し多くの魔力が封印されるはずだったんだ」

「どういうこと?」

「私は、半分より多くの魔力が封印されるはずだった。成長した時、周りの大人よりちょっと強い程度になる予定だった」

「でも、今のアヤちゃんは普通の大人より結構強いよね」


 ハルルの言う通り、今のアヤは周りにいる大人達よりも強い魔力を持っている。アヤは少しだけ困ったような顔で笑うと、何故話と違っているのかを話した。


「それは、呪いがかけられる直前に、その術を少しだけ撥ね返したからだよ」

「撥ね返した!?」


 ハルルは驚きのあまり、アヤの言葉を繰り返した。タクトは何も言わなかったが、一瞬だけ目を見開いていた。


「うん。……だから、予定より少ない半分の魔力が封印された。そして、私に呪いをかけようとしたアクマの魔力も、少しだけ封印された」


 アクマの魔力が封印されたのは、アヤが撥ね返した分であることは誰もが判ることだった。

 何かを封印するような術が撥ね返されると、それは術者の元へ返るからだった。


「でも、そのアクマが受けた呪いはそろそろ消えるんじゃないの?」


 術を撥ね返されて自分まで呪いを受けることになった場合、時間が経つとその呪いは消えてしまう。


「多分ね……」


 呪いが消える時期はその術や撥ね返された量によって違ってくるが、アヤに呪いをかけたアクマはそろそろ解けてもおかしくないと、アヤとタクトは思った。


「ねぇ、アヤちゃん」

「ん?」

「アヤちゃんは、その呪いの解き方を知っているの?」


 呪いには、必ずそれを解く術が存在する。それを知っているかいないかで、呪いが解けるかどうかが決まる。


「……知らないんだ」


 アヤは哀しそうに答えた。


「そう……」


 話が終わりそのあとはただのんびりと時間を過ごした。そして、夕方にハルルが帰途へついた。



 その日の夜遅く、タクトは昨日からアヤが使っている部屋に向かっていた。

 昼間のお茶会で気になったことがあったのだ。

 ハルルが呪いの解き方について尋ねた時、アヤは一瞬だけ言葉に詰まっていた。ハルルは気付いていなかったようだが、タクトは気が付いてしまった。あの時、アヤはどう答えようか迷っていた。

 部屋の前に着いて扉を軽く叩いてみる。しかし、返事はなかった。仕方なく、タクトはそっと扉を開けて中に入る。

 ランプの明かりもない部屋は、月明かりが射しているだけで薄暗かった。

 探していた人物は、バルコニーの手すりに身を寄せていた。月明かりに照らされる庭を見て、考え事をしているようだった。

 タクトはそんなアヤの後ろに立つと、静かに名前を呼んだ。


「アヤ……」

「……どうしたの?」


 タクトの声に、アヤは振り返らずに尋ねる。


「昼間の、ハルル先生に返した答え、本当は違うよね?」

「…………」


 予想外の問いかけに驚いたアヤは、黙り込んでしまう。

 そして、いつの間にタクトはこんなに鋭くなったのだろうと思った。

 いつになっても答えがないため、タクトは口を開いた。


「ごめん。今のは気にしないで?」


 それだけ言うと、タクトはバルコニーを去ろうとした。その時、アヤの声が聞こえた。


「……そう、だよ」

「えっ?」


 タクトは動きを止めてアヤを見る。相変わらずアヤは背を向けたままだった。


「さっきの質問の答え。そうだよ。本当は、知ってる」


 その場を去ろうとしていたタクトだったが、先程と同じところまで戻る。


「でも、よく判ったね……」

「あの時、一瞬だったけど答えに迷っていただろう?」

「……まぁ、ね」

「だからだよ。アヤは呪いの解き方を知ってるって判ったんだ」


 それはちょっとした時間だったはずだ。それなのに、タクトはその短すぎる時間でアヤが迷ったことを見抜いていた。

 出会ってからまだ半年しか経っていないのに、タクトはアヤのことをよく知っていた。


「でもアヤは、ハルル先生の質問に知らないって答えた。それはまだ、呪いを解きたくないから?」

「…………」


 タクトの問いに、アヤは再び黙り込む。心なしか、アヤが俯いたように見えた。


「……ごめん、意地悪なことを言ったね。答えなくていいよ」


 タクトは自分の失敗を責めながら、アヤの背中に声を投げた。今度こそ立ち去ろうと思った時、今まで背を向けていたアヤが振り返った。

 予想外の反応に、タクトは目を見張る。しかし、下を向いたままだったアヤにはタクトの表情は見えていなかった。


「……呪いを、解きたい気持ちはあるの」


 俯いたままアヤは告げる。

 タクトは何も言うことができなかった。

 そうして黙っていると、アヤはゆっくりと顔をあげてタクトを見た。

 その顔は、見ているこちらが苦しくなるような、哀しみを含んだ笑みだった。


「でも、なんだか怖くて……」


 哀しげな笑みを浮かべたまま、アヤは震える声で言った。


「無理して笑わなくていいんだよ……」


 タクトは、そう声をかけることしかできなかった。

 その言葉を聞いたアヤは、さっと顔を下に向けた。そして、きゅっと唇を引き結んだ。

 泣きたいはずなのに我慢しているアヤを見て、タクトはやるせない気持ちになる。けれど、これ以上どうすることもできないことをタクトは判っていた。

 本当はもっと、頼ってほしいのに。もっと、心を開いてほしいのに。

 出会ってから半年では、お互いに心を許すにはまだ時間が足りていなかった。

 そうして、静かな夜が過ぎていった。


本館連載:H26 10/1~11/14

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