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chapter 3

 それから数日後、フローレ国立中央魔法学校は夏休みを迎えた。

 長期休暇ということもあって、生徒達にはたくさんの課題が出された。

 夏休み初日であるこの日、アヤはタクトと共に課題を進めていた。


「予想はしていたけど、かなりの量だねー」


 机の前に置かれた問題集の山を見てアヤが呟く。


「今までで一番多いよ……」

「そうなの?」


 初めての夏休みであるタクトが首を傾げる。


「そうだよ。まぁ、今年は卒業試験があるから、この量っていうのも判らなくもないんだけどね?」


 ほとんどの魔法学校には、卒業試験というものがある。その試験は夏休みが明けてから、合計三回行われる。秋に行われる一回目は、難易度が高く受ける人も少ないうえにおちる人が多いと言われている。そして、冬に行われる二回目の試験は、それなりの難しさでほとんどの人が受ける。合格者も結構いて、落ちる人の方が少ない試験である。一般的に、この二回目の卒業試験を受ける学生が多いため、受験者数は三回の試験の中で一番多い。そして三回目は、余程のことがない限り落ちないとされている試験である。この三回目の試験は、二回目の試験を受けて落ちた人や自身のないものが受ける。この三回の卒業試験のうちどれかに合格すれば、無事卒業となるのが魔法学校の仕組みであった。


「そうなんだ。ところで、進んだ?」

「うーん、とりあえず基礎だけ進めてる」


 アヤは今やっている問題集をペラペラとめくりながら答える。


「僕もだよ」

「まぁ、基礎は簡単だからすぐに終わると思うし。終わったらすぐに標準と応用やるつもりだし。早めに終わらせたいからね」

「そうなんだ」

「こういうのって、ためちゃうと面倒だからねー」


 アヤは困ったように笑って言う。


「それに、量は多いけどそこまで難しくないから。ただ、終わらせるのが面倒なだけで」

「それ、他の人が聞いたら怒り出すんじゃない?」


 アヤの言葉に、タクトは苦笑を浮かべる。

 確かに、今のアヤの科白を聞いたら怒りを感じる人がでてくるだろう。


「そうかもね」


 のんきにそんなことを言いながらも、本人はにこにこと笑っている。


「そうかもねって……」


 そんなアヤの様子を見て、タクトは呆れることしかできなかった。

 一緒に学校へ通うようになって知ったことだったが、アヤは学業に関してはあまり頓着していない節がある。成績は良いけれどそれを驕るような態度をとることはなく、はたから見れば印象の良い天才のよう。しかし、本当はそうでないことをタクトは知っている。本人は成績に無頓着なのだ。普段はそう見られないように振る舞ってはいるが、タクトやハルルの前ではそれがなくなる。だから、二人は苦笑を浮かべることしかできない。


「でも、前から思っていたことだけど、アヤって魔術の知識豊富だよね?」

「そう?」


 きょとんと首を傾げる。しかし、すぐにアヤは肯定する。


「んーまぁ、そうかもね。ただ、ほとんど独学だけどね。だから、結構ばらつきがあるんだ。一応ある程度すべてできるようにしてはいるけれど、専門的なことはやっぱり得手不得手があるから」

「それでもすごいよ」

「ありがとう。でも、タクトだってそうじゃないの?」


 タクトは学校に通ったことがないと言っていたが、知り合ったころから普通の人よりも魔術の知識が豊富なように感じたのだ。


「うーん、そうかな? 僕も独学だったからなぁ。知らないうちに難しい本を読んでいたみたいなんだよね。ほら、もともとアクマだったからさ、学校にも行けなかったから」


 タクトは昔のことを懐かしむように語った。アヤは、それを静かに聞くことしかできなかった。


「魔術の知識がないと他のアクマに馬鹿にされる。アクマにも、ある程度の魔術の知識が必要なんだ。けれど、アクマは学校へは行けない。だから、親や周りの大人が知識と魔術を教えるんだ。でも、僕は他のアクマたちと違っていた。そのせいか、誰からもきちんとした知識を教えてもらうことはできなかった」

「タクト……」

「いつも傍にいたクリスだけは、ちゃんと教えてくれたけどね。けれど、一人でいることの方が多くて、暇だから本ばかり読んでいたんだ。そうしたら、いつの間にか詳しくなっていたみたいなんだよね」


 苦い笑みを浮かべてタクトは言った。


「僕もアヤと同じで、一応すべてできるようになってる。でも、やっぱり傾いてるんだ。アクマだったから、闇系が一番得意なんだよね……」


 一番得意とする魔術が、光と対立する闇系であることを告げるタクトの声は、何処か哀し気だった。


「そうなんだ」


 アヤは、静かに相槌を打つことしかできなかった。

 短い沈黙のあと、アヤは明るい声をだした。


「それなら、夏休みの課題もすぐ終わるね!」

「多分ね。でも、急にどうしたの? 何かいいことでもあった?」


 タクトの問いかけに、アヤはにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべる。


「あのさ、課題が早く終わったらどこか旅行に行かない?」

「旅行? いいけど、どこに?」


 きょとんと首を傾げ、タクトは尋ねる。


「タクトが行きたいところ」

「行きたいところ? そうだなぁ……」


 タクトは顎に手をあて、少し考える。

 急に言われても思いつかない。ようやく今の暮らしに慣れてきたところなのだ。

 そう思いつつ考えていると、一ヶ所だけ行ってみたいと思っていたところが出てきた。


「ウェルステア、かなぁ……」


 タクトはぽつりと呟いた。

 ウェルステアは王宮のあるフィーネから然程離れてはいない。旅行で訪れるにはちょうど良い街である。


「いいね! じゃあ、そこに行こう!」

「そうだね」


 アヤが嬉しそうに笑うと、タクトもつられて笑った。




 その日の午後、アヤはハルルの家を訪れた。


「はーるるん。遊びに来たよー」

「まだ、夏休みになって数日しか経ってないけれど?」


 アヤを家にあげ、お茶を出しながら言う。


「そこは気にしちゃだめだよー」


 アヤはにこにこと笑って言い、紅茶を飲む。そんなアヤの様子を見て、ハルルは困ったような笑みを浮かべた。


「そういえば、課題は進んでるの?」


 ハルルはアヤの向かい側に座り、尋ねる。


「順調かな。早く終わらせたいし」

「相変わらずだね」

「まぁね。早く終わらせちゃった方が気楽だしさ」

「そうだけど、そこでやらないって選択肢が出てこないあたり、偉いよね」


 にこにこと笑って言うアヤの言葉に頷きながらも、ハルルは思ったことを口にする。


「え、やらなくてもいいの?」


 それを聞いたアヤは、嬉しそうな声をあげる。


「ダーメ。ちゃんとやってね?」


 冗談だと判っているため、ハルルは軽い調子で釘をさす。


「判ってるって」


 アヤも笑いながらそれに答える。


「ま、アヤちゃんにとっては難しいものじゃないと思うし」

「まあね。ただ、面倒なだけなんだよね」


 紅茶を口に含み、アヤは言う。すると、ハルルは苦笑いを浮かべた。


「それ、他の人が聞いたら怒るよ?」

「そうだろうね。でも、私だって何もしていないわけじゃないんだよ?」


 アヤも苦笑を浮かべてハルルの言葉に頷く。けれど、すぐに視線を手元のティーカップに落とした。

 ハルルは、アヤを纏う空気が少しだけ変わったことに気が付いた。


「……誰かに、教わったの?」

「うん」


 ハルルが静かに尋ねる。すると、アヤはゆっくりと言葉を紡ぎだした。


「学問の方は、ほとんどが独学だった。たまに、頭がいい使用人に教えてもらうこともあったけど。でもね、自分で言うのも何だけど、もともと魔術の知識が豊富でもあったんだ。一応、ある程度すべてのことはおさえているけれど、専門的なものになるとばらつきがでてきちゃうね」

「それでもすごいことだよ。魔術の方は、どうしたの?」

「これも自分で言うのはあれだけど、人より魔力が強いからね。小さいころからいろいろな術も知ってたし、そのせいかもしれない」

「えっ? でも、アヤちゃん、体術もできるよね?」


 ハルルは以前アヤがアクマと戦っていた時のことを思い出していた。

 魔術だけに頼らず、体術も使っていたことを覚えている。ハルルが今まで見てきた人達は、魔術だけでアクマと戦う人ばかりだった。だから、アヤの戦い方を見た時は驚いた。弱い人が体術を使うところはよく見てきたが、アヤのように強い人が体術と魔術を使うところを目にしたのは初めてだったのだ。


「それは、師匠について教わってた時期があるからだよ」


 アヤが師匠について魔術と体術を教わっていた時期があったなんて知らなかった。


「その師匠がね『魔術に頼りきった戦い方では、その人の魔力の強さでしか戦えない。体術も使えれば、戦い方次第で強くなれることだってある』とか言っててね。他にも『体術は魔力が弱い人の特権ではない。強い人だって使えた方が良い』とか言って、魔術と体術の両方を教えてくれたんだ」


 アヤは昔のことを思い出しながら、懐かしそうにハルルに話した。


「へぇ、そんな人がいたんだ。でも、言われてみればその通りかもしれないね」

「うん。厳しかったけれど、とてもいい人だったよ」


 昔、自分に魔術と体術を教えてくれた師匠のことを思いながら呟かれた言葉は、とても優しい音がした。


「それにしても、いろいろと苦労してきたんだね」


 魔術の知識も豊富。技術だって、そこら辺にいる一般人よりも優れている。だから、何かしら努力をしてきたのだろうと思っていた。しかし、まさか思っていた以上に苦労していたとは考えてもいなかった。

 思わず口にしてしまった科白に返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。


「そういうことに、なるのかな?」


 驚いた。

 もとからそれなりに強かったのに、師匠についてまで魔術を学んだのだ。それを苦労と思わずしてなんと思うのだろうか。努力、とでもいうのだろうか。けれど、当時のアヤの実力を考えれば、努力して魔術を強化する必要なんて感じられない。やはり、苦労としか表せない気がするのは、ハルルだけなのだろうか。


「違うの?」


 不思議に思って、首を傾げる。すると、アヤが少しだけ俯いて本当のことを話しだした。


「前に、夢の話をしたでしょう?」

「うん」


 その時のことは、よく覚えている。忘れることなんてできない。

 目の前で妹が連れ去られ、そのあとには両親が姿を消してしまうという事実を突き付けられたというのだ。まだ幼かったアヤには、辛すぎる出来事。


「あの後にね、強くならなきゃいけないと思ったの」


 それは、失ったものをとり戻すためだったのだろうか。それとも、これ以上何も失わないようにするためだったのだろうか。あるいは、その両方だったのかもしれない。


「だからね、苦しいとか、そう思うことはなかったんだよ」


 アヤの話を聞きながら口に含んだ紅茶は、既に冷めきっていて冷たかった。


「そうだったんだ。ごめんね、昔のことを思い出させちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」


 アヤは顔をあげると、気にしてないよと言うように笑った。

 そのあとは、他愛もない話をして盛り上がった。

 陽が傾きだした頃、アヤはハルルの家を後にした。そして、せっかく丘の近くまで来たのだからと、お気に入りの小さな丘に足を運んだ。

 丘に着くと、いつも先に来ている少女の姿はなかった。

 アヤは、頂上に立つ一本の木の下に腰を下ろすと、ぼんやりと遠くに広がる街を見つめた。


「アヤさん」


 突然後ろから声をかけられ振り向くと、そこにはセイラの姿があった。


「セイラ」


 セイラは、ゆっくりと歩いてくると、アヤの隣に座った。


「本当によく来るんだね」

「それはアヤさんもでしょう?」


 毎回のようにこの場所で会うため、人の事は言えないとセイラはアヤを見る。


「まあねー」


 セイラの言葉を肯定し、アヤは苦笑を浮かべた。


「考え事、してたんですか?」


 自分が声をかける前、アヤが街の方を見ながら何やら考え事をしているように見えたのだ。


「うーん、そんな感じかなぁ」


 曖昧な返答に、セイラは首を傾げる。


「ちょっとだけね、昔のことを思い出してたんだ」


 アヤは少しだけ上を向き、宙を見つめたまま答えた。


「そうだったんですか。私、幼いころの記憶がないんです。思い出せるのは、八年くらい前からの記憶で……」


 そう言って、セイラは困ったような笑みを浮かべた。


「そうなんだ。私も十年くらい前の記憶は曖昧なんだよね。でも、記憶がないのは辛いね……」

「そうでもないですよ?」


 アヤの言葉に、セイラはあっさりと答える。それを聞いたアヤは、思わず勢いよくセイラの方を見た。その顔には、どうして? と書いてあった。


「辛いというより、不思議な感じなんです。きれいさっぱり、覚えていないので」


 セイラは眉をさげて笑っていた。

 確かに、どうしても思い出したい記憶でもないのなら、きれいに忘れている昔のことなんてそんなに重要ではない。だから、不思議な感じがするのだろう。


「そっか。まぁ、私たちが今いるのは過去じゃないもんね」

「そうですよ」

「昔も大事かもしれないけれど、今だって大切だもんね」

「はい」

「そろそろ戻らなきゃ。またね!」


 アヤは立ち上がりセイラに別れを告げると、丘を駆け下りていった。

 街へ向かって歩いている途中、たった今たどってきた道からアクマの気配を感じた。

 慌てて振り向くと、後ろには誰も立っていなかった。あるのは、先程下りてきた小さな丘だけ。

 その丘には、セイラがいる。

 ――まさか。

 アヤはセイラと出会ったころのことを思い出した。

 一度だけ、セイラからアクマの気配を感じたことがあった。あまりにもアクマらしくないセイラの様子を見て、気のせいだと思っていた。けれど、そうでもないようだ。

 現に、今アクマの気配を感じている。

 一緒に話をするようになって、セイラは普通の人だと思っていたところだった。それなのに、今になって再びアクマの気配を感じることになるとは。やはり、セイラはアクマなのだろうか。

 そう考えだした時、丘に他のアクマの気配を感じた。

 ――今、あの丘に戻るのは危険だ。

 アヤは、セイラのことに悩みつつ、城へと歩き出した。









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