epilogue
アヤが目を覚ましたのは、それから二日後のことだった。
目覚めてから数日が経ち、今では普通の生活を送っている。しかし、以前と変わったこともある。それは、アヤがよく眠るようになったことだった。
通常、魔力の量は幼いころに決まり、安定する。普通の人は何事もなく成長していくが、普通の人より魔力が多い人は、身体が魔力の量についていくことができず、休息を必要とする。そして、成長とともに魔力が身体になじみ、コントロールができるようになっていくのだ。それは、アヤも例外ではなく、魔力が封印されてしまう前までは、普通の子供よりも頻繁に眠っていた。
しかし、魔力がアヤの身体になじむ前に、封印されてしまった。封印された魔力は、ないものとして扱われ、アヤは休息をとる必要がなくなってしまった。そのため、本来必要とされていた睡眠をとることができないまま成長してしまった。
そして、封印された魔力が戻った今、アヤの身体は、突然増えた魔力に戸惑った。その多すぎる魔力に耐えられず、幼いころに必要だった休息を取り戻すかのように、今のアヤに降りかかっていた。
この日も、アヤは城の裏庭でうたた寝をしていた。
穏やかな時が流れるその場所に、タクトが姿を現す。
木の根元で静かな寝息をたてるアヤに、そっと小さめのタオルケットを掛け、隣に座った。
「アヤ……」
起こさないよう、小さな声で名前を呼ぶ。静かに眠る姿を見つめていたタクトは、ふっと口元に笑みを浮かべ、優しい手つきでアヤの頭を撫でた。
「アヤ、好きだよ」
「……え?」
無意識に呟いていた。
心の中で呟いたはずの言葉が聞こえたタクトは、自分の声であるにもかかわらず、驚いた。そして、下から眠っていたアヤの声がして、さらに目を見開いた。
「アヤ、起きて……?」
「いや、寝てたよ。ただ、なんか呼ばれた気がしたから、少しだけ意識はあったんだと思うよ? それより、今……」
「もしかして、聞こえてた?」
「少しだけ……」
そう答えるアヤの顔は、ほんのり赤く染まっていた。そして、恥ずかしいからなのか、もぞもぞと動いてタクトに背を向けて横になる。
「ごめんね?」
「どうして?」
「本当は、言わないでいるつもりだったんだ。僕は、少し前までアクマだったから、アヤに迷惑をかけたくなくて。それに、また操られることとか、裏切ることもないわけじゃないから……」
アヤは、静かにタクトの話を聞いていた。
タクトの言っていることは、近いうちに起こってもおかしくない。周りの人達も、アクマ側から抜け出してきたタクトのことを受け入れても、その可能性を危惧して快く思っていない人もいる。そんな人達からアヤに被害がいき、傷つけられることを心配して、黙っていようとしたのだ。
「まぁ、もうアヤに聞こえちゃってたみたいだから……」
タクトは苦笑いを浮かべてアヤの髪を弄る。しかし、すぐに言葉と同時にその手も止めた。
急に止まった動きに不思議に思い、アヤはちらりとタクトの方に顔を向けた。
すると、タクトはふわりと優しい笑みを見せ、柔らかい声で囁いた。
「好きだよ」
アヤは、一瞬目を見開いたあとすぐに顔を前に向けてしまった。
「……あり、がと」
その声は小さく、顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「私も、タクトのこと好きだよ。でも、ごめんね……」
小さな声で呟かれた謝罪。アヤは、ゆっくりとその理由を話し出す。
「今までは一般人でいられたけど、お父さんとお母さんが王様と王妃様だったでしょう? きっと、今までと同じじゃいられないと思うの。せっかくアクマ側から抜け出せたのに、私といたら家のこととか他のつまらないことでタクトを巻きこんじゃうかもしれない」
タクトは、途中で口を挟みそうになるのをこらえて、静かに耳を傾けていた。
「判ってたのに、タクトが優しくしてくれるから……。気付いたら一番大切な人になってた。でもね、気持ちは伝えないようにしよう、隠しておこうって思ってた。タクトには、普通の生活をして幸せになってほしかったから」
「……アヤ」
「でも、ダメだね。タクトの気持ち聞いちゃったら、隠せなかった」
そう言って、アヤは困ったような笑みを浮かべた。
「タクトが何も言わないでいたら、あるいは他の誰かを好きになってたら、私の気持ちは言わないでおこうって決めてたんだ」
「過ぎたことを聞くのはおかしいけど、もし僕がアヤに気持ちを伝えた時はどうするつもりだったの?」
「考えてなかった」
予想外の答えに、タクトは優しい声色でその理由を尋ねる。
「どうして?」
「そんな都合のいいことあるわけないって思ってたから。期待外れになるのが怖くて、考えないようにしてた。それに、今のままでも幸せだったから」
「アヤ……。ねぇ」
タクトは、前を向いたままでいるアヤの肩をトントンと軽く叩いた。それに反応して、アヤは顔をタクトの方に向ける。すると、タクトがアヤの髪を手に掬い、唇を近づけて囁くように告げた。
「アヤがどう思っていようと、これだけは言っておくね。僕は、アヤのことが好きだよ。僕の幸せはアヤと一緒にいることだからね」
言い終えるや否や、手に掬われた髪にキスが落とされる。アヤは驚きに目を見開く。
髪の毛への口づけ。アヤは、それが何を意味するのか知っていたのだろう。おそらく、タクトも。
「ありがとう。私も本当はタクトと一緒にいたい。こんな私で良ければ……」
「『こんな』なんて言わないでよ。僕はアヤがいいんだ」
「ありがとう。すごく、嬉しい……」
アヤは恥ずかしそうに笑った。
二人の頭上から、あたたかな木漏れ日が降り注ぐ。その光はまるで、二人を祝福しているかのようにみえた。
―fin.
「さくら咲く季節2」を書き始めて数年。どんな終わり方をするかは決めていましたが、細かいところまで決めておらず、自分が納得できる終わり方を見付けるまでに数年かかりました(笑)今回の終わり方の一個前はもっとくどくどとタクトと会話をしていて、なんか違うなぁと。その前はもっとすごくあっさりしていたと思います。なんとかepilogueまで書けてほっとしています。
このシリーズはもともと小学生のころから書き始めていて、何度も書き直しをしてここまで来ています。タイトルが「さくら咲く季節」に決まってから、3部作と決めていました。ので、次で本編が最後となる予定です。しかし、実は今回の「さくら咲く季節2」までのプロットは何度も書いたことはあるのですが、最後の話となる「さくら咲く季節3」のプロットを作ったことはありません。中学生のころからこのシリーズを終わらせたくないと思うことがあって、最後の話だけはずっと頭の中にあるままで創作ノートに書きだしたことは一度もないです。ですので、最後の話をお届けできるのはいつになるのか分かりません。気長に待っていただけると嬉しいです(苦笑)




