セルフタイマー
なし
翌朝5時
私たちの期待もむなしく
横殴りの雨
ただすすめないほどの雨ではなく
とにかく
先を急ぐことにした
風はさほどでもなかったが
尾根づたいをひたすら
のぼったりおりたりして
すすむ
雨は小雨になったが
途中から立ち込めてきた
白い世界の中
このまま
遭難してしまうのでは
という
不安が徐々につよくなる
しかし
先頭を力強くすすむ
先輩は
「だいじょうぶ、俺にまかせろ」
そう言って
豪快に笑った
「これだけ、元気よく
大騒ぎして
笑ってりゃあ
くまもでないべ」
先輩も怖いのだな
そう思ったが
その元気さに甘えることにした
私は
前日までつとめていた
先頭を先輩が代わって
先輩はこの白霧の中
ただただ
道に迷わないように
登山道をすすめている
急きょ
先輩の代わりの
しんがりをつとめる私
しんがりは
だいだい
3年生の先輩のポジション
私もこの
ポジションははじめて
なんだか
気が張ってるのか
白い霧の圧迫感か
ときどきうしろに何かの
気配を感じ
その都度
ふりかえるが
もちろん
そこには霧だけで
誰もいず
私が振り返る間に
パーティから
遅れてしまい
あやうく
こちらが
遭難しそうになること
たびたび
後半は気配があっても
「気のせい、気のせい」
とかってに
思うことにした
ほうほうのていで
2日目のテン場に到着。
大雪山系では
基本的に
道に迷うなどして
遭難しない限り
決められた場所以外に
テントを張ることは禁止されている
なぜなら
そこはくまの出没
というか
くまの行動範囲
つまりくまの生態系に
人間が入っているからだ
そして、貴重な
高山植物が踏み荒らされるのを
防ぐこともある
この急な雨で
テン場には川ができており
満員のテン場で
私たちは
雨水が流れて
川になっている斜面に
ななめの状態で
テントをはるしかなかった
案の定食事の支度をはじめ
天気図を書いている先輩の
テントの場所には
いつのまにか
水が少しずつたまっていて
少し浸水していた
そして
その夜
水に濡れながら先輩は
寝ていた
もちろん
リーダーとして
自分以外の後輩を
かばってのことだった
翌日の早朝
3日目にして
やっと低気圧は去り
この世のものとは思えない
太古からの大自然が
突如、目の前に広がった
今まではただただ
白い世界
そこに急に広がる
雄大な自然。
私たちはここぞとばかりに
写真をとりまくり
トムラウシ山を目指した。
この山は私たちの
大学の合宿施設のある
新潟県の妙高山に
山の形や雰囲気が
似ており
そしてここが一番似ている
ところと思われる
大きな岩のかたまりが
そこかしこにみられ
ときには奇岩もあり
私たちをとても
楽しませた
ところが
そんな本州では見られない
素晴らしい景色を
写真に撮ろうとすると
なぜかシャッターがひどく
重かった
先輩を交えてのみんなでの
記念写真
セルフタイマーでの撮影は
シャッターがついにおりなかった
「昨日の雨でカメラの
調子が悪いんだよ」
そう言う先輩が
さびしそうだった
なし