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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺人鬼は一目惚れの夢を見るか?

作者: イチナ

「あんたは一目惚れはあるって信じるタイプ?」


 目の前の青年は至極困ったような顔で、けれど照れくさそうに問いかけてきた。


「俺は、んー、なんだかな……。信じてなかったタイプなんだけどさ。でもあんたに会って、信じようかなって思うよ。いや、まぁここまで言えばだいたい話の内容はわかると思うんだけどさ、……好き、なんだ。あんたのこと」


 途中まで戸惑うように喋っていたのに、だんだんしっかりとした口調になって、最後には真剣な目でこちらを見つめる。一般的な身長に比べて、ほどほどに高い背。一見細身に見える身体も、パーカーの隙間、ちらりと覗く首元から引き締まっていることがよくわかる。染めたのだろう茶髪の髪は、彼の甘く整った顔立ちによく似合っていた。見てくれだけは上等な優男である。しかし、柔らかく細められたその瞳の奥に揺れる、熱をもったナニカを見つけて、背筋が粟立った。


「あ、そうだ。自己紹介しなきゃな。俺の名前は伏倉(ふしくら)大地(だいち)。この間の九月九日に誕生日迎えて二十歳になったばっか。大学は受かったけどつまんないから退学した。趣味はいろいろ。今は株にハマってて貯金はけっこうある。好きなものは特になかったけど、あんたが好きになった。嫌いなものは特にない。で、あんたは?」


 彼は流れるように話し続け、首を傾げる。私は極度の緊張で口の中がカラカラに乾いていたけど、答えないわけにもいかない。どうしても固くなる口を必死で開いた。


「ち、な。青海(おうみ)千菜(ちな)……」


「千菜、ね。可愛い名前。よろしく、千菜」


 そう言ってスッ―と差し出してきた右手には、まだ真新しい血がべっとりとついたバタフライナイフが握られていた。彼、伏倉大地はすっかりそれを忘れていたようで、「おっと」と驚いたように声を上げ、へにゃりと誤魔化すように笑いかけてきた。


「わりぃ、わりぃ。随分長いこと握ってきたから、慣れちまって。じゃあ、あらためて」


 今度差し出した手は左手だった。さっきの手とは反対で、白く長い指は、どの指も赤い汚れはついていない。綺麗な大きい手。さっき見た、手に握られたモノは私の白昼夢ということにしたいが、左手から右手のほうに視線を移すと、変わらずそこに鎮座していた。うん。これは白昼夢には出来そうにない。


「千菜?」


 いつまでたっても手を握らない私に疑問を持ったのか、伏倉大地は私の名前を呼んで、どうしたのかと目線で問いかけてきた。


「な、んでもないよ?」


 へらりと笑って私も手を差し出した。ちなみに背中は冷や汗だらだら。笑顔はぎこちなかったり。伏倉大地は気づかなかったのか、嬉しそうに破顔して、私の手を握ってぶんぶん振った。


 この時私は人生で一番心臓が足早に拍動していた。誤解のないように言っておくが、これは決して一目惚れとかそういう類ではない。ただ彼、伏倉大地の足元に倒れ伏す血塗れの哀れな中年サラリーマンと同じ運命を、いつ私が辿るのか。気が気でなかったからだ。


 青海千菜、十七歳。登校途中で私は、ちまたで噂の殺人鬼に一目惚れされたらしい。


***


「よっ。学校お疲れさん、千菜」


「なんでいるの!?」


 軽く手をあげてにこやかにあいさつしてきた殺人鬼に、私が放った第一声がこれである。


「なんでって……そりゃあ、彼氏が彼女を迎えに行くのは当然だろ。近頃は危ないことも多いし、千菜は美人だから心配なんだよ」


 私の心からの叫びに、言わせんなよ恥ずかしい、と頬を染めて伏倉大地は答えた。見た目はただのイケメンなので、照れるイケメンを見て周りが色めき立つ。皆さん!こいつは近頃お茶の間のニュースでよく流れる殺人鬼ですよ!……大声で叫べれば、どんなに良かっただろう。


 このごろ危ないとか言われてるのはお前のせいだ!とか、恋人同士っていうか脅迫されただけだよこんちくしょう!とか、殺人鬼が平然と出歩くな迷惑だ!とかの本音は押さえ、なんとか、彼氏が迎えに来てくれて嬉しい彼女の満面の笑顔(うなれ!私の想像力!)を浮かべた。たとえどんなに引きつっていても、これは笑顔なのだと言い張ろう。そして、最初にちょっと本音がポロリしてしまったのは都合よく忘れることにして、誤魔化すのに全力を尽くそうと思う。


「ちーな!あんた彼氏出来てたの?教えてくれたっていいじゃないのよう」


 隣でぴょこぴょこ飛び跳ねながら、キラキラとした目で興奮気味に話しかけてくる親友を適当にかわし、迎えにきた自称彼氏、他称殺人鬼の伏倉大地とともに帰るから一緒に帰れなくなったと告げると、我が親友はキラキラした笑顔から一転、ニヤニヤしだして「どーぞ、どーぞ。あとはお若いお二人さんで」と言い逃げた。あいつ……!こいつが殺人鬼と知らないから、んなこと言えるんだ!絶対明日殴る……!………明日が無事迎えられたらな。


「じゃあ、行こっか。あ、ついでにデートでもする?」


 俺、人通りの少ない穴場スポット知ってるから、一緒にどう?ナイフも俺の予備があるから二人でできるよ、などという戯れ言を呟くヤツの襟元を引っ付かんで、ズルズル引きずるように歩いた。もちろん、デートなんてしない。伏倉大地は一般人である私に何をさせようというのか。


「俺、女の子と普通の恋愛すんの初めて。ね、千菜は?」


 普通じゃない恋愛ってなんだ。


 ツッコミたいけど訊いたらこっちが後悔しそうだったので「……うん。私もだよ」と当たり障りないように答えておいた。


 こいつ、自宅に一緒に帰るふりして交番に突き出せないかな。……突き出しても、「千菜、俺が捕まったら一生会えなくされちゃうんだ。だから一緒に死のう?」ってニッコリ笑ってナイフ振り上げてる姿しか思い浮かばない。頼むお巡りさん。私が一緒にいないときにこいつを捕まえてください。


 私はなんでこんな変人殺人鬼に好かれちゃったんだろう………。遠い目をしながら私は考えた。


 結果、一目惚れってコワイ。神様、お願いだからこれは夢だっていってください!


「千菜、千菜、あいつ千菜にいやらしい視線向けてたから殺してくるな」


「やめて!言いがかりつけて人殺ししないで!」

千菜ちゃんはセーラー服を着た、ロングの綺麗な黒髪の持ち主をイメージしてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかもっと設定を詰めたら化けそうな予感が。 もし連載したら読みたいです。
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