表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紡ぎ詩 一.「そして僕は、それを心に焼き付けた」

作者: 水連 真澄

 見上げると、透き通った空がどこまでも広がっている。

 僕は手にしていたスケッチブックを傍らに置くと、その場に横になった。

 高校生になってまで写生大会かよ、と最初は不満だったが、こうして教室の外に出てみるとやはり気持ちが良い。気分転換ぐらいにはなりそうだ。

 学校からそう離れてはいない河川敷。初夏の川原は鮮やかな緑色で覆われていて、寝転んでみると、少し湿っぽい草の匂いがする。

 僕はとうとう描くことを放棄して、昼寝の体勢に入った。どうせこの辺りで描いている奴なんて、僕ぐらいだ。少しぐらいなら見つからないさ。

 指の間をするりと抜け出した鉛筆は、ゆっくりと土手を転がっていく。そしてそれは、そう時の経たないうちに、僕の元へ戻ってきた。

「おい、成瀬靖都」

そいつは何故か僕の名をフルネームで呼びながら、生い茂る草を容赦なく蹴散らして土手を上がって来る。

「寝るならせめて筆箱にしまっとけ。こんなに汚れて、鉛筆が可哀相だと思わないのか」

「速水、……つっこむところ、そこなの?」

「気にするな、いつものことだろ」

そう言いながらそいつは僕の手に鉛筆を握らせた。

 速水晶という名のこの友人とは、もう6年の付き合いになる。性格は、良く言えば個性的、悪く言えば変だ。まあ、そんな奴だから、今まで仲良くやってこれたんだろうけど。

「ところで速水、もう描き終わった?」

「もちろん。俺の画力ならこんなのあっという間だ」

「何描いたんだ?」

尋ねると、速水は自分のスケッチブックを僕に放った。勝手に見ろ、ということらしい。手の中の鉛筆を今度はちゃんと筆箱にしまってからページをめくる。

 最初のページを占拠していたのは、日差しに照らされた信号機。彼が去年の写生大会で描いた絵だ。お題が無いとは言え、信号機なんて描いたのは流石に速水だけだ。大抵の生徒は風景を描いてくる。そんな中で、速水の作品は異色としか言いようが無かった。力強いタッチで描かれた彼の絵は、一年生の作品にも拘らず、昨年の最優秀作品となった。

全く、お前らしいよ。そう思いながらページをめくると、そこには何故か横断歩道の絵があった。

「今年は横断歩道なのか」

「おう。みんなと同じの描いてもつまんねーし。それに顔見知りの少ないところの方が集中できるしな」

いつの間にか、彼は隣であぐらをかいて、その絵を覗き込んでいた。

 「上手いだろ」

「僕にもその画力分けてほしいよ、ホント」

そう言うと、彼は満足そうに二カッと笑った。さて、僕もそろそろ描かないとまずいかな。

 「じゃあ、僕もいい加減描いてくる」

「あれ、ここで描かないのかよ」

立ち上がった僕を、速水は不思議そうに見上げた。くっそー、余裕だな。

「俺、てっきりお前はここで描くんだと思ってた」

「そりゃあ、確かに良い所だけどさあ。僕には難しすぎるよ。画力が追いつかない」

ふーん、とどうでも良さそうな相槌を打つと、速水はある場所を指差した。

「あれならどうよ」

「どうって……」

促されるままにそちらを見ると、

「ただの階段じゃないか」

土手から川辺に降りるための階段が鎮座していた。コンクリートで出来た、何の変哲も無い階段だ。

 「案外面白いと思うけどなー。誰も描かなさそうだし」

「お前……その理由好きだな」

「気にするな、いつものことだろ」

その返答も好きだよな、と言いかけて止めた。どうせ言っても意味はないし、折角題材をくれたのだから、これを活かさない理由も無い。そう自分に言い聞かせて、僕はその階段へと向かった。

 結局、速水の言った通り、それは面白い題材だったことを認めざるを得なかった。

「な、俺の言ったこと信じて良かっただろ」

「ああ……。それにしてもお前、よくこれに気付いたな」

「俺、両目とも視力Aだもん」

 何の変哲も無い階段。だが、その一番下の段に、一つのビー玉が転がっていた。

誰かが落としていったものだろうか。だとしたら、これを落としてくれた誰かに感謝しなきゃいけないな。そう思ってしまったほどに、絵になっていた。

沈み始めた日を吸い込むように光るガラスと、それを抱く灰色のコンクリート。階段の周囲が草で覆われているおかげで、鮮やかな緑が、コンクリートの無機質さを少し和らげてくれている。

ありそうでなかった組み合わせ。それが何だか新鮮で、僕は無我夢中で筆を走らせた。真っ白だったページが、みるみる内に染まっていく。

「上手いじゃん」

「速水ほどじゃないよ」

 完成した作品は、確かに自分でも上手いと思った。自画自賛だと思われそうだから、口には出さないけれど。



終了時間ギリギリに提出したその絵は、学年内の佳作に選ばれた。もちろん最優秀作品は速水の絵だ。流石に2年連続受賞なだけあって、美術部員が相当悔しがっていた。美術部への勧誘も山ほどあったらしいが、

「俺はサッカー一筋だから」

と、全部断ったらしい。サッカーなんてちゃんとやったことないくせに、よく言うよ。

 「成瀬君、美術部入らない?」

美術部員に取り囲まれた速水を傍観していると、ある女子部員に声をかけられた。

「え、僕?」

「ええ。佳作だったけど、私はすごく良い絵だと思ったわ。美術部で頑張れば、相当良い線行けるって!」

その題材を提供したのが速水だって言ったら、どんな顔するかな。言わないけど。

 「……えっと、悪いんだけど僕はそんなに上手くないよ。それに、生徒会が忙しいし」

そう無難に断ると、その女子部員は、何だ残念、と全然残念じゃなさそうに言って、

「でも、あの絵が良いって思ったのは本当だよ」

速水を取り巻く集団の中に戻っていく。

 その言葉だけは本当だと、残された僕は勝手に受け取っておく。褒められるなんて、そうそうないことだし。たとえそれが、速水のおかげだとしても。

 「それにしても………あの子誰だっけ」

たとえそれが、名前も知らない子に言われたことだとしても。

 「おーい、成瀬ー!生徒会行こうぜー」

「ああ。今行くー」

そして僕は、ようやく解放されたらしいその友人に密かに感謝しつつ、教室を後にした。



三大噺です。今回のテーマは、「ビー玉」「階段」「鉛筆」でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ