どこかに浮かぶ時間軸
秋がもうそこまで近づいてきた。
少し冷たい風が心地よく、何をするにもちょうどいい季節。
図書館は「読書の秋」と銘打ってイベントを始める。
美術館は「芸術の秋」と銘打ってイベントを始める。
学校では「スポーツの秋」と銘打って生徒を生き地獄にさらす校庭30周とかいう魑魅魍魎にあふれたイベントを始める。
スーパーのでは「食欲の秋」と銘打ってセールを始め、おそらく今の父の給料では一生食卓の仲間に加わることのないであろう国産天然マツタケが並び始める。
これは、夏から日に日に遠ざかっていく季節のとある日のことだ。
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僕は今勉強をしている。I am studying now.
何の勉強かというと、3日後に控えている英検。
僕はそんなものを受けたいわけがないが、両親に「受験の時に役に立つから」と言って無理矢理受けさせられている。
大方皆様も英検や漢検を「受験の時に役に立つから」などという理由で受験されてるのではないだろうか。
じゃあほかに受ける理由があるかと言われれば何も返せない。
でも、と僕は思う。
正直だるいし勉強なんかできることならしたくない。
これと同じことを全国の学生の約90%以上が思ってくれていると信じよう。
色々言ったが文法構わず強制終了した。忘れてほしい。
誰にだってこんなポエマー気取りな時期はあるものだろう。
僕は壁の時計に目をやった。
遅い。約束の時間から30分以上経っている。
自分も英検を受けるからと言って一緒に勉強をしよう、と提案してきたのはあいつだ。
その張本人が表舞台に上がってこない。
どこかで事故にあったのだろうか。どちらかというとそのほうが嬉しいのだが。いや、失敬。
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結局そいつが来たのは約束の時間から1時間経つか経たないかぐらいの時間だった。
玄関のインターホンが空手の達人的な人が素手で板を割るのに失敗してしまったぐらいな勢いでやかましくなり始めた(インターホンを修理、もしくは買い替えにしたほうがいいのだろうか?それともこの場合よくわけのわからない説明をしてしまった僕が病院に行ったほうがいいのだろうか?)ので、僕は2階に存在する自分の部屋から出て、階段を下り、玄関のドアを開け―――ようとした。
開けていいのだろうか?
外から僕を呼ぶ声がするがこのまま無視したっていいのではないだろうか?
そうだな、遅れてくるほうが悪い。皆様には僕のやっていることがひどく思えるかもしれないが僕は何も悪くない。
よし、気付かなかったことにしよう。
そうしよう。
このままあいつは玄関の前で餓死してしまえばいいのだ。いや、失敬。
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約10分間にわたる長考の結果、しょうがないので玄関を開けてこいつ――天坂春希を家に入れた。
1時間近くも遅れて来ているくせに無邪気な笑顔を見せられた僕は、自分の部屋につくまでに10回ぐらい殺意が沸いた。
部屋に入り、僕はさっさと勉強をし始める。
そうでもしないとこいつは勉強をしようとしない。
いつも自分から誘っているくせにだ。
チラッと春希のほうを向くと、英語の暗記集のようなもので勉強していた。
・・・珍しい。
僕があまりの出来事に愕然としていると、春希がこっちを向いた。
最悪だ。
目が合ってしまった。
もうこいつなんか東京スカイツリーのてっぺんから身投げすればいいのに。いや、失敬。
目があってから少しの間があって、春希が口を開いた。
「これ、貸してあげようか?」
と言って、見たところ長文読解のプリントが何枚か入っているファイルを差し出してきた。
「ん、ありがとう・・・?」
あまりに自然な流れだったので僕は受け取ってしまった。
軽率だった。
何かの罠だろうか。僕は一瞬のうちに頭をフル回転させた。
が、こんなたかが何枚かのプリントにどう罠があるというのだろうか。
いくらなんでも考えすぎだというものだ。
実は長文読解の対策プリントは自分でも持っていたのだが、せっかくの御好意だ。無駄にしてはいけないだろうと思い、今やっている単語の暗記が終わったらやろうと思っていた長文読解の対策プリントを机の引出しにしまった。
さっそく僕はそのプリント解かせていただくことにした。
ざっと見ると、どうやらヒロシがアメリカにホームステイに行った話みたいだ。正直おもしろくなさそうだ。
まあいっか、と僕はさっさとやってしまうことにした。
「Hiroshi went to America・・・」
(ヒロシは1か月前、アメリカのウィスコンシン州に2週間の間ホームステイをしました。)
ウィ、ウィスコンシン州・・・・。なんかのどにつっかかる・・・。
(ヒロシはホームステイ最終日の前日、そのホストファミリーとバーベキューをしました。そこでヒロシは、帰国してから両親や友人に見せるために写真をたくさん撮りました。そのバーベキューは、とても楽しく、一生の思い出になったとヒロシは思いました。・・・帰国したヒロシは友達を家に呼んで撮った写真を見せることにしました。ヒロシは現像した写真を自分でも見ていないので、友達と一緒にみるのが楽しみでした。)
自慢する気だな、こいつ。
(みんなで楽しく写真を見ていると、友達の一人がある一枚の写真を見て言いました。「あれ?何これ?」その写真にはホストファザーが写っていましたが、ホストファザーの肩に明らかに手のようなものがのっているように見えるのです。ヒロシは覚えています。この時周りには誰もいませんでした。ホストファザーを除いたホストファミリー全員がヒロシの後ろ側にいたのです。「な、何だよこれ?!」)
・・・・この先なんかとてつもなく恐ろしいことが起きる気がするんですけど。何これ。
僕は必死に横で単語帳をペラペラめくって単語を覚えようとしている春希をにらみつけた。
それに対して春希は、こっちを向いて、ふっと鼻で笑った。そしてまた単語帳に集中し始めた。このやろう、頭蓋骨砕け散れ。いや、失敬。
身体から沸き起こるすさまじい殺意をすさまじい精神力で押さえつけ、続きを読んだ。
(「うわ!こっちにも!!」今度は違う友達がまた一枚の写真を見て言います。ホストファミリー全員がうつっている写真でしたがそこには、ホストファミリー全員に何か白い靄のような写真がかかっているように見えます。)
ちょ、心霊しゃしいいいぃぃぃいん!!!色々と無理だぁああ!!
(ヒロシはだんだん怖くなってきました。友達もみんな黙っています。そこに突然)
な、何かあったのか?!
(お母さんが部屋に入ってきました。)
よく考えてみれば意外でも何でもないが何だかイラッとくるな、これ。この文章が春希に見えてきた。即刻燃やしたい。ついでに春希も燃やすか。いや、失敬。
(お母さんは言いました。「大変よ、悪いけど今すぐお友達には帰ってもらって。ちょっと向こうの方たちがね・・・」向こうの方たちというのは多分ホストファミリーのことでしょう。ヒロシの悪い予感は当たってしまったのでしょうか?ヒロシは友達に「ごめんね」と言って帰ってもらいました。お友達も、場の空気を呼んですんなりと承諾してくれました。)
・・・これ、英検で出たら僕叫びだすよ?試験会場飛び出していくよ?
(お母さんは暗い顔でこう言いました。「実はね、ヒロシがお世話になった向こうの家族なんだけどね」全員、と言ったところでいったん切りました。ヒロシはせかしました。「一体どうしたの?」あのね――「全員原因不明の心臓麻痺で亡くなったそうよ」ヒロシは悲しい気持よりも先に恐怖感が襲ってきました。あんなに楽しかったバーベキューが、今では嫌な思い出になりかけています。ふと手に取った写真を見て、ヒロシは叫びそうになりました。その写真に写っている人物の後ろに、骸骨の手のようなものが写っていて、その手には鎌のようなものが握られているのです。)
・・・ヒロシ死亡フラグ・・・。ヒロシ・・・今までありがとう・・・。
(ヒロシはその夜、なかなか眠ることができませんでした。眠るとそのまま死神に天国へ連れて行かれてしまうのではないかと恐怖でいっぱいでした。しょうがないのでベットを下りて机の電気をつけようとしました。そこに突然)
ヒロシィィィィィィ!!!
(お母さんが部屋に入って行きました。)
お母さぁああん!!紛らわしい!!これ以上読んだら吐血する・・・。ヒロシよりも先に僕が昇天する・・・。
(「お、お母さん・・・」ヒロシはとても安心しました。お母さんは言いました。「大丈夫よ、そんな死神だなんていないわよ。全部偶然だわ。ヒロシがおびえることないのよ」と肩をたたかれました。しかし、ヒロシは身体が凍りつきました。肩を叩いてきた手はお母さんの手ではありませんでした。そう、写真に写っていたあの骸骨の手だったのです。叫ぼうとしましたが口から出たのは息だけでした。もうそこにお母さんはおらず、いるのは鎌を持った骸骨でした。その骸骨はゆっくりと鎌をヒロシの頭の上にふりあげました。そして――――。)
・・・これで文章終わり?
この長文を読んで僕に残ったものは虚脱感と春希に対しての太陽が爆発して木端微塵になるぐらいの殺意だけだった。
絶対はりつけにしてやる、というよりする。いや、失敬。