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三男

時間をくぐる特殊能力を持ついさぶ。小さい頃はその自覚がなくて、無邪気にあちらとこちらを行き来しては、しょっちゅう神隠しに遭う子どもだと思われていたという。


そんないさぶを、父親はさっさと勘当しろと言った。憑き物に憑かれた三男坊がひとりいなくなったところで、下にも二人弟がいる。大した影響はないのだ。対して母親は、彼を救おうと加持祈祷の類いを片っ端から受けさせていたのだけれど、いさぶが自ら作ったひずみに消えていく姿を見てしまった。そして――心が壊れてしまった。


気味が悪い。こんなのは私の子じゃない。


そうして捨てられたいさぶを、旦那が連れ帰ったのだという。



いつか旦那が教えてくれたそんな話を思い出すうちに、自然と目の前の婦人を凝視してしまう。するとその女性は、私が発言の続きを促しているのだと思ったようだ。



「いえね、うちには四人子どもがいるのですけれど、末の息子だけまだ独り身なのです」


「四人、ですか…?」



だって。

三男坊のいさぶの下に二人弟がいるのなら、あなたの子どもは少なくとも五人のはずです。



「ええ、男の子ばっかり」



けれどその人は微笑むばかりで。

忘れてしまったのですか。でも、でも。



「五男って…」


「え?」


「先ほど、末のお子さまを五男だと」


「あら」



心底不思議そうな顔をして、少し考えるそぶりを見せたこの人は、



「おかしいわね」



ほんとにおかしそうに笑うのだ。


この人は、幼い頃に手放したいさぶを、その存在そのものを記憶から消してしまったんだ。きっとそうしないと、心が耐えられなかったんだ。けれど残っている。いないはずの三男坊も。心の片隅に。ちゃんと。



「薫、もうよい。下がれ」



泣きそうになった私を、旦那が救ってくれた。



「姉上。清五郎の嫁にはできませんが、これからも顔を合わせることがあるでしょう。見知りおいてやってください」



そうして私に向かってうなずく。私は床に手をついた。



「……薫と申します」



それだけ言うのが精一杯の私に、いさぶのお母さんは優しくうなずいてくれる。



「よろしくお願いしますね」



それから逃げるように部屋を辞した。もっと冷たい人を想像していた。けれど穏やかな人だった。それがかえってショックで。


しばらくぼんやりとしていると、どさりと音がして、旦那が向かいに座っていた。



「帰ったよ」


「あ…お茶を」



片づけます、そう言おうとした私を、旦那は「あとでよい」と制した。



「急にすまなかったな。伊三も留守だったし、ちょうどよい機会だと思っての。お前も気にしていたろう?」


「ええ…けど…」


「うん。状況を説明していなかったからな、驚いたろう。あの通り、小松家とは縁が切れてはいない。盆暮れの挨拶はするし、ああして時折訪ねてくることもある」


「伊三さんとは…?」


「顔を合わせたこともあったが、初対面のような顔をしておられたから、儂の養子だと説明しておいたよ。無理に伊三のことを思い出させて、またあのときのように発狂されるのが怖くてな」


「そんな……」


「姉上が心穏やかに立ち直るまでに、何年もかかったからのう。だから伊三が小松家と関わらないのもそれが理由だよ」


「お母様…?」


「確執でも意地を張っているのでもない。ましてや憎んでいるのでもない。母親の心を守るためさ」


「ほかの…ほかの、ご家族は?」


「父親はすでに関心をなくしているし、上の兄二人も、年が離れているから伊三のことは大して気にかけていないな。すぐ下の弟はもともと伊三を慕っておったから、時々伊三に会いに来る。末の弟は…若い頃は伊三を憎んでおったな」


「憎む? どうして」


「いちばん母が恋しい時分には伊三の憑き物祓いにかかりきりだったし、そうかと思えばあいつが原因で母がおかしくなったのだからのう」


「そんなの…!」


「そう、あいつのせいじゃねえ。ましてや今は、原因になった"気味の悪い"力を使って立派に人の役に立っておる。けどな」



旦那は立ち上がり、のびをしながら言った。



「そうやって実家との均衡を保って来たんだよ。あいつ自身がそう決めたんだ。だからお前さんがそんな顔をする必要はない」


「…はい」


「で?」


「え?」


「話があるっつったな。伊三が帰って来ねえうちがいいんだろ?」



そう。旦那に話したいことはあった。けど。ちょっと整理させてほしいのです。



「ついでに茶ァ入れかえて、部屋に持って来てくれ」



……そんなふうに頭を整理する時間をくれちゃったら、また私の思考は悪いほうにループしてしまうじゃない。


矛盾したグチを頭のなかで吐きながら、のろのろと立ち上がる。とりあえず、茶だ。

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