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番外編・こっちでもやきもち。

お久しぶりです。前話「やきもち」のさらに番外編です。

=====


その、少し前のこと。「夫婦げんかがしてみたい」なんていう、愛する嫁のかわいいおねだりに応えるため、俺は手当たり次第の言いがかりをつけて、志緒に怒鳴りつけていた。



「色目なんぞ使いやがって」


「そっちこそどうなのよ!」



言い争いながら思う。こんなふうに、言いたいことをポンポンと言える間柄になれたのだなあ…それはうれしい、が。だんだん薫に似てくるようで、それは嫌だ。



同じようなことを思ったのだろうか。はじめ真っ赤な顔をして怒っていた志緒が、次第に笑みを深くしていく。



「お前……言ってることと顔が合ってないぞ」



呆れて指摘すれば、からりと笑われる。



「なんだかうれしくなっちゃって」



……こんなにかわいい女が他にいるだろうか。そういや今夜は娘が留守だったな。久々の夫婦水入らずか。



「続きは家だ。もう帰ろうぜ」


「じゃあ、かおにお礼を言っていきたいわ。どこに行ったかしら」



言われて部屋を見渡せば、所在なげに伊三郎が座っているのに気がつく。いたのか。目が合うと、呆れたため息をつかれた。



「なんだそういうことか。薫ならとうに飽きてフラフラ行ってしまったわ」



探してくる、と部屋を出て行く伊三郎を見送り、改めて嫁に聞く。



「ところでお前、ケンカがしてみたいってのはわかったが、それでどうしてこんなことになったんだ?」


「だって。あたしが少しわがまま言ったくらいじゃあ、怒ってくれないでしょう? だから小松様に、かおの所へ連れて行ってくださいってお頼みしたの。それぐらいの無茶をすればさすがにケンカになるかなって。けど小松様って頑固なのね。それはできません、の一点張り。それで言い争ってたら、旦那が見かねて提案してくださったの」



……。わかってねえな。そりゃあ、多少のわがままでは怒ったりしない。けどなあ。そこで伊三を頼るってのが気に食わねえ。しかもなんだ? あいつと言い争ってたって? そんなもん、俺だってほとんどしたことがないってのに。



ふと、先ほどの薫との会話を思い出す。俺に対しては、耳をふさぎたくなるほど開けっぴろげなのに、「好きな人の前では恥じらう」のだという。…ためしに嫁の耳元に囁いてみる。



「今夜は七緒いないんだろ? 久しぶりだな、二人っきりになれるのは」


「……」



表情を観察すると、これは照れているときの顔。そうだよな、恥じらうよな。薫も伊三の前じゃこんな顔すんのか。てことは、いやいやまさか。薫が俺に対するみたいに、志緒も伊三に?…いやまさか。あんな開けっぴろげなことを? いやいやいやいや。



「小松様、どうしたかしら」


「その名を言うな!」



嫁の口から伊三郎の名前が出たことにとっさに反応して、自分でも驚くような大声が出てしまう。



「…と、すまねえ」



慌てて謝るが、すでに志緒は真っ赤な顔で。



「まだそんなことを言ってるの!? そんなにあたし、信用ならない? 疑われても仕方ないことしたけど、でも」


「いい、やめろ」



できればあのときの話はこんなふうに持ち出したくない。



「やっぱり気にしてるのね」


「だからやめろって」


「なに、まだやってんの?」



そこへ酔っ払いののん気な声が口を挟む。よし、いいところに来た。助けろ薫! しかし「けっこうけっこう、大いにやんなさい」などと、どこから見てんだかわからない目線で物を言い、さっさと帰って行ってしまった。もういい、とにかく帰ろう。せっかくの夫婦水入らずの夜を、これ以上無駄にはできない。



「俺たちも帰ろう」


「帰りません」



……な、なんだとぅ!?



「勝手にしろ!」



立ち上がり、帰りかけると、いつの間にいたのか、旦那がニヤニヤしてこちらを見ていた。



「儂は構わんが……知らんぞ?」



その笑みに、ぞーっとする。いやいや、破天荒とはいえ常識のない人ではない。危険なことは何もないはず…だ、が。



「あたしは構いません」



そんな志緒の声を聞くと、いっそう焦りが募る。冗談じゃねえ。ガッと手をつかみ、有無を言わさず連れ帰ることにする。



「とっとと帰るぞ。四の五の言わずについてこい」



強引に手を引きながら、さてどうやって機嫌を直してもらおうかと思案していた俺は、後ろで満面の笑みを浮かべた志緒が、旦那と目配せをしていたことには気づかなかったのである。




「きゃ」



家への道を、ぐいぐいと引っ張って歩いていたが、志緒が足をもつれさせ、ハッと我に返る。



「ああ…すまねえ」


「ゆっくり歩いてくださいな。ね、こんなふうに二人で歩くの初めてじゃない?」


「そうだったかな。…って、なんだ、いつの間に機嫌直したんだ」



ふふ、と笑い、志緒はつないでいるのとは反対側の手で、俺の袖をつかむ。



「こんな気持ちで歩くのは、初めてよ」



どんな気持ちだって? 俺は変わらないよ。ずっと前からね。



「ねえ、せっかくだから少し散歩して帰らない?」


「…俺は一刻も早く家に帰って二人っきりになりてえな」


「……」



無言は照れている証拠。しばらくこの空気を味わいながら、黙って歩く。そして辻にさしかかった。そのまま帰るなら、まっすぐ。遠回りするなら、右へ。もう少し歩きたいという嫁に応えて右へ曲がろうとすると、志緒は立ち止まってついてこない。



「少し歩いて帰るんじゃないのか?」


「…あたしも早く帰りたくなっちゃった」


「……」



すぐにでも抱き上げ、走って帰りたくなるのをグッとこらえる。そうだな、こんな気持ちで歩く時間を、もう少し味わってもいい。



じゃあまっすぐ、けれど少し、ゆっくり帰ろう。

来週から第三部の投稿開始予定です。

週一回くらいのペースで一気に投稿したいと考えてますので、よければ見にいらしてください。

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