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「ときに若様、なんでも薫に求婚したそうですな」



な…なぜそれをご存じか! いさぶめ、ペラペラとしゃべりやがって。



「よろしいんですか? お母君と同い年ですぞ」



「えっ」



「ちょっ」



おや、言うてはならんかったかのう。などと愉快そうにほざくのも憎々しい。そりゃ別に隠す必要はないけどさ、子どもの夢を壊すことはないじゃんか。ミッキーの中に人は入ってないんだぞ。



「その話はいいから本題をどうぞ!」



「…これも本題のうちだがの」



そう言って笑う旦那の“ニヤリ”に嫌〜な予感を覚える。そして“本題”を聞き終え予感の的中を確信したとき、バタバタと廊下を走ってくる音がした。



「戻りましたっ……よかった、無事着いてたか」



息を切らせて部屋に入るや、私を見て深く安堵の息をつく──義兄だった。



「おう、ご苦労だったな。ずいぶんと時間食ったんじゃねえか?」



「はい、柳沢殿が屋敷に入るまでを見届けてきました」



ふむ、と頷く旦那の後ろで、若様がうさんくさげに義兄を睨んでいる。わかる、うさんくさいのはわかるよ? けど敵意はないってば。



「よし、いいだろう。若様、薫と一緒においでください」



「この格好のままで、ですか…?」



「なに、目立ってよかろう」



そんな〜。しぶしぶ立ち上がる私たちを見やり、義兄が旦那に問う。



「どこへ行くんです?」



「お前もついて行け。戻ったばかりで面倒だがな、これから若様は薫を連れてお屋敷に戻る」



「…はァ!? 何考えてんスか!」



「だからお前が陰から守れと言っておる。なに、屋敷まで行かずとも向こうから出迎えるだろうよ」



======


今夜中に片をつける、と旦那は言った。



敵も焦っているはず。本当ならあちらの世界で若様を捕らえ、人知れず連れ帰ってどこかへ幽閉する目論見だったはずだ。若様が江戸へ戻ったことがお家に知られる前に、再び仕掛けてくる可能性が高い。



「時間をかけても仕方がないわ。こちらから出向けば敵も姿を現すであろ。お前さんの明日の仕事にも間に合うという算段だ」



…旦那。そりゃあ無断欠勤はできないけれど、人ひとりの命がかかったこんな大捕物、ほんとに一晩で決着つくんですか。つーかそれって完徹? オールなんて学生のときですらしてないっての。トホホ。



「おう、おメエは薫や若様が何を言っても黙って潜んでんだぞ」



「……飛び出したくなるようなこと、また企んでんですね」



「伊三も手があいたらそっちに寄越すからよ、あいつが飛び出さねえように押さえとけ」



義兄も慣れたもので、ひとつため息をつくと詳細も聞かずに、今走ってきたばかりの廊下に再び立つ。



「若様、お屋敷までの道はおわかりですか?」



「…ああ、このあたりからなら問題ない」



まだどこかうさんくさげな若様にひとつ頷いてみせ、



「姿は隠しますがどこか近くにはいますから。まあご安心ください。薫、アンタもうろちょろすんなよ」



うろちょろはアンタの得意技でしょ! そうツッコミを入れる間もなく、本当に義兄はさっさと姿を消した。次いで私たちも旦那の屋敷を出る。



旦那の指示通り、極力離れないよう、できるだけくっついて。




=====


空はもうすっかり暗い。そろそろ人出も減ってくるころだ。10分も歩かないうちに人気のない路地に入る。敵が仕掛けて来やすいよう、人気のない道を行け。これも旦那の指示だ。そして目当ての御仁が現れたら──



「若!」



……来た。隣りでゴクリと喉を鳴らす音がする。



「柳沢…」



ひとり路地から出てきたのは柳沢氏。若様にホッとしたような笑顔を見せ、私をチラリと見やる…や、柳沢さん? その目は笑っていませんよね? 私を若様の敵と見なしているのか、あるいは私は柳沢氏の敵なのか。冷たい声で問われる。



「ご一緒ですか」



「うん。かおるがな、俺の申し出を受けてくれた。今から屋敷に連れて行く」



「なっ!…んですと…!」



…はい。そういうことなんです、スミマセン。睨むなって! もちろん、も・ち・ろ・んこれこそが旦那の脚本。いさぶが来る前にこのくだり終わらしちゃいたいよう!



旦那が言ったのはこうだ。



柳沢殿に会ったら、若様は薫を正室候補として屋敷に連れて行くと言ってください。もちろん渋い顔をされるでしょう。それでも若様が押せば、強硬に反対はできないはずだ。どう押しても頑として受け入れない場合、彼の計画にとって薫が邪魔なのだと考えられる。そう、若様を幽閉するという計画です。つまり──柳沢殿はクロ、と考えられる。



「若、それはかおる殿をご正室にしたいと殿にお許しを請うということですか」



「そうだ。簡単ではないだろうがな、かおるに会えば父上も気に入ってくださると思うんだ」



「かおる殿…ご本心ですか?」



「はい…あのー…昨夜は急なことだったので考えられなかったんですけど…その、あれから二人で話し合いまして」



大人と呼ばれるようになって早ウン年。仕事上のハッタリはこなせるようになったけれど、ウソは上手くない。目を合わせない私を、どうか恥じらいのせいだと勘違いしてくれ。



「……おっしゃる通り簡単ではないと思いますよ」



「うん。だがな、俺はかおるがいると心強い。これから当主となって民を治めていくことに対する重圧も緊張も、かおるがいてくれたら、乗り越えられると思ったんだ」



「若様……」



「はじめてなんだ、こんなの」



最後は私の目を見て。思いがけず本心を伝えてくれる。こんな状況なのに、顔が熱くなるのを感じた。



ありがとう。私を若様の初恋に選んでくれて。誰かのそういう存在になれたことは、これから先、きっと私を力づけてくれるだろう。けれどごめん。私は私の最後の恋を大事にしたいの。今ももしかしたら見守ってくれてるかもしれない、あと少ししたら駆けつけてくれるはずの、私の最後の恋。



「お前はどう思う?」



「こう申してはなんですが、私は夕方の件でかおる殿を信用しかねております。若をお助けくださったことは感謝しておりますが……」



「父上にお許しをいただく前に、お前にも認めてもらいたいのだがな」



「いたしかねます」



「そうか……お前はかおるを信用していない。かおるはお前を信用していない。さて俺はどうすればよいのかな」



若様のつぶやきに、ほう、と柳沢氏の冷たい目が私を見る。



「かおる殿も私を疑っておられる、と?」



来た。私は息を吸い込み、用意していた台詞をしゃべる。



「まさか、とは思います。けど、疑わしいところが十分にありますから」



けしかけろ。それが旦那の脚本第二部だ。




「見張りをつけたのもそれゆえですか」



……え?



チッ、という舌打ちが聞こえた気がしてゆっくりと振り向くと、義兄が男に後ろ手に捕えられていた。



「あっ! ちょ、ちょっと大丈夫?」



「俺はいいからそっち気をつけろ!」



言うやいなや搦め手を外し、男と対峙する。ほう、強いでないの。なんて言ってる場合じゃない。あれじゃこっちのことまでは守る余裕がないはずだ。え、待って。こっちって?



「何奴!」



いつの間にか若様の前にも男が立ちはだかっている。



「……見慣れぬ顔。富樫の者ではないな? 柳沢、どういうことだ」



「家中にはどこに敵がひそんでおるやもしれませんからね。これらは私個人の手下ですよ」



そいつらどこに隠してた? そっちこそやる気満々じゃないか! 一人は義兄と対峙中。一人は若様を拘束しようとにじり寄っている。ほら、若様にまで手出すなんて、クロ決定じゃん!



カシャリ。



……?



聞きなれない軽い音。視線をめぐらせると──



「やめろ!」



わたし用にもう一人。それは、三人目の男が刀を抜いた音、だった。




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